完璧な男
「お前はハムエッグの黄身も愛した男もナイフで半分に切り分けるのか?」
そう言われた時から、なんとなく彼は苦手だった。
真暦71年。
総人口の七割を宇宙へと送り出した人類は今や主に大きく二つの勢力、「ドルシア軍事盟約連邦」・「環大西洋合衆国ARUS」に分かれている。
そのうちドルシア内で組織された特務機関「カルルスタイン」、それが私の所属している機関だ。
今回特一級戦略目標として、第三勢力である中立国ジオールの宇宙都市ダイソンスフィアのモジュール77という区画に併設されている学園、「咲森学園」に学生として潜入しそこで秘密裏に作られている軍用兵器の奪取が今回の任務だ。
「今回の任務、精鋭の数名って聞いてたんだけど」
咲森学園に生徒として潜入するために部隊の皆は学園の制服を身に纏い、機関の手配した小型船でモジュール77へ移送されることになってい。
カルルスタインの隊員は皆、十代と若いが皆厳しい訓練を乗り越えてきた猛者だ。
残念ながら名前だけは戦闘に対しては大佐に『評価をつけるまででもない』とE判定以下という言葉しか貰っていない。
だが、それ以外の諜報などの情報活動には誰よりも秀でておりハッキングやクラッキングに関しては右に出るものはいないといって良い。
今回の奪取対象も軍の上部からじきじきに名前に声がかかり、ジオールの極秘機関に潜り込んで情報を抜き取ったのだ。
「あの学園の実情が不明瞭な分、本来ならば戦闘等の危険回避の為にも数名の精鋭を投入するのが定石。だが、その分内部事情やセキュリティーがどうなっているのか把握出来ない為情報のスペシャリストを置いておくべきだ」
狭い小型船が傾くと赤毛がふわっと揺れ、イスクアイの諭すような視線から逃れるように不機嫌そうなクーフィアが名前を見た。
何だか申し訳なくなり、視線を下に向ける。
間違えないで欲しいが、此処には私の意志で付いてきたわけではない。
上官であり、私の調教師でもあったカイン大佐にうっすら微笑まれながら『名前、ちょうどいい。彼等と一緒に行って来なさい。そもそも、コレは君が掴んだ情報なのだから』と言われてしまえば全力で頷くしかない。
アレだ。
私が掴んだ情報がガセだった場合、此処にいる全員は無駄足を踏まされることになる。
特に戦闘狂のクーフィアなんて激怒しかねない。
つまり、良い吐け口に利用されているわけだ。
「でもまー、名前が居ればあっちの抵抗を受けて誰かさんが任務に失敗した時の尻拭いにもなるから良いじゃないかな」
ねー?と人懐っこい笑みで覗き込んでくるハーノインに頷くことも出来ずに固まっているとクーフィアが不満げな声を上げる。
「何それ、俺が失敗するっていいたいわけ?喧嘩売ってる?」
「もしも、の話だってー」
「ハーノイン、クーフィア、静かにしろ」
「「はいはーい」」
制止の声にホッとしていると「名前」と落ち着いた声に呼ばれて顔を上げると、目の前で紫銀色の髪が揺れた。
「なに?」
「俺の傍を離れるな」
「アードライ……」
視界の端で揺れる自分の髪も紫銀色の髪。
そして、アードライとお揃いで顔の端の髪の毛を片側だけ編んでいる。
名前とアードライは遠い親戚であり、婚約者だ。
二人ともドルシアの王族の血を受け継いでおり、その血を耐えさせない為、とこの婚約は昔から決められたものだ。
婚約者だからと言って私がなにか失敗をした時アードライが甘やかすことはないし、王子だからと彼が周囲に横暴な態度を取ったこともない。
王子である以前に一人の軍人として隊の人間に平等な態度で振舞っている彼は、私としてもとても好意が持てるものだったし、危険な任務に付くときは不器用ながらも心配してくれるアードライは結構好きだ。
婚約者としての立場を不服に思ったりしたことはないし、実力重視であるドルシアに認められる為、アードライにも認められたいがために私は努力した。
しかし、その努力を無にした人物。
「惚気話は任務が終わってからにしろ」
それが今のセリフとあのハムエッグ発言を吐いた男、エルエルフだ。
私やアードライのように紫銀の髪ではなく、完全な銀色の髪。
まるで人のことを見下しているかのような冷たい目は、拒絶を滲ませていた。
しかし隊の誰よりも高い戦闘力や頭脳、そして戦況を先読みする状況把握能力は「予言」とまで言わしめている。
そのためか、アードライは「自分の片腕にしたい」と言うほどに彼に惚れ込んでしまった。
「すまない、エルエルフ」
「………」
今まで優先順位の上の方にいたはずなのに、完全にエルエルフはアードライの中で最も優先すべき人になり私は最近それを見るたびに敗北感に感じずにはいられなかった。
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