リアルロデ | ナノ



「みゃ〜ぉ」



そんな子猫の切なげな声に、私は困った。
だって私も降りられなくなっちゃったんだもん。





助けてくれたのは、








ことの始まりはそう、私が散歩をして庭先を歩いていたことからだった。
ラクロが仕事に行っている間、言われた課題も確りと終わらせたので、気分転換に庭を歩いていたのだ。
空は快晴で空気はその晴れ晴れとした空と同じように澄み渡り、暖かな陽光は心地良い安らぎを私に与えてくれる。
庭先に咲く美しい花々に眼を向けて散歩を楽しんでいれば、不意に声がした。

その声が何処から来るのかきょろきょろと足下を見渡してみたが、どこにもその声の持ち主は見当たらない。
私は空耳かと思い、足を先に進めようと歩み出したが、すると再び声が聞こえた。
今度はその声がはっきりと聞こえ、私の頭上から聞こえてきたことが判った。

私はその声のする方へと顔を上げると、一本の木の上に子猫が座っていた。
子猫は私に向かって鳴いている。

初めは私を見て唯声を掛けているだけなのかと思ったが、よくよく見るとどうやら違うようだった。
子猫の声はか細く酷く不安げで、そしてこちらを見つめるつぶらな瞳は助けを求めるようだ。
身体を見てみると少々細めの枝の上に縋り付いているように座っている。
どうやら木から降りれなくなってしまったようだ。



「みゃぁ〜ぁ」



助けて、とつぶらな瞳で私に訴えかける。
私はそれを見て、知らないと知らんぷり出来る程薄情者ではなかったので、何とかしてこの子猫を助けてあげたいと思った。

しかし木はそれなりの高さがあるので、木登りに不慣れな私が上るには少々難しいように思えた。
だが残念ながら周りには手助けをしてくれるような人は見当たらない。
先ほどまでの散歩の最中に何人かの庭師さんとは出くわしたが、それも場所的にはかなり遠い。
その人たちを呼んで来ることは可能だが、しかしそれだとこの子猫の元から一旦私が離れなければならない。
それは流石に可哀想だ。

私は暫くその場で悩んだ末、結論を出す。



「よし、私が助けてあげるからね!」



そう子猫に向かって安心させるように微笑むと、子猫にその意思が伝わったのか、僅かに子猫の表情が和らいだ。

私はそれを確認して、早速行動に移す。
子猫がいる木の元へと近づいて、その木を見上げた。



「ええっと、こういうのってどうやって登るんだろう・・・?」



木登りなどしたことのない私が上り方など知っている訳もなく。
よって初めから困ったように木を見上げた。
しかし考えたところでどうにかなる訳でもない。
こういうのは考えるよりも先に行動するのが一番だ。

そう思って私は一番近場にある木の枝に手を伸ばした。



「んっしょ・・・」



木の枝にぶら下がるようにしながらも、足を巧いこと掛けて木の上に上る。
少々苦戦はしたものの、私は何とか子猫のいる枝の元まで木を登ることが出来た。



「みゃぁ〜ぁ」



子猫が頭だけをこちらに向けて、声を掛ける。
私はそれにまた安心させるように微笑んだ。



「大丈夫、今助けてあげるからね」



そう言って子猫の元まで私は恐る恐るも近づいて行く。



「みゃぁ〜ぁ」



一歩一歩確りと足場を確認して近づいて行くと、段々と子猫の鳴き声が近くなる。
ゆっくりとだが確実に子猫に近づいて、要やっと私の手が子猫の身体に届いた。



「もう大丈夫だよ」



子猫が下に落ちないようにゆっくりと私の腕の中に納めてやると、子猫は安堵した様子で私の胸元に頬を刷り寄せた。
私はそれにくすぐったい気分になって、思わず笑みが零れる。



