恐がり同士
※怖がり真琴×後輩マネージャー『夏の合宿の醍醐味と言えば、やっぱり肝試しだよね!!』
なぎさ君がもう目を爛々させてそう言ってきた時点で、それは決定事項なのだろうなー。と思いながら曖昧に笑う。
何故か一人だけすごく嫌がっている真琴先輩をおいてみんながどんどん話を進めていってしまい、アミダくじでペアも決められ私は真琴先輩と一緒。
遙先輩とこうちゃん、怜君となぎさ君。
あまちゃん先生は勿論見学。
コースはキャンプ場を抜けて裏山のお墓に置いてきたコーラ缶を取ってくるというもので、なぎさくんとあまちゃん先生は凄くノリノリだ。
トップバッターのこうちゃんと遙先輩は難なくクリア。
涼しげな顔をしてる遙先輩が凄く頼もしく見えた。
怜くんとなぎさくんのところは案の定というか、「幽霊なんてそんな非科学的なもの、僕は信じていません」「えー!つまんなーい」というように楽しげに言いながら帰ってきた二人から懐中電灯を受け取って最後のペアとして私たちがスタートする。
私は、怖いものはわりと平気な方だ。
一人で怖いところに行くことは出来ないが、誰か友達がいるなら平気だし、連れが怖いものダメだったとしたら怖がっている姿を見ると自分が冷静になるタイプなのだ。
まあ……虫とか爬虫類は完全にアウト。
だが、好きだし憧れてはいる真琴先輩に、「きゃーこわーい」なんて言ってわざと抱きついてやろうなんて思ってない。
とりあえず早く終わらせて戻ろう。
そう思っていたのに、肝心の真琴先輩は私の後ろをピタッとついてきているのだ。
「………真琴先輩?」
「ん、な、なに?」
「……えっと……もしかして、真琴先輩怖いの苦手?」
「っっ、え、どうしてっ」
私の後ろに隠れてソワソワビクビクしながら歩いていれば、誰だって分かるわ。
顔色だってすごく悪い。
「んー……、歩きにくいです……」
「わ、ごめんな」
ぱっと下がった瞬間、ガサッと後ろで音が鳴り「うわっ!!」と大きい声を出しながらまた私の背中に引っ付いて来る。
あ、やばい先輩涙目になってる……。可愛い……。
「真琴先輩、こうなったら早く終わらせて帰りましょうよ」
「そ、そうだな!うん、そうしよう」
だから、歩きにくいんですってば。
よたよたしながら歩いていると、懐中電灯の光に寄せられたらしいでっかい蛾が視界を横切り、「うわっ!」と声を出すと後ろで更に大きな「うわぁあ!!」っという声で返ってくる。
「………真琴先輩」
「……ごめんな。なんかもう、俺カッコ悪いよな」
ハハッと自虐的に笑う先輩を見ながらそっと握りしめられている拳を掴んで両手で包む。
「名前ちゃん…?」
「真琴先輩は、カッコ悪くなんてないです。水泳しているときは凄く綺麗だし、誰よりも周りの事に気づいて気にかけてくれるし、教え方上手いし、問題の解決策も一緒に考えてくれる優しい先輩です」
「っ……、そんなのことは」
「むしろ……そんな先輩の可愛いところ知れちゃってラッキー、みたいな?」
「っ!」
ささ、行きましょう!とその手を引くと大人しくそのまま手を引かれてくれた。
真琴先輩は身長が大きいから歩幅も大きい。
先に息が上がるのは勿論私で、お墓の手前になると先輩の方から肩を叩いて止めてくれた。
「大丈夫?」
「平気、ですよー」
「無理しちゃだめだからな」
ああ……もう、そんな天使な微笑みで言われたら余計に心拍数上がりそうだよ…。
とりあえず、最後まで頑張ろう。
そう意気込んでお墓に踏み入れた瞬間、黒くて大きいものがブゥン…と羽音をさせながら飛んできてピトッと洋服の裾につく。
ギギギッと視線を動かして洋服にくっついている黒いものを見下ろす。
これは、まさか………あいつがっ
「いやぁあああ!!ゴキブリぃいいっ!!!」
「ちょ、っ名前!!」
「ひっ、やだちょっと外れないっ!!やだやだやだ気持ち悪いっ!!!」
いや、ほんと虫系の中でもゴキブリだけはダメなんだよ。
倒そうとして追い詰めた瞬間、あいつ、いきなり飛んだかと思えばコッチに向かってくるんだぞ。
しかも、前に台所で『しゃりしゃり』って音がしたから何だろうって思って見たら親指くらいの長さと太さがあるでっかいゴキブリが自分の口をスポンジで磨いでたんだぜ……。
それに他にもいろいろ……ゴキブリだけはほんと無理。
「名前、とりあえず落ち着いて」
「無理です無理です!!どう落ち着けっていうんですか!!もう、先輩がとってくださいよっ」
やけくそでそういうと、本当に真琴先輩の手が伸びてきて黒い物体を掴み取る。
え、まじでちょっとやめて。
真琴先輩の指が汚れ…っ。
「………よく見て。これはゴキブリじゃなくて、クワガタ。それも、かなり大きいやつ」
「クワ…ガタ」
「うん」
苦手なのにはかわりないが、とりあえずゴキブリじゃなかったことに安堵して深いため息を漏らす。
「ぷ……っ、ははっ」
「な、なんですか!!そんなにおかしいんですかっ」
「いや、ごめんごめん。なんか、名前ちゃんっていつもすました感じがするのに、酷い慌てっぷりだったからさ」
「………お騒がせしました」
ああ……穴があったら入りたい……っ。
顔向け出来ない、と思いながら前を歩いていると後ろからキュッと手を握られて驚いて固まる。
「……ごめん、もう少しこうしてて」
「………仕方ないですねー」
ぎゅうっと大きな手を握り返すと、体温が伝わってきてドキドキしてしまう。
なんかもうバレてしまうのではないか、と危惧しながら歩いているといつのまにかみんなのいた所に戻っていて、手を繋いでいることを真っ先に突っ込まれた。
「あー!!まこちゃんと名前ちゃん手ぇ繋いでるー!!」
「……えっと、これはな……」
あせあせ、とどう説明するかと困っている先輩を視界に入れながら「いやいや、思ったよりも怖かった!」と話しながら手を放す。
「暗いし怖いし、私なんて途中で大声あげちゃったの」
「へぇー、名前ちゃん怖いのダメなんだ!まこちゃんずるいー」
「へへ……虫とか爬虫類もダメ。さっきもさ、飛んできたクワガタをゴキブリと間違えて騒いで真琴先輩に笑われちゃった」
「クワガタが飛んで来るなんて逆に珍しいですよ」
「だよねー」
ハハッと笑うと予想通りなぎさくんが「じゃあ、クワガタ取りに行こう!」とか言い始めて話が反れていく。
「!」
後ろで手を組んで立っているとと、隣から大きめの手がするりと手に触れてきてギュッと握られる。
「……ごめん。ありがとな」
「いえ……あの、」
「もう少し、こうしたい」
ダメか?と首を傾げてきいてくる真琴先輩の姿に全力で首を横に振って俯きながらぎゅううっと手を握り返す。
(うわ……うわぁ……)
みんなが騒いでる中、こんなことしてるなんて…。
整えるように息を吐いて前を向くと、いつの間にか眼前に遙先輩が立っていてギョッとなる。
「おい」
「……は、はい…っ」
「ハル?」
真琴に触るな、とか言われんのかな。え、あれ二人ってさすがにそういう仲じゃないよね……。
「真琴を……頼んだ」
「……えっ」
真琴先輩をチラリと見上げてからポンッと頭を撫でてすぐに向こうに行ってしまう。
……謎だ。やっぱり遙先輩はミステリアス過ぎる……。
「もうハルってば……っ」と言いつつ照れている真琴先輩も手を離そうとはしない。
「!」
指がからめられて俗にいう恋人繋ぎになり、顔に熱が集まる。
「……あのさ、名前ちゃん。俺……君のことが好きなんだ」
「っ!?……え、嘘」
「ホントだよ。あとで改めて言いたいから、終わったら二人で抜けようか」
「は、はいっ」
「なになに?秘密の話?」
覗き込んでくるなぎさくんに「内緒ー」と言ってギュッと手を握るとすぐに握り返された。
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