デスクッキング 「あれ〜〜?天音は居ないの?」 鍛錬と公務も終わり、あとの半日を妃とのんびり過ごそうと来訪するも部屋はもぬけの殻だった。 散歩かな?と踵を返して探しに行こうとした紅覇の前に純々が進み出ると「厨房に行かれています」とニコニコしながら応えた。 「厨房〜!?あいつ料理なんか出来たの?」 「ふふ、本を読んでご自分の力だけでお菓子を作られているとか。うまく出来たら紅覇様に差し上げるのだと張り切っておられました!」 「ふぅ〜〜ん」 満足げに微笑んでそのまま屋敷に設けられている小さな厨房の方へと向かっていく主人の背中を見送った従者達は「きゃあきゃあ」と黄色い声を上げる。 一方厨房はどんよりとした空気に包まれ、卓子の下に潜ってしまった小さな背中と侍女の二人が困ったように顔を見合わせた。 「………姫様」 「あまり落ち込まないでください。誰にでも苦手なことの一つや二つあります」 「………」 宥めるように声をかけて潜ってしまった背中に語り掛けるも、出て来る気配がない事にため息を漏らした。 卓子の下で天音は、自分がつくった菓子を一口含むと眉を寄せてまた落ち込んだ。 ゴマ団子を作ったつもりだった。 けれど、中身が剥き出しになってしまった餡子は炭のようになっているし生地はガチガチだし、ゴマはボロボロになって持ち上げる度に落ちていく。 見栄えは悪いし、味も悪い。 こんなもの、紅覇様にあげられない。 でも、せっかくつくったものだし、食べ物は粗末にしてはいけない。 自分が作ったものくらい自分でどうにかしなくては……。 むぐっと口に含みながら、あまりの不味さにポロッと泣きそうになった。 本を見ながら頑張ったつもりだったものの、結局魔法以外に自分は何の才能も取り柄もない事を再認識させられただけだった。 このままでは紅覇様に釣り合わないし、飽きられてしまうに違いない。 どうにかしたいとは思って色々挑戦してみてはいるが、人並みに出来たことなんてない。 魔法以外の勉強だって、あまり出来ているとはいえない。 美人なわけでもないし、紅覇様のように武術や美容に長けているわけでもない。 「……はぁ……」 自分の手を改めてみると、粉や餡子などがついているし油が跳ねたところは赤くなってしまっている。 しかも、ゴマ団子がいきなり爆発するものだからビックリして色々ひっくり返してしまって服にも色々ついてしまった。 まだほんのり熱いゴマ団子を口に含むたびに、熱さに弱い舌がピリッとしたがそれでも押し込むように団子を口の中に押し込んだ。 本当に美味しくない。 先程侍女たちも一緒に食べてくれるといっていたが、初めから自分でやると言った手前、断った。 卓子の下で失敗したお菓子を大量に抱え、とりあえず食べ終わるまでは部屋に戻らないと決めてもう一つ口に含もうとした時ガラッと扉が開く音がした。 「天音ー?いるー?」 「こ、紅覇様っ!?」 「って、何この惨状……。強盗にでも遭った?って疑いたくなるんだけど」 きっと部屋を見回しながらそう言われているんだろうと考えながら謝罪を口にすると、「何で潜ってんの〜?」と紅覇様の声がした。「少し、自己嫌悪に陥っているのです」 「何に自己嫌悪?てか、お菓子はどうしたの?」 「お、お菓子は作れませんでしたっ」 「じゃあ、この包みはなんなのさ」 間近で紅覇様の声がしたかと思えば、ひょいっと手の中からお菓子を詰め込んだ袋が消えてしまった。 包みを追うように卓子から這い出すも、ゴンっと卓の底に頭をぶつけて悶絶する。 「ゴマ団子〜?」 「……の、ようなものです」 「見事に全部爆発して中身出ちゃってるね」 そのまま軽く口の中に放り込むように食べてしまった紅覇様は、一瞬目を見開かれて眉を寄せられた。 (ああ、もう、嫌……) 普段城の美味ばかりを口にしている紅覇様の事だ。 相当不味く感じているに違いない。 しかし、予想に反してそのまま咀嚼をして食べられた紅覇様は二つ目も口に含まれていて小さく悲鳴を上げた。 「や、やめてくださいっ!こんな不味いものをこれ以上紅覇様のお口にいれるわけには」 「なに言ってんの、不味いわけないじゃない」 「え?」 「だって、これはお前が自分の力だけで一生懸命努力をした結果じゃん」 そんな事言うわけないでしょ。 もぐもぐっと二つ目も食された紅覇様の言葉にじーんと感銘を受ける。 やはり、私の夫はとても心優しい人だ。 でも……。 「紅覇様…………顔色が悪いですっ!!吐き出してくださいっ!!!!お願いですっ」 「やーだ」 「お気持ちだけで充分嬉しいですっ!ですからもう良いです!!」 「何度言わせる気?いーやーだ」 袋の中に大量にあったゴマ団子を完食されたあと体調不良で半日寝込むことになってしまった紅覇様。 勿論そのあと、「自分の夫を毒殺する気ですか貴女は!」と紅明様に説教をされた。 皿の上に一つだけ残っていたモノを小さく刻んでぶーちゃんにも食べてもらおうとしたが、匂いをクンッと嗅いだ瞬間に今まで見たことがないくらいに顔を歪めて離れていってしまった。 最後の一つを口に含みながら、しばらくは厨房に近付かない事を心に決めた。 戻る ×
|