もうひとつの結末へ_02 

まるで、スローモーションのようだった。

サッとサーシャとエレナの元にあった花輪が役割を終えたとばかりに散って、空気に溶けていく。



"帰ろう、アローン"



空に広がったロストキャンバスが崩壊していき、解放された魂が流星群のように地上に降り注いていく。

アローンを抱きかかえたテンマの顔は涙で濡れており、勝ったのにその顔に喜びはなかった。



「……やっぱり、テンマは凄い…ね…」
「…!……ッ」
「約束通り君は世界も僕も救ってくれた」

ほんのり頬を染め、"あの頃"のように心の底から嬉しそうな顔でテンマに笑いかけるアローン。

口元は大量の血で塗れ、テンマが貫いたわき腹の傷からは今も血が噴き出し続けている。

このままでは、もうアローンは………。


「………ッ」
「ありがとうテンマ」

下唇を噛み締め、涙で頬を濡らすテンマにアローンは穏やかな声をかけて笑みを向け続ける。


「……僕から…世界を救ってくれてありがとう」



しかし、ペンダントが光って「早く滅してくれ」とアローンが、叫ぶや否や黒い衝撃が襲って穏やかだった空気が一変してしまう。

アローンを中心にした辺り一面を闇の小宇宙が満ち、しばらくしてその中央に立っている人影は最早アローンではなかった。


「……ッ」

なんとか無事だった童虎とシオンの顔が恐怖に塗り替えられる。






「たいした人間よ。奴は執念で余を内に留め続けた」

全く愉快な夢であったぞ!



そこには、アローンの体を乗っ取って復活した冥王ハーデスが立っていたのだ。

テンマに貫かれた脇腹の傷も、冥王の力によって塞がれていく。


「アテナ軍の全滅によってこの聖戦も終わりだ。
真の冥王ハーデスの名の下にな!!!」


一太刀の剣撃で地面が割れ、童虎とシオンもそのまま吹き飛ばされてしまう。

それをつまらなそうに眺めた冥王は、ふと他の聖闘士たちと同じように血を吐いて倒れているエレナを見つけると口角を吊り上げた。



「ペルセポネ」


足のつま先で軽く蹴って転がして仰向けにしても気絶したままでいるのを見やると、空いている方の手を伸ばしてその腕を掴んで起き上がらせる。


ギリギリッと骨が軋む程強く二の腕を握られ、やっと悲鳴じみた声を出して目を覚ましたエレナはハーデスを見るなり怯えた目をした。

それをみたハーデスの美麗な顔が一瞬不快そうに歪む。



「久しいな、ペルセポネよ」
「……っハー、デス」
「今生は余の力となって貰うぞ、"我が妻よ"」


前髪を掴んで無理矢理顔を上げさせると、形のよい唇が近付いた。
そして顎から口の端辺りに舌を這わせると、黒い衝撃によって吐いた血を舐め取られる。



「お前には罰を与えなくてはならない。……手始めに、その身の内にある力を全て搾り取ってから痛めつけてやろう。……お前が誰のモノなのかはっきり分かるように、その身をたっぷりとな」
「……っ、ぃや!」
「なに、余達は夫婦。そしてこの肉体は、お前の大好きな人間のモノよ。……既に『繋がり』を得ているのだ、問題あるまい」
「!」


ハッとして湖面のような美しい瞳を見つめるとそれは激しい怒りに染まっており、更にその奥は底知れない哀しみと情欲に濡れていた。



(……怖いっ)


ギリッと髪の毛がちぎれてしまいそうなくらい強く握られ、眉を寄せてハーデスを見つめた。



"これで長い間、アテナと争ったこの地上は余のものとなる。

まずは地上にはびこる全ての汚れた人間どもを一掃し、暗黒のエリシオンとする。

全ての人間どもは余の治める冥界で永劫に苦しむのだ!!!"




「……馬鹿な…。アローンの滅びですら命を愛するが故のものだったものを……ッ。神だからといって…」


こんな勝手が許されてたまるか―――!!



ハーデスによって脇に突き飛ばされ「は……っ」と息をつくと冥王は片手で易々と童虎の攻撃を跳ね返してしまった。



「……童、虎っ」
「ひかえよ聖闘士よ!この体、器の少年のものとはいえ、今や神たる余の肉体も同然よ!」


絶対的な冥王の前に童虎もシオンも敗れ、ハーデスの闇にそのまま包まれていきそうになった時、眩い光が二人の周りに降り立った。









『この光は閉じさせん!!』





それは死した筈の、"彼等"だった。

クロスを纏った彼等と立ち上がった童虎達。
そして、皆の黄金の小宇宙が更に輝きを増していって直視出来ないほどに光輝いた。



『お前という闇に一筋、光明を刺すために!!』


"未来へとな!!!"


太陽に匹敵する程に眩い黄金の光が冥王を貫き、ハーデスの髪色が闇色から金髪へと変わっていく。

「!」

冥王の魂がアローンから確かに抜け出ていくのが視え、ハッとして声を上げる。


「……アローンっ!」


倒れていくアローンを抱き留めてその肩を揺する。

酷い火傷だ……。
所々、火傷による出血をしていて見ているだけでも凄く痛そうで胸が詰まる。


「……エレナ……?っ!」
「無理に動かないで、酷い火傷なの」
「……良いさ、このくらいっ。僕には、まだやることがあるんだ」
「……私に、何か手伝えることはある?」
「!」


ひどく驚いたような顔をしたアローンは、哀愁を滲ませて目を伏せると口許を緩める。


「傍に……居てくれるだけで良い。それだけで、充分だから……僕と一緒に来てくれるかい?」
「うん」
「ごめん……――ありがとう」


額に唇を寄せたアローンは、ザッとわき腹を押さえながら立ち上がるとテンマ達へと向き合った。


その視線は、絵を描いている時の彼そのものであり、その半歩後ろをついて行ってテンマ達と話す彼の傍に立った。

そして、アローンと同じように膝をつく。



「テンマ、サーシャ…。僕達をあの冥王星へ連れていって欲しい。……最期のお願いだ…」


一度、テンマは逡巡するかのように後ろで倒れている耶人皆を振り返るも、すぐにアローンの手を掴んで強く握った。


「ああ行こう。アローン、エレナ。今度こそ一緒だ」



(2/4)
[*前] | [次#]


戻る
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -