ー壊れるー01 

「いつか貴女をこの手で抱きたいと、ずっと思い続けていました」
「…っ…アド、ニス」


寝台に押さえつけられながらも、ペルセポネは己の小宇宙が乱れないように落ち着くように息を整えた。
もし、これ以上気を乱せば不審に思った誰かが来てしまうだろう。


そっとアドニスの手が伸びてきて頬を撫でられるが、拒絶の意味を込めて顔を背ける。


「……アフロディーテは貴女と違い、愛と美の女神と言われてても崇高じゃない。浮いた話が多いただの汚い、あばずれ女。だけど、美しさを誉めたら、面白いくらいに踊ってくれました」
「……なんですか…それは……」


あばずれ?
汚い?
踊って、くれた……?



ただ、アフロディーテは愛に生きているだけ。

それが他人とズレていようと、それが彼女の生き方なのだ。
それを、そんな風に馬鹿にして良い筈がない。


「アドニス、私の友人をそれ以上悪くいうのでしたら怒りますよ」
「……友人、ね。その友人や旦那にだって、裏切られていると知らずに健気なことですね。ハーデスだって、男神。女の一人や二人居る」
「……そんなこと、ありません」


アドニスを見つめてはっきりと言い返すも、彼は余裕の表情を崩さずに拘束する手を退けた。


「レウケー、という者を知っていますか?エリシオン一面に咲き誇るあの白ポプラは、ハーデスが死んだ彼女へ手向けた花なのです」
「レ、ウケー……?」
「あと、面白い事を耳にしましてね」



ペルセポネがまだコレーであった頃、コレーが『アフロディーテ位美しい』と言われているのがアフロディーテは気にくわなかった。

そのコレーを地上から追い出したいと考え、ハーデスが地上を覗いたとき、アフロディーテは息子のエロスの矢を使ってハーデスの胸を射った。


そして、胸に恋の矢を刺されたハーデスはコレーに恋をし、冥界へと連れ去った……。



「……矢……?アフロディーテが……?」
「そうです。だから、ハーデスの貴女への愛は、作られた偽りの感情。貴女を真に愛しているのは、わたしなのですよ。ペルセポネ様」


確かによくアフロディーテは恋愛沙汰を引き起こすのにエロスの矢を使っている。
でも、だからといって彼にまで矢が使えるのだろうか…?

いや、でも彼女が矢を使ったなんて証拠は……。


混乱し、顔色の悪いペルセポネを見たアドニスは、まるで考えていることが分かっているかのように「証拠が欲しいんですよね」と囁いた。



「ならば、ハーデスの愛情が真に注がれているのは誰なのか、ご自分で目にするのが良いでしょう」


身を起こしたアドニスは薄笑いを浮かべながら扉の方まで歩いていき、暗い回廊に半身をのり出す。


「オリンポスへ向かうと嘘をついて隠れ蓑を持ち、コキュートス川の上流に住まうメンテーというニンフを訪ねると良い」


それで、全てがはっきりするでしょう。


名を呼んで引き留めようとするも、既にアドニスは、暗闇の中へと姿を消してしまっていた。




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