リアルロデ | ナノ



「やあ、ニィナ嬢。こんばんは」



そう言ってにっこりと窓から現れたのは、綺麗な笑みを浮かべた暗殺者だった。





明日の朝までが今夜だってこと、知ってる?








「えー・・・っと。こん、ばんは?」



借宿の自室でもうそろそろ寝ようかと就寝の準備をしていたニィナは、その突然現れた知った暗殺者に驚いて身体を固まらせたまま、疑問符を付けた挨拶を返す。
暗殺者はそれが予測の範疇の返答だったのだろう、楽しそうな笑みを浮かべてニィナに微笑んだ。



「おや、もしかしてもう寝るところだったのかな?」

「えっと、うん、そうなんだけど・・・・・何でここにリュオンが?」



ニィナは困惑気味に表情を顰めながらも、相手がリュオンなので突然現れるのは毎度のことだと思って、少しばかり落ち着いた様子でベッドの端に腰掛けた。
そして問い掛けた後、そう言えば前にもこんなことがあったなと思い、思いついた理由を口にしてみる。



「もしかして、ディセかキースをまた襲いに来たとか?」

「いや、残念ながら今回は違うよ。まあ、それはそれで面白そうなんだけどね」



リュオンは返答を返しながらもディセとキースの二人を思い出したのだろう、楽しげにクスクスと笑った。
しかしニィナはそれが違うと言われ、では何が目的で今日は来たのだろうと頭を悩ませる。



「・・・・?じゃあ、ナオヤ君とかに用かな?」



ディセとキースに用があって来たわけではないのなら、ニィナの頭の中で考えられるリュオンの目的のある人物と言えば、残るは仲がいいのかどうかは定かではないがある意味気が合うであろう人物のナオヤくらいなものだったので、素直に聞いてみる。
しかしリュオンは軽く目を瞑ると首を横に振り、またしてもその質問を否定した。

リュオンはゆっくりとした動作で閉じた眼を開くと、じっとニィナを見つめる。
ニィナはそれでは誰に会いに来たのだろうと首を傾げて見つめ返すと、リュオンは少しばかり苦笑した。



「相変わらず、こういったことには鈍いんだね、ニィナ嬢は」

「・・・?」



何が鈍いのか判らないニィナは、益々首を傾げる。
そんなニィナにリュオンは軽く笑って、窓の前からニィナの元へと近づいて行く。
ニィナは自分に近づいて来るリュオンにもしかしたらまた蘭の香りを嗅がされるのではないかと思い、少しばかり警戒してベッド端から後ずさった。

それを目にしたリュオンはベッドの前で足を止めて、困ったような顔をした。



「今日はパフュームは付けて来てないし使う気もないから、安心して。だからそんなに怯えないで欲しいな」



流石に僕でも傷つくからね、と少し哀しそうな表情をすると、ニィナは少しばかり罪悪感を感じた。



「あ・・・ご、ごめんね。でも何度もあの蘭の香りに酔いそうになったから、警戒しないわけにはいかなくって・・・」

「まあ、それは仕方ないよね。僕の自業自得だし、君は謝らなくていいよ」



申し訳なさそうに謝るニィナに、リュオンは素直な良い子だなと思う。
逆にいい子過ぎて、己への警戒心が薄いのも少しばかり問題があるのではないだろうかと心配になってしまう程だ。
でもそんな彼女だからこそ、リュオンは惹かれて止まない。
ナオヤが彼女を手にして手放したくなる気持ちがよく判った。

彼女はあまりにも純粋で純真だ。
故に汚れた心を持つ存在には眩し過ぎで、そして眩しいが故にそれを手にしたいと惹かれて止まない存在。
真っ白な存在であればある程汚したい衝動に駆られるリュオンには、彼女は魅力的で仕方ないのだ。

そしてそれはまたナオヤも然り。
考えも空気も何もかもが自分と同じなナオヤは明らかにリュオンの同族だった。
そんな彼が彼女として手にし、大切にしている存在のニィナ。
同族であり、また同質でもあろう存在のナオヤが惹かれて愛して止まない存在ならば、またそれ故にリュオンの惹かれる存在も同じであるのも道理である。

