-約束- 

夜空をあますとこなく埋めつくす光の粒。

形も色も違う光それぞれが空の中で瞬いている様は、まるで闇が光を優しく包んで抱いているよう……。




サアッと頬を撫でるような風が髪を弄ぶ。

金糸のように繊細で美しい金髪が風に揺らされて視界に入り、隣に座している少年を向くと自身の髪が乱れているのにも気をとめず食い入るように見事な夜空を見上げる少年―――――――アローン。



貧民街にある孤児院で私たちは出会って一緒に育った。


誰も傷つけない心優しい少年アローンとその妹のサーシャ。
乱暴で喧嘩早いけど、仲間思いなテンマ。



数ヶ月前、アローンの妹のサーシャはどこか遠くの地に貰われてしまい、表面上は普通に振る舞っていたが、やはりどこか辛そうなアローンの傍らを離れなくなった。



無心に絵を描いているアローンの傍に座してじっと見るだけで幸せだった。




それが愛着や友情からきたものではないと気づくのは案外早かったが、鈍感な彼相手には無謀だと悟り、この気持ちはしまい込もうと決めた。



今はまだまだ自分達は子供で、アローンはこれから画家になる男。


余計なことを考えさせたくない。





――そんな事をしてる内に、今度は自分が引き取られる側になってしまったのだ。



みんなと離れたくなかったから断ろうとしたが、相手は街の中でも有名な地主だった為に、テンマを始めとした孤児院のみんなにダメだと言われた。

勿論アローンにも。




確かに、貧民層から上流階級へいくチャンスかも知れない。

でも、正直そんなチャンス欲しくなかった。



貧しくても、彼の傍らに居られればそれだけで十分だった。


結局彼の中で自分はその程度だったのだと思い知らされた悲しさと悔しさに背を押されて、話を受けてしまった。



今夜が孤児院で過ごす最後の夜。


そして、大胆にも私はみんなが寝静まった時間にアローン達の部屋に忍び込んで、いびきをかいているテンマを起こさないように、とアローンを山へ連れ出したのだ。





「……空、綺麗だね」

「う、うん。ここら辺なら街の明かりも届かないから星がたくさん見えるね」



きっと、もうこの星空は見ることは出来ないだろう。


街の明かりやきらびやかな光に囲まれていたら、きっともうこの優しい闇空に何も感じなくなっていく。


ふいに虚しさに襲われて熱いものが込み上げたが、必死にそれを押し止める。



「ア、ローン……ここまで付き合ってくれて、ありがと」

「ううん、エレナだっていつも僕が絵を描いている時ずっと傍に居てくれた。……嬉しかったよ」



(あぁ、もうホント残酷な人……)



いつもの優しさが今日は痛い。

こんなふうになるなら、やっぱりテンマも連れて来れば良かった。



悶々と考えていると、いつの間にかじっと見られており、慌てて顔を逸らした。



「エレナ、世界のどこを探しても同じ人は居ないように、一つとして同じ色はないんだ」




あぁ、この期に及んでも絵の話か………。

どこまで芸術馬鹿なんだ。



(……泣きたくなってきた……)




でも、泣いたら負けのような気がして唇を噛んで俯いて耐える。


それでもやはり金髪が視線の端でちらつく。



「エレナ、君の代わりは誰もいないから。だから、ね」



ふいにアローンの手が伸びてきて指でそっと雫を拭われ、顔を上げると目の前に綺麗に微笑む彼が居た。





「いつか、一緒に森の大聖堂の絵を見に行こうね」

「……え……」




『その絵のあまりの美しさにどんな罪人でも一目見れば、己の罪を悔いて心からの涙を流すという』


『その絵を一目見るのが僕の最大の夢なんだ』



(あぁもう)


ほんとに厄介な人に惚れてしまったものだ。




「……うん、約束よ」


そう微笑み返せば心から嬉しそうに笑ってくれるアローン。



星空の下で交わした口約束は、ほろ苦かった。



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