魔法使いと悪魔
「そう言えばハウル。私について何か分かった……?」
「いや……。せめて、何か思い出してくれれば手懸かりもあるだろうけど」
「うーん…。服以外に何か持っていれば、思い出すキッカケになったかもね」
「そうかも知れない。僕の知る限り、この国にはあんなに足を露出した洋服を着る民族は居ないよ」
「……多分、あれが普通だったような気がするんだけどな。なんかの制服……?だったような」
うーんと唸っていると、クスッと笑った魔法使いの手が伸びてきて長い指に髪の毛をすかれる。
初めてされたその行動に目をパチパチさせてハウルを見ると何故か真剣な目をしてじっとコチラを見下ろしており、視線は同じなのにまるで何か違うものを見ているかのようだった。
「おーいおい……ハウルさん?」
「……いや……何でもないよ。君が良いなら好きなだけ此処にいるといい」
「……家事しなくてラッキーって思ってない?いや、ハウルは元からしてないけどさ」
「ハハッ」
肯定か……このやろう……。
パッと手を放されると上質な上着が揺れ、またフワッと爽やかな香りがした。
安心するその香りに、今まで鳴りを潜めていた睡魔が突然襲ってくる。
膝を抱き締めながら頭をグラグラさせていると体が傾いて魔法使いの肩に頭が乗り上げてしまった。
……あー……ちゃんと戻って寝なくちゃ…
だが、近くなったその香りが眠気を更に活発化させて耐えきれなくなった瞼がストンッと落ちる。
ぐぅ…と眠りこけたステラを見下ろし、口を半開きにして時折むにゃむにゃとするそのマヌケ面に堪えきれない笑いを漏らしながらその体を掬うように抱き上げる。
「……重い」
本人が聞いたら激怒しそうな言葉を控えめにボソッと呟き、起きていないか恐る恐る様子を伺い変わりないと確認してから自分の腕に〈筋力を増す〉魔法をかける。
いつもなら持ち上げるモノの方に〈軽くする〉魔法をかけるのだが、ステラに対しては何故か"出来ない"のだ。
普通なら、魔法が効かないなんてありえない。
自他共に認める程にハウルの力は強大で、国王にも直々に招集が掛かる程なのだ。
……そのハウルの魔法が、無効化されてしまう。
同等かそれ以上の魔法使いの手が掛かっているか、それとも本当に魔法が効かない体質なのか。
それさえも分からないなど、普通ならばあり得ない。
トン…トン、といつもは軽やかに駆け降りる階段をステラを起こさないようにとゆっくりと降りる。
ニヤニヤしている炎を無視して階段の下に設けてあるスペースに寝かせてそっとカーテンの仕切りを閉めて暖炉の前の椅子にドサッと座った。
思ったよりも重かったせいか、腕が少しキシキシする感覚に眉を寄せながら〈筋力を増す〉魔法を解いて腕を解す。
『やっぱ、魔法効かねぇんか…?』
「ああ。〈記憶を思い出させる〉魔法も全く働かない。……一体、どういうことなんだ」
頭に触った時にどさくさに紛れて魔法をかけたのだが、キョトンとするだけで魔法がかかった感じが全くしなかった。
……この屋敷に来てばかりの時にも〈黙らせる魔法〉をかけた筈がケロッとしていて更に煩くなってしまっていた。
『ほら、やっぱり俗にいる〈魔法が効かない体質〉なんじゃねーの?』
「……そんな単純なものでもない気がするけどね」
まあ、もう少し様子を見るとしよう。
そう言いながら眠そうに欠伸を口で覆って階段を上がっていく魔法使いを見上げる。
『……そう言って、もう半年も一緒にいるじゃねぇか』
なんだかなー。とため息を漏らしたカルシファーの口から火の粉が散り、灰の中に消えていった。
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