「さて、じゃあ下に降りよっかな」



そう呟いてその場から動こうとしたのはいいのだが。



「・・・・・どうしよう、怖くて降りられない」



私はその場で固まってしまった。

つい今し方まで子猫を助け出すことだけに夢中になっていたので、木の高さなど露程も恐怖を感じなかったのだが、今改めて下を見下ろすとそれなりの高さで急に怖くなってしまった。
今の状態で恐怖を感じているのだから、この腕の中にいる子猫を抱えたままで木を降りるのは先ず無理だ。
そう考えると私は身動きができなくて、どうしようかと途方に暮れてしまった。



「みゃ〜ぉ」



そんな子猫の切なげな声が腕の中から聞こえてきた。
きっと私の困惑の表情を読み取ったのだろう、先ほどは安堵の表情を浮かべていた子猫は、今はまた酷く不安そうな表情をしていた。



「・・・ごめんね。どうやら私も降りられなくなっちゃったみたい」



折角助けてあげられると思ったのに、ごめんね。
そう申し訳なさに謝ると、子猫は心配そうに私を見上げて鳴いた。



「みゃ〜ぁ」

「慰めてくれてるの?・・・ありがとう」



子猫が私を気遣うような鳴き声を上げたので、私は少しだけそれに心が軽くなる。

これだったら魔法の使えるラクロや木登りの上手なアルヴァンドでも呼んできた方が良かったかな。
そこまでいかなくても庭師の誰かに頼んでおくのが正解だったかも。
今になって誰かに手助けを頼んでおくんだったと後悔した。

しかし今更後悔したところで現状は変わることはなく、このままの状態でいるのは少々きつい。
どうにかして誰かを呼ばなくては。

でも、どうやって?
誰かを呼ぶ手段もないのに、どうやって人を呼ぶの?

そんな問いが頭の中に浮かんだが、そんな不安要素に私は頭を振って掻き消した。

人を呼ぶ手段なんて、今の私には一つしか残されていない。
それはここで大声を出して、誰かがその声に駆けつけてくれるのを待つことだ。

私は意を決して息を吸い込んだ。
そして声を発しようとして────



「そんなところで何をしているんです?」

「ひゃぁ!」



突然下から声を掛けられて、私は思わず間抜けな声を出してしまった。



「ら、らららラクロ!?」

「何をそんなに驚いているんです?」

「驚きもするよ!行きなり出てきたら!!」

「・・・私は行きなり出てきた訳でも湧いて出てきた訳でもありませんが」



私は普通に向こうから歩いてきただけなので。
そう淡々と私を見上げて言うラクロに、私は僅かに苦笑しながらもほっと胸を撫で下ろした。



「それで、貴方はそこで何をしているのですか?」

「あ、えっとね、この・・・」

「もう結構」

「え?」



私がラクロの問いに答えを口にしようとした途端、ラクロから静止が掛かって私は戸惑った。



「貴方に説明されなくとも指し示されたその子猫から現状を見れば一目で判ります」



そう言うとラクロは私と私の胸元にいる子猫を交互に見つめ、口を開く。



「さしずめその腕の中にいる子猫が木の上で降りられなくなったのを見つけて、助け出そうと木に登ったのでしょう。そして助けたはいいが、今度は自分が降りられなくなった。・・・そんなところでしょう?」



淡々と述べるラクロに、私は困ったように笑った。



「その通りだよ。よく説明も無しに判るね」

「貴方は単純ですからね。見たままで受け止めれば予測などせずとも判ります」



いつも通りな辛口に、私は苦笑するしかない。
それに言われていることは事実なので、否定することも出来ないから。



「それで、貴方はその後どうするつもりですか?」



どうやって降りるつもりか。
そう意地悪にも問い掛けて来るラクロに、私は正直にお願いをしてみることにした。



「出来ればその・・・・助けて欲しいなぁ〜なんて」



ちょっとお茶目っぽく言ってみると、ラクロは一つ呆れたように溜め息を吐いた。



「・・・仕方ないですね、助けてあげますよ」

「本当!?」

「ただし。」

「?」

「それ相応の見返りを求める事をお忘れなく」



そう不敵にも眼鏡を指先で上げて釘を刺すラクロを見て、私はうっと顔を強張らせた。

しかしこればかりは背に腹は代えられない。
ここで助けてもらう事を拒否すれば、次に助けてもらえる機会が来るのがいつになるか判らないのだ。
一体後でどんな見返りを求められるのか不安を少々抱きつつも、私はここは仕方ないと諦めて頷いた。