そう思うとリュオンは知らず自嘲にも似た笑みを浮かべていた。
しかしリュオンはそれを悟られずに楽しそうな笑みにすぐに変え、ベッドの前に近づいてはそこに膝をつく。

目線の高さが急に己よりも低くなったリュオンに、ニィナはベッドの上で座ったままじっと見つめる。
そんなニィナを見上げて、リュオンはにっこりと微笑んだ。



「今日はね、ニィナ嬢、君に会いに来たんだ」

「え?わた・・・し?」



ニィナは己に用事があって来たのだろうということを想定していなかったのか、驚いた顔をして眼を見開いた。



「そんなに驚くようなことかな?前に来た時はナオヤに止められてしまったが、その時も君に会いに来たことがあっただろう?だから別段驚くような理由でもない筈なんだけど」

「そう言えば、そうだったよね」

「おや、あの時のことを忘れてしまったのかい?」

「そう言うわけじゃないんだけど・・・何て言うのかな、認識の仕方が違っていたって言うのかな?あの時のリュオンは私に会いに来た、って言うよりも、ナオヤ君と会話をしに来た、っていう認識の方が強かったみたい」



ニィナは以前リュオンが自分の部屋に訪れに来たことを思い出しながら苦笑した。

確かに以前リュオンは夜にこっそりと今回と同じように窓から入って来たことがあった。
しかしそれは察しのいいナオヤが登場したので、ニィナはすっかりあの時のリュオンが自分目的に現れたと言うことを忘れていたのだ。
ニィナの中では、あの時のリュオンは自分に会いに来たという事柄として認識されていたのではなく、ナオヤとリュオンの会話イベント的な認識だった。
故に、今回自分に用があって来たと言うのに驚いたのだ。

そんなニィナにリュオンはおやおやと笑ってみせる。



「それは少々哀しいね。確かにナオヤのことは好きだが、態々ナオヤと会話をする為に君の部屋に来るような無粋な男になったつもりはないよ」

「ははは・・・だよね。ごめんね」



ニィナは困ったようにも苦笑いをして、頭を軽く下げた。
リュオンはそれを見て、そっとニィナの頤に片手を添えて顔を上向かせる。



「先ほども言っただろう?君が謝る必要はないと。でも、そうだね。もし詫びる気持ちがあるのなら、僕の我が儘に付合って欲しいのだけれど、駄目だろうか?」



笑みを浮かべて首を傾げて問い掛けるリュオンに、ニィナは半ば呆けたような表情で見つめる。



「我が儘?」

「そう、我が儘」

「それはどんなの?」

「そうだね、今夜は僕に付合って欲しい、というのはどうかな?」



にっこりと微笑まれ、ニィナは暫し考える。

リュオンは先の宣言通りに今夜はパフュームを使わないようだった。
それは現に今頤に触れられている手、つまりその腕の袖元には蘭の香りがしないことが証明だ。
つまり、リュオンが嘘をつくことはないと考える。

ともなれば今回は誰かを暗殺しに来た訳ではないことにもなる。
もしかしたら自分本人が、と言うこともあるが、もしそうであるのなら初めから姿を現すようなことはないだろう。
何せリュオンは暗殺が仕事なのだ。
姿を現したら暗殺でもなんでもなくなってしまう。
それに、もしそれが目的だったとしても、それが本当だったならば当に殺されている。

ならば今回は安全だろうと思い、ニィナはこくりと頷いた。
リュオンはそれを見て心底楽しそうに、そして嬉しそうに笑う。
それを見たニィナはそんなに嬉しいのかなとぼんやりと考えながらも、自分といることを喜んでくれることに嬉しく思い、知らず笑みが零れた。

しかしリュオンはそれにも笑って。



「君は本当に、人を疑うことを知らないんだね」



そう言われ、ニィナは何を言っているのか判らず呆けてしまった。
リュオンはそれを良い事に、ニィナの顎に触れている手とは逆の手をベッドの上へと乗せ、ぐっとニィナに近づく。



「りゅ、リュオン?」



急に近づいたリュオンにやや冷や汗を浮かべて身を引こうとするも、背後は壁で殆ど動けないニィナ。
ぎしり、とベッドの軋む音が聞こえたかと思うと、リュオンは妖艶に微笑んで更に近づいた。



「君は知っているかい?」

「なっ、何を?」



逃げ場を失ったニィナは身動きができない故にリュオンを見つめ、問い掛けるしかない。
体中に、嫌な汗が伝う。

リュオンはそんなニィナを楽しくも愉快そうに見つめると、ベッドのスプリングを更に軋ませてニィナの耳元に近づいた。
そしてリュオンはあの蘭の香りを思い出させるかのような甘い声音で囁く。










「“明日の朝までが今夜だってこと”を───ね」










その意味深な言葉に眼を見開くニィナを視界に入れて、リュオンはそっと、口付けた。















後には言葉を甘い口付けが攫って────















ベッドが悲鳴にも近い音で一つ、

























鳴いた。































【お題元:橙の庭
2009,7,19