異端皇子と花嫁 | ナノ
王国 01 「喪失」 


”彼女は…天音殿は、今は消息不明です。
私の部下達にも、金属器を調査させていますし、魔導士にもマゴイの残渣を追えないか試して貰っている最中で…”


”…紅覇?だいじょうぶですか?”


明兄の声がだんだん遠くなっていく。

足下が抜けていくような感覚に、頭が真っ白になっていくようだ。




クタクタになって帰国し、皇帝陛下である父親に手短に報告してすぐ……足が無意識に屋敷の方へと向かっていた。

この1ヶ月、ずっと会いたいと思っていた人影を探して屋敷の一室を開けるも、そこにはガランとして何も無い殺風景な客室があった。

呆然としてそこに立ち尽くすと、しばらくしてから「そうだ……此処じゃなかったんだ」と思い出して、ふらっとしながら後宮へと足を向ける。


今まで僕の屋敷の中で暮らしていたのに、いきなり後宮で暮らすことになって、あの子もきっと戸惑った筈だろう。
僕だって、会いに行くためにいちいち後宮まで行くなんて面倒くさいし、かといってあの子だけを何度もこっちに呼び寄せると側室の立場が無いだろう。

でも除け者にすると、それはそれで可哀想な気がしてしまう。


(……そもそも、僕は妃なんて要らなかったんだ。
今だって天音だけで充分なのに)


はぁ、と小さくため息を漏らして禁城を仰ぎ見る。
真っ赤に彩られた立派な居城は、煌の権力の象徴だ。

白徳殿下が築き上げ、僕の親父が掠め取った帝国の栄光。
あの赤色には、多くの人間の血と汗と戦火が混ざっている。


そんな天華の民の平和は、炎兄達が造ったといっても過言では無い。


……炎兄と明兄が見つけてくれなければ、僕にとって無縁だった筈の世界の一端。
二人が手を引いてくれたから、今の僕がある。

二人の為になら、僕は何だって出来る。
煌の未来に、二人は必要な人間なんだ。


「天音の顔見たら、炎兄と明兄の方に報告しにいって、屋敷に帰ったら果実風呂にでも浸かって、整体師でも呼ぼうかな。疲れちゃったしぃ〜…
そうしたら……しばらくは天音とゆっくり過ごそうかな」


てか、あの子と一緒に入ろうかな。
別に夫婦だし、いいよね。


「しばらくは夫婦水入らずで過ごしたいしぃ〜。寂しい想いをさせちゃった分、甘やかしてやらないと。
我儘もいっぱい聞いてやりたいし」


そもそも、我儘って呼べるほどのことを言われたこと無いんだけどね。
まあ、欲が無いのもある意味良いところだし。

僕は、あの子が幸せそうに笑ってくれるなら、それだけで嬉しい。


だから、早く会いたい。



「天音ー?居る?」
「!?お、皇子!?」

居室の中を覗き込んでも、あの子は居なかった。
かすかに、懐かしい感覚がするだけ。


「天音、居ないの?」
「ええ、はい……」
「いきなり入って悪かったね。あの子、書庫にでも行ってるの?それとも、やっぱり魔導研究施設の方?」
「いえ、その……此所には居りません」
「?そんなの見れば分かるよ。だから、どこに居るのって…」
「何処にも………居られないのです」


じわっと目に涙を溜めてポロポロと一人の侍女が泣き始めてしまい、ギョッとして思わず後ざする。
悪いことをした気分になっていると、もう一人の侍女が部屋に入ってくるなり、僕と泣いている侍女を交互に見て戸惑った顔で此方を見る。


「僕は特に何もしてないよ?ただ、天音は何処って聞いただけだしぃ!」
「え……皇子は、まだ聞いておられないのですか?」
「何を?」
「姫は……天音姫は、南天山手前の村人の救出任務の後、行方不明になられたのですよ」
「――――は?」


もう一人の方も絞り出すような震える声でそう言い、悲しそうな顔をする。
その顔を見て、嘘をついてはいないと確信して、咄嗟に踵を返して居室を後にした。

後ろで引き留めるような声が聞こえるけれど、どちらにしてもあの子が居ないのであればあそこは用済みだ。


(明兄なら、ちゃんと説明してくれる筈。
だって、明兄も一緒に居るんだから、そんな事になる筈がないよ)


そう自分に言い聞かせながら禁城まで走り、公務中だった実兄を掴まえて問い詰めた結果……。
最悪な事態が一気に現実感を帯びて目の前に迫ってきて、頭が真っ白になってしまう。



何度も肩を揺らされてやっと気持ちが追い付く頃には、「何でそうなったの…ッ!」と明兄を責めるような言葉しかしばらく出てこなかった。


わあわあと政務室で騒ぐ僕を、炎兄がすっ飛んできて抑えるように宥める。
ここ一月ほどずっと戦場を駆け回っていたせいで精神的に不安的になっていたのもあって、一気にパニック状態になった僕を後ろから羽交い締めするかのように炎兄に抱えられた。

直前に明兄が人払いをしてくれていて助かった。
でないと、僕は身内以外に涙とかいろんなものでぐちゃぐちゃになった酷い顔を見せることになっていたかもしれない。



「落ち着け、紅覇。今此所で紅明に当たった所で、何も解決はしない。
今、最優先で調査を行わせている。だから、許せ」
「はーっ……はーーー…っ」
「すみません…紅覇。私のせいで」
「っ…、ごめ…ん。ごめんなさい、明兄…炎兄…」


ぼろっと頬を、涙が零れる。
初めはなんの涙か分からなかったが、しばらくしてから「ああ、僕が無力なせいだ」と自覚して、途端に胸の中が風穴が空いたような虚無感で覆われる。


…僕は、明兄と炎兄のオマケみたいな存在だから……。
炎兄と明兄が居ないと、二人の役に立たないと、僕は存在価値がないんだ。


(……そんなちっぱけな僕が、二人の手を煩わせること事態が可笑しいんじゃ…?)


