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「あ、錫也」

「ん?どうした、月子?」

「明日ね、部活の皆とご飯食べることになったの。だから明日は私の分のお弁当いらないからね」





離れて行く心








帰りがけの際、月子がさらりと笑ってそう言った。
錫也はそれに固まっていると、月子は寮の前についたからと手を軽く振って身を翻す。

さらりと揺れた綺麗な髪が不意に遠く感じた錫也は、咄嗟にその腕を掴んでいた。



「錫也?」

「あ・・・悪い」



名を呼ばれはっと気付いた錫也は、慌てて月子の腕を放す。
そんな錫也を月子は不思議そうに見つめた。



「どうかしたの?」

「いや・・・明日の昼、部活の奴らと食べるんだろ?」

「うん」

「それじゃあ昼ご飯は食堂で定食か?」

「ううん。明日は皆で外で食べようってことになって。だからパンでも買って食べようかなって思ってる」

「それじゃあ俺が弁当作るよ」

「え?」



思わぬ錫也の提案に、月子は眼を点にする。



「パンじゃ栄養バランス悪いだろ」

「それは・・・・そうだけど。でも、いつものことだよ?」



別に毎日錫也と哉太と羊の三人と一緒に昼食をとっているわけではない。
しかも最近は、部活の皆と食べることの方が多くなっていた。
故にどうして今回こんな提案をしたのかよく判らなかった月子は、不思議そうに首を傾げた。



「判ってる。だからこそ言ってるんだ」

「・・・?」



錫也の言葉が益々判らない月子は、頭の上に只管疑問符を飛ばすしかない。
そんな月子に錫也は少し苦笑しながら、言葉を続けた。



「お前最近ずっと部活の方で昼食とってるだろ?」

「うん」

「そろそろ大会が近いんだから、栄養にも気をつけた方がいい。学食や買い食いなんかは栄養偏るから」

「あ、そっか」

「だから明日部活の連中と昼食とるのはいいから、昼食はパンじゃなくて俺の弁当にしなさい」



念を押すように強く最後を言うと、月子は納得すると同時にくすくすと笑う。



「ふふっ、錫也お母さんみたい」

「お母さん言わない」

「はははっ」

「全く・・・」



錫也は少し疲れたように溜め息を吐く。
月子はそれにまた笑って、背筋をピンと伸ばして面と向かった。



「それじゃあ明日は、お弁当宜しくお願いします」

「ああ」



にっこりと微笑んだ月子を見て、錫也は返事を返す。



「それじゃあ、また明日ね」

「ああ。また・・・明日」



月子は軽く手を振ってから、その場から身を翻して自分の寮へと向かって行く。
錫也はその遠ざかって行く背中を切なそうな瞳で見つめていた。





最近の月子は幼なじみの錫也と哉太、そして羊の三人といるよりも、部活の人たちと一緒に行動を共にすることが多くなった。
それは大会が近いからというのもあるだろうが、それともまた違う影が月子の言葉と態度に出ている気がした。

錫也はそれに胸を痛ませる。
月子の眼は、明らかに恋をしている眼をしていたからだ。

月子を大切に思う持ちは変わらない。
彼女が幸せならそれでいい。

そう思う反面、錫也の心は相反する感情に飲まれていく。
自分の傍から離れて行く淋しさと、その瞳に映る存在が自分ではないことが酷く苦しくて哀しかった。



「いつか・・・・お前は俺から遠ざかって、そしてきっともう、弁当も作らせてもらえなくなるんだろうな」



お母さんでもお父さんでもどんな形に思われていても、ずっと側にいられる存在にはなれない幼なじみ。
それは決して恋人になることもなく、月子の傍を自分以外の誰かが、自分の存在意義を全て奪っていくのだろう。

そう思ったら胸が苦しくなり、錫也は知らず胸元を掴んだ。





錫也が側にいられなくなる日はそう遠くない日にやって来るだろう。
でもそれは、今ではない。
まだ錫也は、月子に必要とされている。

残り僅かな時間だなと自嘲気味に笑いつつ、錫也は身体から力を抜く。
胸元の苦しさは消えないが、最早それは諦めと言う名の感情に塗りつぶされていた。

錫也はもう見えなくなった月子の背中を切ない瞳で見つめる。










「僅かな時間でもいい。だから、お前の心を俺の傍に置いて欲しいと願う。それは・・・・過ぎたる願いかな」










そう錫也は苦笑して、その場から背を向け淋しそうに去って行った。





2010,7,30