Orijinal | ナノ



かつ、かつ、と。
鳴り響く。

こつ、こつ、と。
音を発てて。





それが彼女の───死へのカウントダウン。





終焉を望むアリス








彼女は歩いて行く。
ジグザグと、平面にもうねりを作るコンクリートの階段を。
漆喰にも似たその冷たい階段を、唯只管に淡々と、静かに彼女は歩いて行く。


さらり。


歩く度に彼女の長いブラウンの髪が宙を舞う。
その姿は幻想的なのに、何処か悲哀と哀愁が漂い、儚い。





「あのね」





彼女は前触れも無くそう告げた。
その言葉はいつの間にか彼女の背後を歩いてる者へと。





「白兎がね、服をくれたの」





嬉しそうに、彼女は微笑む。





「この色々な衣服の切れ端を縫い合わせたこの服を」





背後にいる彼は何も言わない。
ただ不気味にも静かに彼女の後ろを歩き、笑んでいる。
それでも彼女は構わずに淡々と階段を下りながらも嬉しそうに語り、己の着ている服を愛しそうに撫でた。



彼女は知っている。



このパッチワークを施された服が一体何で出来ているのかを。
一体何を寄せ集め、繋ぎ合わせたのかを。



彼女は、知っている。





「とっても素敵でしょう?」





彼女は問う。
然れど背後の男は答えない。
唯始めと同じように笑うだけ。





「これはね、私の憎んでいた人たちの衣服なの」





それでも彼女は構わない。
彼女はただ、己の衣服を愛しそうに眺めて語るだけ。





「白兎がね、あの人たちを殺して奪った衣服を寄せ集めて縫ってくれたのよ」





本当に、素敵ね。
そう彼女は笑って言う。
理由を知っていて尚、彼女は笑っている。





「白兎は似合うと言ってくれたわ」





でもね、と彼女は淋しそうな顔をした。





「これは私には似合わないと思うの」





愛しそうに触れていたその服を、彼女は名残惜しそうに手から離す。





「だって私はアリスのように、純真無垢で無邪気な少女にはなれないもの」





愛しい者を手放す時のような淋しさで。

哀しそうに。
寂しそうに。





「私は、アリスじゃない」





彼女は笑う。





「私はね、いらない存在なの」





彼女は淡々と階段を下りる。
下へ、下へと。





「結婚した彼は私に優しかったわ。愛してもくれた」





愛しそうに、想いを馳せる。





「それでもあの家の人たちは私を不要としたの」





哀しそうに、想いを馳せる。





「あの人たちは私を毛嫌いしていて、それはそれは酷い仕打ちを沢山して来たわ。でも、私は気にならなかった。そんなこと、然したる問題ではなかったのだもの」





だって私は彼を好いていたから。
だから、そんなこと関係なかったの。

そう彼女は語る。





「でもね、私は知ってしまったの」





そこで彼女は足を止めた。
階段と階段の踊り場で、彼女は立ち止まる。
それでも階段の底はまだ見えない。





「彼が以前結婚した女性はね、あの家の人たちに殺されたんですって」





そう言って、彼女は漸く背後の彼へと振り向いた。










「ねぇ、お願い」










彼女は乞う。















「私を───殺して?」















儚く微笑みながら、彼女は願い乞うた。
それは全てを諦めた、何処か抜け殻じみた笑みを浮かべて。

そんな彼女に、彼は静かに頷く。
口元に笑みを浮かべたまま、彼は彼女の目の前に立った。















「それをアリスが望むなら」















どすり。


と、鈍い音が静寂の中に響いた。
銀色に光るそれが、彼女の腹を貫いている。
彼女はそのまま彼の腕に抱かれ、その身体を預けた。





「・・・お腹にね、赤ちゃんがいたの」





弱々しく、彼女は彼の腕の中で告げた。





「女の子の赤ちゃんよ。きっと、とっても可愛い子だわ」





でもね、と彼女は続ける。





「きっとこの子もどの道殺されてしまうの」





辛そうに。





「だってこの子は誓約書に書かされた男の子ではないのだもの」





哀しそうに、顔を歪めた。





「・・・前の奥さんもね、私と同じで女の子を身籠ったのですって。そしてそれを嬉々たる表情で皆に伝えたの。でもそれを伝えた途端、彼女は殺されたのですって」





ぎゅっと、彼女は目の前の彼の衣服を握りしめる。





「あの家は、男の子が欲しかった。跡取り息子が欲しかったの」





それも異常な程に。
と、彼女は呟く。





「あの人たちは男の子供にしか興味が無かった。女の子供など、ただの邪魔な存在としか思っていなかったの。でも生まれて来てしまったら、その子たちの世話もしなければならない。彼らはそれを、邪魔だと思ったのね」





だから、彼らは。





「彼らは、子供が生まれる前に母親を殺すことにした」





異常な執着、異常な固執。
それ故に己の手を罪に染めることすら厭わない。
そんな理念を持って、彼らは存在している。





「でも私は、彼女のようにはなりたくなかった。彼女のように彼らに殺されるのは嫌だった。彼女の二の舞になるのは、嫌だったのよ」





彼女は奥歯を噛み締める。
悔しそうに、強く。





「彼らの身勝手で、彼らの手で。私の愛しい子を殺されるだなんて、私は許せなかった。彼らの汚れた手で、この子を殺すだなんて」





そんなの、耐えられない。
彼女は苦しそうに呟く。





「だからでしょうね、白兎は彼らを殺してくれた」





私をアリスと勘違いをしているから。
愛しい愛しい彼のアリスと、勘違いをしているから。
だからアリスと間違われている私の願いを、白兎は叶えてくれたの。

そう、彼女は哀しそうに笑って言う。





「それでも彼らは強力だから、白兎の力を持ってしてでもきっと彼らを抑えることは出来ないわ」





彼らは強力過ぎるから。
彼らは異質過ぎるから。

まるでハートの国の女王のように。
その国そのもののように。
そう、狂った住人たちなのだから。



だからたかが宰相一匹が動いたところで、どうにもならないことを彼女は判っている。
どの道彼らに殺される運命は変わらないということを、彼女は嫌と言う程理解していた。





「だから、」





彼女は痛みに汗をかきながらも彼を見上げた。










「私はあなたの手で殺してもらえて、嬉しいの」










ぽた、ぽた。


赤い血が白い地面を焦がして行く。
染みを作るように、白を浸食して。










「たとえアリスと勘違いをしていても・・・私の願いを叶えてくれて、嬉しかったわ」










それでも彼女は笑顔で笑う。



心底嬉しそうに。
心底幸せそうに。



血の気の無い真っ白な顔で。















「ありがとう───チェシャネコ」















儚く、彼女は笑った。

























それきり、彼女は動かない。
腕はだらりと垂れ下がり、身体も最早ただの物と化した。

そんな彼女を抱きしめて、チェシャネコと呼ばれた彼はそこに立つ。
足下には血溜りの池を作って。





「勘違いじゃない。君は、アリスだ。今までも、そしてこれからも」





彼は冷えた彼女の顎に手を添えて。















「君は僕らが愛す、最愛のヒト───終焉の、アリスだよ」















そう不敵に笑って、彼は彼女に口付けた。
































2008,11,28