そうだよ。
だって、今もこうやって明兄と炎兄の貴重な時間を僕が独り占めしてしまっている。


この少しの時間を二人に割かせてしまうのだって、罪だ。
二人には、僕なんかのことよりも大事な事がたくさんあるんだ。

あの子の事を優先させるだなんて我儘、本来ならあっちゃいけない。


ぐっと一瞬唇を強く噛みしめ、心配そうに僕を見下ろす二人にフッと笑いかける。


「もう大丈夫だよ。ちょっと、びっくりしちゃっただけ。
…うん、もう大丈夫だから」


取り乱してごめんね。と笑って応えると、僕の顔を見た明兄が青い顔をして凍り付く。
なんでそんな絶望したような顔でこっちを見てくるのか分からない。


珍しく目を見開いて驚いて固まっていた炎兄の腕からするりと抜け、呆然と僕を見てくる二人に穏やかな声で微笑む。


「僕、ちょっと部下たちのとこ行ってくるねぇ〜。きっとあいつらも疲れてる筈だしぃ〜」
「紅覇…、ちょっと貴方」
「ねぇ、明兄。
――――次は、何処に行けばいい?」
「は、はあ…っ!?だって、」


驚いて僕を見上げてくる明兄にずいっと体を近づけ、「次、僕が落とす街は?国は何処〜?」と笑顔で問いかける。


「きっと、あの子転送されてどっかに落っこちちゃっただけだと思うんだ。
しばらくしたら、また前みたいに魔法で自分の居場所を言ってくる筈だよ。
だから、僕は迎えに行きやすいように、少しでもたくさんの国を落としておかなくっちゃね?」
「……」
「体動かしてたら気持ちも紛れるし。だから、」


お願い、明兄。炎兄。










その日から、明兄に言われるがままに進軍を繰り返す日々が始まった。
僕に負けじと炎兄も多くの街や国を炎に沈めていく。

普通なら戦中は野営地で休まなきゃいけなんだけれど、明兄が「どうしても寝るときはこっちで」と言うから仕方なく毎晩屋敷に戻ってきて眠っていた。


そして、毎夜眠る前に天音が休んでいた部屋に少しだけ寄って過ごす。
何かをする訳でもなく、ただその部屋に微かに残っているあの子の調度品に触ったり、長椅子に腰掛けてぼうっとするだけ。

一時間ほどボーっと過ごしていると「紅覇皇子」と天音の侍女達に声をかけられて正気に戻る事が増えた。


「お疲れなのですね」
「う、ん…まあね」
「姫様の事です、きっと何処かでご無事で居る筈ですから」
「…うん、そうだよね〜」
「だから、あまりご自分を追い詰めないでください。
最近、無茶な出撃を繰り返されていると聞いております。きっと皇子の噂を聞いたら、姫君も心配される事でしょう」


本当に心配そうな顔で僕を見る二人を眺めながら、ボソッと小さな声で呟く。



「……噂が、立つようにやってるんだよ」
「え?」
「ありがと。気を使わせて悪かったよ。
じゃあ、僕はもう行くから、お休み」
「あの、皇子!?」


おやすみぃ〜〜っと軽く手を振って後宮を後にし、自分の屋敷への道を進みながら息を吐く。


「感傷に浸ってる暇があったら、一つでも多くの街を落とさないと…。
少しでも、煌の名前を世界に広げてないとね」


ズンズンと回廊を進みながら、頭の中で世界地図を描いては煌の支配領域を指折り数えていく。


「明日は、悠州の方だったかな…陽州の手前まで炎兄が進軍してた筈だし…。あれ、蘭州だったっけ?いや、蘭州の方は七日前に行ったし…貴州…?
あれ………分かんなくなっちゃった…」


ぼうっとした顔で月を見上げると、知らず知らずのうちにため息が零れていた。


「此所って、こんなに寒かったっけ…」


雨期が終わり、もう夏至に入った筈なのに夜はまだひんやりしている。
小さく呟いて腕を擦り、再び自分の屋敷への道を辿っていく。


「別に、詳しい場所は明日、明兄に会った時にでも聞けばいいや〜。
僕は、明兄に言われた通りに動くだけだもんね。

………あとちょっと、もうちょっと頑張ればいいんだ。

それに、もしこっちの大陸に居なかったとしても、レームも七海連合もパルテビアもマグノシュタットも……ぜ〜〜んぶ潰して煌が占領しちゃえば、きっと見つかるよね」




ね、天音




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