You are not alone_02 

「………、 別に私を見ていなくても良かったんだ」

ただ、お前が側にいてくれれば……ラダマンティス…


そう呟いて、パンドラは腕の中にいるラダマンティスを強く抱きしめた。

心臓を失い、体の半身をも失っても尚……ラダマンティスはその執念を持ってアローンが描いたアテナの絵を破壊したのだ。

バラバラになってちぎれた絵の残骸と共に、ラダマンティスの血が辺りに散っており、腕の中の体からはどんどん温もりが消えていく。



「……最後の別れは済んだかい。パンドラ」


『愛』を込めて描いた絵を破壊され、抑えきれない怒りをにじませているアローン。

静かに、ゆっくりと近づいてきてはその手を差し出してラダマンティスを渡すように囁くが、パンドラがその身を離すことはなかった。

反対に、冷たいラダマンティスの体を、絶対に放さないとばかりに強く抱きしめる。


「そう、一緒に逝きたい。……そう言うんだね。……だったら……望み通りにしてあげよう!!」


ドッと怒りのままに奮われた冥王の力が渦を巻きながらパンドラ達へと襲いかかり、パンドラは終わりを思いながらラダマンティスと共に逝けることを想っていると、グッと力強い腕に引き離される。


(生きてる……ラダ……)



「パンドラ様…。貴女は…、生き残れ…!!……冥王軍の…」


ラダマンティスはそのままパンドラの前に踊り出ると、迫ってくるアローンの攻撃を睨むように見つめたまま言葉を区切る。


「……ッ、いや…。俺のために!!!」


ドッと力に飲み込まれていくラダマンティスの手で生まれたと光と攻撃が混ざり合って溢れ、その眩しさに目を覆う。

そして次の瞬間、目を開いた場所はアローンのアトリエなどではなく何処か遠くの地に飛ばされたことに気づいたパンドラは「…また、一人……」と深くため息をついた。



「…どうやって生きろというのだ…血と死臭に染まった私が?この地上を?」



……今更、人間として……?


人影のない深い森の奥から、ロストキャンバスが独りぼっちのパンドラを見下ろす。
渇いていた涙を上塗りするかのように、透明な涙を彼女の頬を濡らした。


(世界はまだ灰色に見える。だけどお前のように嘘なく私の前で生きる者がいるなら、歩ききった先の色は分からないよな…)


……なァ、ラダマンティス…………
























「そう……。みんな、死んでしまったのね……」


パラパラと天井が崩れていく事に、頭のなかのネジがしっかり締まるような……そしてその度に心なしか心がズッシリ重くなっていくようだ。


視線を下ろすと、いつの間にか私の服は彼女から借りた侍女の服に変わっており、喪服の様に思えて心苦しくなった。



目の前にいるシジフォスへと手を伸ばすと、腕は易々とその胸を貫通して空気に触れる。

その事に、どうしようもない罪悪感が込み上げて、口を覆って嗚咽を飲んだ。


「……ッ、」
「エレナ様……」



たくさん、人が死んでしまった。

助けられたかもしれないのに……っ。



困ったように眉をひそめたアルバフィカの手が、涙を拭おうと頬に伸ばされるがその手は肌をすり抜け、輪郭に触れることはない。


「……泣かないでくれ、エレナ。目が腫れてしまう」
「そーだ、そーだ!泣いたらブスになっぞー!」
「やめろ、カルディア」


慰めるアルバフィカの隣で、相変わらず漫才をするデジェルとカルディア。
それを「変わらんなー、ハハッ!」とおおらかに笑うアルデバラン。

後ろの方に、穏やかに笑うシジフォスと、無表情のエルシド………。


変わらない……、みんな変わってない。


思い出す毎にパキンッと天上のガラスが割れて、粉々になった破片が花びらのように落ちてくる。




「……ごめん、なさい」
「なんだその『ごめんなさい』ってのは」
「私は、貴方を"見捨ててしまった"から――……」


あァ?と、訝しげに眉を寄せたマニゴルドを見つめながら過去に自分がマニゴルドとアローンを天秤にかけたことを、思い出してもう一度謝罪を口にした。

不思議そうに首をかしげる皆の前で、地に手をついて地面に頭をつけるようにすると、一気に動揺が広がり、周りがマニゴルドに問いつめ始める。
(筆頭はシジフォスとレグルスだ)


面倒くさそうにため息を吐いたマニゴルドは、「……なんだってんだ」とガシガシと頭を掻く。


「あー……お前が何に責任を感じてそう思ってんのかは知らねェが……勘違いすんな、お前のせいじゃねェよ。

死ぬ時は、誰だって死ぬんだ。それは、誰かのせいとかじゃねェ……。死なんてモンは、理不尽なんだ。オレは別に、それを誰かに背負って欲しいとか罪悪感を感じてほしいなんざ思わねェさ……。
もちろん、お前にもだ」
「……っ」
「むしろ、俺はああなって良かったとさえ思ってる。………お師匠と、一緒だからな」


少し照れ臭そうに頬を掻いたマニゴルドに、何かを思ったカルディアも「そうだぞ」と腕を組んでニヤッと笑う。


「まあ、そんな難しく考えんな。生命なんて、好きな時に使い切ってこそ、だろ」
「本当にお前さんらしいわ……」
「そういう身勝手な生き方をするから、あんな事になるのだろう?」


諭すような言葉を言うアスミタに、カルディアは罰が悪そうに顔を逸らした。




「………じゃあ、そろそろ良いだろ」


マニゴルドが周りに軽く目配せをすると、小さくうなづいたみんなは私の隣を通り過ぎていった。


「……みんな……何処に……?」
「我々も、行かなければなりません。今も戦場で戦っている同士の為に」


そう言って微笑んだシジフォスも隣を通り過ぎていき、その姿を追うように振り返るがもうそこに人影はなかった。



「じゃあ、後は頼んだ」
「うん」


最後にレグルスと顔を見合わせたマニゴルドが傍までやってきて、ポンッと頭に手を置いてきた。

もちろん感触はないが、何故か触れられている場所が温かくなったような気がした。



「……エレナ、これだけは忘れんな。お前は………お前等は」


“一人じゃないって事をな……”



スッと通り過ぎていったマニゴルドも、振り返るともう居なくなってしまっていた。

でも、心には不思議と寂しさはなく逆に力が溢れてくるような気がした。


改めて、コチラを見つめているレグルスと向き合うと「よかった、いつものエレナだ」と嬉しそうに笑ってくれる。


「さっきはごめんなさい、レグルス。
レグルスは……、私を迎えに来てくれたの……?」
「うん、そうだよ。正しくは途中まで。
後は、エレナが決めるんだ」

「どうして……?一緒に、帰ろう……?」


そう言ってレグルスの腕に触れた。
否、触れようとした。


スッと何もない手応えにハッとして顔を上げると、レグルスは達観したように………そしてどこか悲しそうに笑った。




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