異端皇子と花嫁 | ナノ
迷宮 02 


「まだ、紅玉達は見つからないの?」


迷宮の中を奥へと進んでいた練紅覇一行は、洞窟を抜けた先に広がる巨大な吹き抜けのような縦穴を前にして溜め息を漏らす。

縦穴の壁一面には、人が一人は入れそうな位の大きな穴が蜂の巣のようにビッシリと空いていて、どこからともなく冷気が流れ込んでくる。
 
「おかしいなぁ〜…今までの道にはそこまで危ない場所なかった筈なのに」
「まさか、迷宮に入っていなかったとか…」
「……」

本当に迷宮にはいってなかったのだとしたら、失敗した。

(この迷宮は紅玉が攻略する予定だったものだ。僕や、他の誰かが攻略しても意味がない…)

確かにこの中の誰かが金属器を持てば、煌帝国は力を増すだろう。
でも、それは単なる戦力としての話だ。

力と権力の象徴としても、皇族の僕らが金属器を持って戦場に立たなければ民に示しがつかない。


いつか、紅玉も将軍として戦場にたつかもしれない。
その為には、この迷宮のジンの力が必要なんだ……。

もし……その紅玉が、迷宮に入ることなく亡くなっていたら……。


(最悪の場合、僕が攻略しなきゃ。
何にせよ、とりあえずゴールを目指そう)


決意を込めて目を閉じ、背負っていた大剣の柄を握り混む。
スラッと引き出した大剣の側面の八芒星が、応えようにカッと光って刀身が煌めく。


「でも、ま………そう簡単には、行かないよねぇ」


部下たちもやっと気づいて足を止めた時、僕たちの目の前の洞窟から人間一人位なら易々と飲み込んでしまいそうなくらいの巨大な蛇がのっそりと顔を出した。

黒い体に赤の斑模様の蛇は見るからに毒々しく、二股に裂けた舌を口の端しからチラつかせる蛇の瞳は虎視眈々と獲物をつけ狙う目をしていた。

ズズズ…と体を引き摺るかのようにゆっくりと地面を這いながら近付いてきた蛇。
その舌先がゆっくりと僕に向けられる。


「お逃げください、紅覇様!」
「うるさいなぁ」

はあ。とため息混じりに息を吐き、くるんっと大剣を回転させて持ち替えてから目の前の大蛇に冷笑を向ける。

「邪魔だなぁお前……死ねよ」
「紅覇様!」

部下の制止する声を振り切ってタッと踏み込み、巨大な蛇に向けて大剣を降り下ろした。









「姫君……道は、此処しかない、のでありますか…?」
「そのようだけれど…」

洞窟にはまたしても水が流れ込んでおり、進むごとにゆっくりと冷たい水が体を冷やしていく。
くるぶし辺りまであった水が腰辺りになるまで洞窟を進んだ先には、土壁が待ち構えていた。

一見すると行き止まりにしか見えない壁。

でも、水面より下には暗い水中トンネルがぽっかりと広がっており、その奥は何も見えない。
その不気味な黒い穴を前に、皆が顔を見合わせる。


水が青く光っていて明かりには困らないけれど、その水中洞窟の先はなにがあるのか全く分からない。


「潜る…しか、ないのでしょうか…」
「ええ。もう、ホント濡れてばかりで嫌だわぁ」
「紅玉様。自分が先に潜って、洞窟の先を見て来ましょうか?」
「あら、大丈夫…?」
「海育ちなので、泳ぎには多少の自信があります。なに、すぐに戻ってきますよ!」

兵士の一人が進み出るや否や、魚のようにあっという間に水中トンネルの奥へと消えていく。


「もし何もなかった場合……引き返すしかないのでありますか」
「他に道らしい道はなかったじゃない」
「そうでありますが……」

うんうん、とお姉様達が物議を交わしている最中。
あることに気がついて、ハッとなって紅玉お姉様に声をかけた。

「どうしたの?天音ちゃん」
「あの………だんだん、水かさが増してません、か?」

私の言葉にハッとなった面々は、腰まで来ていた水面がいつの間にかヘソ辺りまで上がってきている事に気がついて青ざめる。

「満潮だ!」
「どうしますか姫!引き返すならまだ…!」
「まだ、彼が戻ってきてないわ!
それに、無闇に引き返したところで、結局道が此処しかないのであれば進むしかないのよ!」

気付いた途端にじわじわと水嵩が上がっていき、皆の胸下くらいに上がった水面。
身長の低い私では、もう肩が水に浸かりそうなくらいの位置だ。


(………どうしよう……泳ぐのかな)

どうしよう、と1人で堂々巡りをしていると先程の兵士が姿を現し、明るい顔で紅玉お姉様と向き合う。

「この先は広い空間に繋がっており、道と迷宮生物の影が無いことも確認しました!水中トンネルの通り道はそこまで長くはありません。三十秒ほど我慢していただければ、充分通り抜けられるでしょう」

