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変わって行く。
変わって行く。
君が、変わって行く。

取り残されるのは、多分僕だけ。





変わりゆく君、取り残され行く僕








「あ、クリス!」



名を呼ばれて振り返ってみれば、こちらに小走りでやって来るソエラがいた。
何に対しても一生懸命で、真面目な彼女。
そんな彼女が僕の元に走って来てくれるのが嬉しくて、知らず笑みが零れ出る。



「どうかしたの、ソエラ?」



近寄る彼女にそう問い掛けてやれば、彼女は少し焦った顔をして僕の顔を窺い見る。



「その、次の授業、一緒だよね?」

「うん」

「だから、一緒に教室まで行こう?」



心配性で、少し臆病な彼女。
いつも一緒に行動しているのだから、それくらい心配しなくても全然大丈夫なのに。
それでも自分に自信が持てないと、そして周りに迷惑をかけまいと、彼女は小さなことでも大きな気遣いと心配をしてくれる。

そんな彼女が微笑ましくて。
僕は微笑みを浮かべて頷いた。

すると途端にぱあっと花が咲いたように笑う君。
そんな君の笑顔を僕が咲かせたのだと思うと、もの凄く嬉しくて仕方ない。



「それじゃあ、行こうか」



そう促すと、ソエラは僕の横に並んで一緒に歩み出した。




















かつん、かつん、かつん



廊下の中に足音が響く。
けれども引っ切りなしに僕たち以外の人たちも廊下を歩いては通り過ぎて行くから、その音はさして耳に残らない。
それでも僕はこの午後の暖かな日溜まりに身を寄せながら、僕とソエラの足音が重なり響くその音を聞いていた。





ふと、僕は隣のソエラに視線を向ける。
すると何だかとっても嬉しそうな表情をしていて。

僕は何がそんなに嬉しいのか気になって、少し首を傾げた。



「ソエラ、何だか嬉しそうな顔してるね。何かいいことでもあった?」



そう問い掛ければソエラも僕の顔を見て、瞬間少し気恥ずかしそうに頬を染める。



「あ、あのね、さっきルーウィンに会ったの。それで、この間の魔法薬の授業の話をしたら、褒めてくれたんだ」



だからすっごく嬉しくて。
そう最後は小さく呟いて、頬を真っ赤に染めて俯く君。
そんな君を見ると、胸がぎしりと小さく軋んだ気がした。



「そっか、良かったね!」



僕は極めて明るい顔をする。
心が軋むような息苦しさに気付かない振りをして。
でも勿論、顔に浮かべて喜ぶ表情は本物だ。

だって彼女が喜ぶ姿を見れるのは、やっぱり嬉しいから。
例えその笑顔を引き出したのが僕じゃなくても、出会った時の彼女に比べれば断然ましだ。





ソエラはまた微笑む。
それは本当に嬉しそうに。
そしてソエラはルーウィンとの会話を話し出した。

僕は笑顔で、時に期待するようにその話に返答を返しながら耳にする。
ルーウィン、と彼女が彼の名を呼ぶ度に、僕の心は悲鳴を上げた。

それでも僕は気付かないふり。
彼女には気付かせないように、笑顔を浮かべていつも通りに会話する。
案の定、彼女は僕の心には気付かない。










嗚呼、でも。
でもね、ソエラ。
やっぱり心が痛いんだ。










君がルーウィンの名を呼ぶ度に。
君がルーウィンのことを話す度に。
君が、ルーウィンを思い出す度に。

そして何より、ルーウィンを想って笑う君を見る度に。





僕の心は裂けそうな程の痛みを及ぼす。





君の笑顔が嬉しいと思うのに。
君のはしゃぐ姿が愛しいと思うのに。

それなのに。





君のその笑顔も、高揚感も。
その全てが僕ではない存在がさせているのだと思うと、酷くおぞましくも暗いものが僕の中に広がって行くのを感じる。










嗚呼、何でこんなに醜い感情があるのだろう。





素直に彼女が笑ってくれて嬉しいって。
素直に彼女が幸せになってくれて嬉しいって。





そう、真っ白な心のままで思えたらいいのに。










それでも僕は白いだけの感情ではいられないから。





だから大切な友人なのに。
大好きな人なのに。





それでも僕は、ルーウィンに羨ましいという感情以外のものを向けてしまう。





この感情は、きっと羨望や憧れなんて可愛らしいものなんかじゃない。
これはもっとどす黒い、汚いものだ。
でもそれを言葉にしてしまったら、きっとそれは形を持って全てを壊してしまう気がしたから。





だから僕は、知らない振りをする。










君は笑う。

嬉しそうに、楽しそうに。
そして何よりも、愛しそうに。





君は自分の中で芽生えつつある感情に、気付かないまま。
僕の隠している感情にも気付かないまま。

君は、笑う。










変わって行く。
変わって行く。
君は、変わって行く。





彼に触れて知る度に、君は少しずつ変わって行く。
段々と、一歩一歩と。
進む早さは遅いけど、けれども確実に君は変わって行く。










僕の知らない、君へと。










そんな君を見る度に、僕は一人取り残されて行くんだ。
君と彼が近づく度に、僕だけ一人取り残されて、朽ちて行く。





一人淋しく、一人虚しく。
君に、取り残されて。










嗚呼、苦しい。
嗚呼、痛い。










僕の心は悲鳴を上げる。










どうかそのまま変わらないで、ずっと僕の側にいてと。
僕が君を笑顔にしてあげるから、だからずっと離れないでと。










そう、悲鳴を上げた。





でも僕は、その醜い感情を君に伝えることは出来なくて。
否、君を汚してしまいそうだから、伝えられない。

だから僕はいつも通りにその痛みの悲鳴から顔を背けた。
気付かない振りをして、僕は今日も君に笑いかける。










どうか少しでも君が笑ってくれるように。
出来れば少しでもその笑顔を僕がさせていることを願いながら。





僕は、彼女の隣を歩き続ける。




















かつん、かつん、かつん



廊下に足音が響く。
君の足音とは決して交わらない、その足音が。

静かに、けれども五月蝿く。
周囲の喧騒に掻き消されるまま、耳にも残らない余韻を淋しく残す。










それを僕は遠くで聞きながら、どこかそれは僕のようだと感じた。



2009,4,2