異端皇子と花嫁 | ナノ
邂逅 01 


「煌は、随分遠いのね」

「はい。少し前に煌の領土である平原に入っております。首都も見えて来ましたし、日が暮れる前にはなんとか煌の城には入れる筈ですから。暫しの辛抱ですよ」

「うん。ありがとう」



がたがたと揺れる馬車に揺られながらぼんやりと窓の外へ視線を向けるとわりと近くに関所が見え、ホッとしてため息が漏れた。



私は煌の皇子の妃になるために、煌へとやって来た。

婚約自体も先日決まったばかりなのだがお互いの国の都合で、急遽煌に召し上げられる事になった。


煌の北方にある私の小国から馬車での長旅を余儀なくされ、付き合いの長い侍女二人と愛猫一匹と必要な荷物だけを持って来た。

勿論煌の王族に加えられるとあって、馬車の周りには腕の立つ自国の兵士と迎えに来た煌の兵士が馬車の前後で馬に乗りながら列を組んでいるから道中で危ない目に遭うことは一度もなかった。




(……早く脱ぎたいな……)


煌の平原に入った辺りから慌てて正装用の重たい着物を着せられて頭にも簪をたくさんを付けられた為、頭や肩は尋常じゃない程に重たいけれど姿勢を崩すわけにもいかずに絨毯の上にぺたんと座りながら愛猫の背を撫でた。


「に゛ゃあぁ……」
「お城までもう少しだって。がんばろうね」
「姫様……」


甘えるように腕に擦り寄ってそのまま天音の膝の上に移動した猫はまるで我が物顔のように膝の上を陣取った。

でっぷりとしたぶち猫の体は通常の猫の倍の太さと体積がある為両腕で抱えるのも一苦労な程であり、天音の膝の上で馬車が揺れる度に何度も転がり落ちそうになっている。



「天音姫様……本当にその猫をお連れになるのですか……?」
「はい!だって、大事で可愛いお友達だもの!! ねー、”ぶーちゃん”?」
「ぶにゃぁー」
「か……可愛い……ですか……?」


うふふ、と笑いながら猫の腹を撫でながらじゃれ合う愛らしい姫の姿を見てから侍女たちは可愛い(?)猫へと視線を落とす。


ぶち猫に視線を向けた瞬間、ギラッと音が鳴っていそうなくらいに鋭い眼を侍女達に向けた。
まるでこちらを睨んでいるのではないかと疑う程に目つきが悪いが、その顔の皮はたぷんたぷんで脂肪がわし掴めてしまいそうな位にまるまる肥え太っていた。



「それにしても姫様。煌との調印式が行われて1週間もしない内に煌へ向かう事になるだなんて………些か急ではありませんか」

「仕方ないじゃない。煌は、1か月後に何か大事な事が控えているらしいから……。それに比べれば、傘下の姫が召し上げられる事なんて気にしてられ」

「そうしたら、日時を遅らせるのが通例です!こちらは花嫁道具の準備も満足に出来ていないのですから……!!」

「あまり遅らせては、『妃と云う名の、体の良い人質』の意味がなくなるでしょう?……私は大丈夫。貴方達やぶーちゃんが居ますから」




「そうよねー、ぶーちゃん?」と猫に微笑みかけながら何でもない顔でじゃれる姫の姿に、お付きの侍女二人は袖で顔を隠した。



天音はまだ15歳で嫁ぐにしては少し時期が早く、乙女にさえ成りきれていない幼い少女なのだ。
平気なわけがない。

それに、天音の夫となる煌の皇子もあまり歳が変わらないと聞く。



第一皇子にも第二皇子にも未だ正妃はいないのに、何故かまだ若い第三皇子に白羽の矢が立てられ、此度の婚姻が決定したのだ。





(……煌の、第三皇子様って本当はどんな方なんだろう……)


噂では幼い頃から闘いや血を見ることを好んでいるとか、歪な人間ばかりを傍に置きたがる奇人だとか……そんなマイナスの面しか耳にする事はなかった。

考えれば考える程、天音の中の第三皇子の図が屈強で怖い顔をした恐ろしい人物像へと変わって行き、慌てて頭を振ってそのイメージを掻き消した。



(人を噂で勝手に判断してはダメってお兄様も仰ってたじゃない。先入観に囚われずに皇子様の良いところをしっかり知っていかないと………!私の夫になる方なのだし)



心の中でそう決心した時、「姫様、煌の都に到着したようです」と云う言葉にパッと目を輝かせ、馬車の窓に駆け寄るとカーテンに手をかけてそっと外を覗いた。



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