「この先に進むわ!貴方達、どんどん通りなさい」
「そうと決まれば行きましょうね!夏黄文さん!」
「ちょっ、押すなであります!!!」


テキパキと指示を出され、先程の兵士や従者を先頭にして水中トンネルへ潜って行こうとするお姉様の衣装の裾を引いて引き留める。

私の首元まで増えてきた水から逃げるように、顔を上げてお姉様を見上げる。


「天音ちゃん…?どうかしたのぉ?」
「あの、紅玉お姉様。実は私……山育ち、なので泳いだ事がない…のです」
「ぇえ!?じゃあ」
「はい。泳げ、ません…」

そう。
私の国は天山の山岳地帯と接する小国。
一年を通して涼しい気候であり、おまけに私は魔法以外基本的にダメダメだった為水泳を行ったことなどない。
やっても水浴び程度。

手で水を掻いたこと等ない。


その言葉を聞いたお姉様は、少し意外そうに驚かれると柔らかい顔で「大丈夫よ」と微笑んでくれた。


「こんな時に、弱音を言って申し訳ありません。
皆さんの足を引っ張るようなマネを……」
「ううん、気にしないで頂戴!天音ちゃんは生粋のお姫様なんだもの。それに、やったことがない事があるのは、皆同じよ。
私だって、山登りしたことないわ!」
「……お姉様」
「姫!何をしているでありますか!」
「すぐ行くわ!先に行ってて!」


じわじわと水が顎を濡らしていく中、ギュッとお姉様が強く手を握ってくださる。

「少しだけ練習しましょうか。吸って、吐いてー。吸って、息を止めて」

水が迫ってきて不安な中、リズムに合わせて呼吸しながらじっとお姉様を見つめる。


「私が手を強く握って合図したら、目を閉じて息を止めて潜る。
通り道が狭いから難しいけれど、私が天音ちゃんの手を引くから」
「はい。お願いします…」
「ふふ、そんな不安そうな顔をしないで?
穴を通りきるまで……絶対に放さないから」


私の手を握って真っ直ぐ此方を見る強い意志を持った紅い目は……少しだけ、紅覇様に似ていた。

「嗚呼、やっぱりご兄妹なんだ」と思うと同時に、自然と気持ちが少し落ち着く。


……早く、こんな所を出て紅覇様にお会いしたい。

そう思うと、不安が何処かへ飛んでいくようで憂鬱だった気持ちがすぐさま立ち直っていく。

紅覇様の存在は、知らないうちに私のやる気スイッチになっていたらしい。


「行くわよ」と声をあげたお姉様に頷き返し、精一杯息を吸い込んで水の中へと身を沈める。
繋いだ手に引かれるまま、無我夢中で足をバタつかせてトンネルの中に潜り込み、壁を手探りに掻きながら進んでいく。

着物が水を大量に吸っているせいで体が重く、思うように進まなくて「もう限界」と息を吐き出しそうになった瞬間に男の人の手で力強く水上に引き上げられた。


「姫!天音姫も、無事でありますか」
「げほっ…はあ………何とか。」
「申し訳ありませんでした、お姉様。ありがとう、ございます」
「いいのよぉ!私達も、天音ちゃんには助けて貰ってるもの!」

巨大な泉から上がって、少し進んでいくとひんやりとした風が脇をすり抜けてブルッと体が震える。
何度も水を被ったせいで重くなった着物に小さくため息を漏らしながら歩いていると、「わぁ…」と兵士の感嘆な声につられて視線を上げた。



「……これは、凄いですね……」

広い空間の壁に沿うように光る水が流れ、上は高さが有り過ぎて天井が見えない。
でもそれよりも気になるのは、壁の四方八方一面にハチの巣のような洞穴が空いている事。

私たちが出て来た場所もそんな横穴の一つらしく、何か印をつけておかないと分からなくなってしまいそうだった。


「これは……何処が正しい道なのでしょう……」
「全部同じモノにしか見えないわ。一つ一つ、調べていくのしかないのかしら…」
「この穴を全てですか!?」

膨大な穴の前に、皆が遠い目をしてから互いに顔を見合わせる



「ひとまず、少し休みませんか?」
「そうねぇ……でも、入ってそんなに経っていないのにこんなに疲れるだなんて……先が思いやられるわぁ」

出て来た横穴の傍にそれぞれ腰を下ろしながら、表情に疲労を滲ませていた。
迷宮に入って、そんなに長い時間経っていない筈なのに、水を吸い込んだ衣服をずっと着ているせいなのか、皆ぐったりとしている。


せめて、魔法で乾かせれば…それだけでも違うのに。


袖口にある魔法の杖を指先で触れるも、自分の中をめぐるマゴイの量が全然回復していない事に落ち込んで杖を仕舞い込んで膝を抱える。


「足に根が生えそう、です」
「そうねぇ…。もう少しだけ休んだら、行きましょうか。長くいても、気力が削がれるだけでしょう、し………?」


冷たい風がヒュウっと紅玉の背中を通り、何気なく振り返って視線を向けた紅玉の先にはぽっかりとした暗闇が待ち構えていた。

否、紅玉を飲み込まんとする巨大な生物の口が大きく入り口を広げ、今にも襲い掛かろうとしていた。


「紅玉姫!!」
「ひっ――!」




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