「あなたを、愛していますよ」
あなたへの思い
ぱたぱたぱたぱた
誰かの走ってくる音がする。
きっと、あの人だろう。
色素の薄く長い黒髪と海の様に青い、美しくも強い眼を持った愛しい人。
「優(すぐる)さん!!!」
「・・・・・何ですか。森夢(しんむ) 聖華(せいか)さん」
振り返りながら彼女に言う。
声を聞いただけでもすぐにあなただと判りますよ。
「あ、あの!今日習った数学で、良く解らない所が幾つか有ったので、
教えて頂けないでしょうか?」
きっとあなたは私の姿を見て、急いで駆けつけたのでしょう。
少し息を切らせていますから。
「別に構いませんよ。何処が解らないのですか?」
「えっと、此処と此処と此処なんですけど」
「・・・・・」
今指した所、全て今日の授業でやった所ですよ、それ。
授業を全く聞いていなかったのでしょうか。
「あ、あの・・・すいません・・・。今日習った所、何度見直しても解らなかったんです・・・」
ああ、わたしが考えていることが判ったのですね。
「・・・別にわたしはあなたを疑っているわけではありませんよ。あなたはいつも真面目に授業を受けていますからね」
だっていつもわたしはあなたを見ていますから。
「!!!あ、はい!」
にっこりとわたしに微笑む。
「・・・ここでは少し説明しづらいですね。移動しましょうか」
「はい!」
無防備な笑顔。
そんな笑顔を向けられたら、周りの者があなたをほって置けなくなるではないですか。
───わたしと同じように。
「では行きましょうか」
わたしは身を翻し教室へと足を運ぶ。
それに慌ててあなたは付いて来る。
コツ、コツ、コツ
ぱたぱたぱたぱた
歩く歩幅も違えば、歩くリズムも違う。
あなたはわたしよりも歩くのが遅いのですね。
コツ、コツ、コツ
ぱたぱたぱたぱた
同じ繰り返しのリズムで廊下を歩く。
とても、心地良い。
コツ、コツ、コツ
ぱたぱたぱたぱた
コツ、コツ、コツ・・・。
わたしが止まった先に教室がある。
その扉を開け、中に入る。
その後に続いてあなたが入って来る。
わたしは自分の席に向かい、椅子を引いてその上に座る。
あなたはその隣に来て、教科書を広げ、わたしに見せて来る。
「あの、此処なんですけど・・・解き方を教えてもらえますか?」
あなたはおずおずと聞いてくる。
「ああ、此処はこうするのですよ」
わたしは丁寧に教える。
彼女が解るまで、何度も何度も説明する。
でも、こんなに丁寧に教えるのは、あなただけですよ。
あなたが真剣に解ろうとしているから。
あなたが真剣にわたしの説明を聞こうとするから。
あなたがわたしに教えを請うから。
わたしがあなたを思っているから────
そんな思いでわたしはあなたに付き合っている。
でも、あなたはわたしの思いを知らない。
あなたはただ、わたしを良い人としか見ていないのですね。
「・・・・・」
わたしはこの思いを言わなくてもいいと思っていた。
今までもそうだったように。
そしてこれからも。
そう、決めていた筈なのに────
でもあなたは。
わたしのそんな決意も壊してしまう。
あなたにこの思いを伝えたいと思ってしまう。
あなたはなんて罪深き人なのだろう。
それでも。
そんなあなたをわたしは愛してしまった。
だからあなたに言いましょう。
あなたへのわたしの思いを。
たとえこの関係が壊れてしまっても────
「────────────」
「えっ?」
「あなたを、愛していますよ」
2004,8