するとラクロは少しだけ嬉しそうに笑って。
何だかそれを目にして私は嬉しくなって、身体の力が緩んでしまった。

それが、拙かったのだと思う。



「・・・ふぇ?」

「ニィナ!?」



不意にぐらりと世界が傾いで身体に浮遊間を感じると、それとともにラクロの叫び声が聞こえた。
私は視界から離れて行く木の枝を見て、自分が落ちているのだと理解した。
途端に地面に激突する光景が脳裏に浮かんで、私はその衝撃からせめて腕の中にいる子猫だけでも助かるようにと、身体を縮こまらせて眼をぎゅっと閉じた。

しかしどさっ、と聞こえてきた音と身体に感じた衝撃は、地面に当たるそれとは違っていて。
私は不思議に思って眼を恐る恐る開けて行く。



「・・・・全く、驚かさないで下さい」



そう呟いて心配そうに覗き込んだラクロが目に入った。
僅かに冷や汗をかいているところを見ると、相当焦っていたらしい。
どうやら私はラクロの腕に受け止めてもらえたらしく、助かったようだった。



「怪我はありませんか?」

「・・・うん」



そう言うとほっと一安心したのか、ラクロの表情が和らいだ。



「私がいなかったら今頃どうなっていたか・・・・・怪我をしたらどうするつもりですか」

「ははは・・・・」

「はははではありませんよ。全く、自分は木から落ちて大怪我を負うかもしれないというのに、腕の中にいる子猫だけは助けようと庇うものだから、心底呆れます」

「・・・ごめんなさい」



私はラクロの腕の中で申し訳なさそうに謝る。



「みゃ〜ぉ」



そんな中、腕の中から声が聞こえてきた。
私とラクロはその声がした私の腕の中へと眼を向ける。



「よかったね。私たち、ラクロに助けてもらったよ」



私は子猫の頬を片指軽く撫でながら言うと、子猫は嬉しそうにもう一鳴きした。
私はそれに微笑んで、そのままラクロを見上げる。



「ラクロ」

「何ですか?」

「助けてくれて、ありがとう」



私が満面の笑顔で心からそう言うと、ラクロは少しばかり眼を見開いた。
けれどもその表情はすぐに優しいものに変わって、私を見つめるその瞳はとっても愛しそう。
私はそれが嬉しくなって、ぎゅっとラクロに抱きつくように擦り寄った。



「ラクロ、大好き」



ラクロはそれを聞いて、小さく溜め息を吐いた。
でもそれは苦笑のような溜め息で。



「本当に手間のかかる人ですね、貴方は。帰ったらお仕置きですよ」



そうあっさりと言われたものだから、私は眼を見開いて驚いた。



「ええ!?そんなっ!」

「当たり前でしょう。私をこんなに不安にさせたのですからね、それくらいは当然です」

「でっ、でも、さっき助けてくれるって言ったんだから、お仕置きは免除されるんじゃ・・・」

「助ける事に心配や焦りは必要ありませんでしたから。私を不安にさせた罰は、見返りとはまた別です」



ニヤリと意地悪そうに笑うラクロに、私はただ絶望的な表情を浮かべてその表情を見上げる事しか出来なかった。
ラクロはそんな私を可笑しそうにクスリと小さく笑うと、私を抱きかかえたまま身を翻す。



「さぁ、明日までたっぷりと罰を与えて差し上げましょう」



そう耳元で囁いたラクロは酷く甘くて。
そしてもの凄く素敵な笑顔をしていました。

けれども去り際に、ラクロは小さく囁いてくれて。
私はそれがとっても嬉しくて、これから散々な目に遭う事が判っていても、顔から笑顔が枯れる事はなかった。




























「あなたを、愛していますよ」



2009,6,6