漆黒の髪。
真っ白な簡素なワンピース。
色白の肌に大きな瞳。
その小柄な顔も、華奢な手足も、そして細身な身体も。
長い髪の一筋だって、私と同じ。
私が笑えば、彼女も笑う。
私が泣けば、彼女も泣く。
私が怒れば、彼女も怒る。
仕草も行動も何一つ違えること無く、私と対なる彼女。
けれども彼女の瞳は、常に私とは違うものを映していることを私は知っている。
他の誰も気づかないが、しかし私はそれを知っている。
彼女は私を見つめて静かに笑う。
私と全く同じ表情のはずなのに、それでも静かに笑っている。
私を嘲るように。
見下すように。
けれども悲しそうに。
淋しそうに。
私と同じ顔で、笑っている。
私はそんな瞳をしていないのに。
それでも彼女は、そんな瞳で笑うのだ。
私はそっと彼女の頬に手を伸ばす。
かつり、堅い頬が爪先を霞めては掌に温度を伝える。
酷くその熱は冷たくて、そう呟いたらまた彼女は笑った。
私はこんなに冷たいのに。
私はこんなに硬いのに。
それなのに、何故あなたは暖かいの?
何故あなたは柔らかいの?
私と同じ、存在なのに。
どうして私の持っていないものを、あなたは持っているの?
そう彼女は笑う。
悲しそうに、泣きそうな瞳で。
ただひたすら、その瞳に悲しみと苦しみを映し出して。
羨望と憎悪を渦巻かせて。
私を、見つめる。
ああ、そうか。
私は今になって漸く気づく。
彼女は“彼女”になりたかったのだと。
私と対になる彼女。
私が笑えば彼女も笑い、私が泣けば彼女も泣く。
全てが私と同じの彼女。
対なる彼女。
けれども彼女は私とは決定的に違う。
だって彼女は、体温が無いのだから。
だって彼女は、感触が無いのだから。
だって彼女は、音を持たないのだから。
そして彼女は、名を持たないのだ。
私は人間。
だから生まれれば名を与えられる。
けれども彼女は。
そう、彼女は。
私の映し身だから。
彼女は生まれても、体温を手に入れることは出来ない。
彼女は生まれても、感触を感じることは出来ない。
彼女は生まれても、音を上げることは出来ない。
そして彼女が生まれても、決して名を与えられることは無い。
それはつまり、生まれながらにして“個”を有していないと言うことなのだ。
だから彼女は私を笑う。
全てを持っていながら、それに満足していない私を。
全てを持っていながら、絶望している私を。
そして全てを持っていながら、それを捨て去ろうとしている私を。
羨ましそうに、悲しそうに。
そして淋しそうに。
嗤う。
私はそんな彼女にごめんねと呟いて、彼女の躯を、貫いた。
名前を欲しがった
ドッペルゲンガー
お題:AnneDoll
2011,10,22