「もしかして、眼が見えていないのですか?」
「そんなわけないでしょう。ちゃんと見えてますよ。寧ろお嬢様の眼の方が悪いのでは?」
「誤摩化さないで下さいっ!」
「だから誤摩化していませんって」
「嘘つき。私が今何をしようとしているか見えていないじゃないですか」
「見えてますよ?ワタシをその手に握っているハリセンで叩く気なんですよね?」
「・・・違います。やっぱり、見えていないんですね」
そう悲しそうに呟いたシャロンの声に、しまったと思う。
彼女の行動は大体予測が出来る。
そう思って気配を感じ取ったままに言ったのだが、どうやらそれは外れだったらしい。
「どうして、黙っていたんですか」
「どうしてと言われても、別段言うようなことでもないでしょうに」
「そんなわけないでしょうっ!?」
バカバカバカ、なんでいつも大切なことは言ってくれないんですか。
そう言ってシャロンはワタシの胸元を叩く。
精一杯の力で叩いているはずなのに、その攻撃は全く痛くない。
寧ろそれが無性に愛しく感じて、彼女への感情はここまで大きく育ってしまったのかと苦笑した。
「シャロン」
優しく名を呼べば、彼女はワタシの胸元でぴたりと動きを止める。
しかし顔を上げず、ワタシの胸元に額を寄せたままだ。
そんなシャロンの髪を優しく撫でてやると、軽く身じろぎをしてワタシを見上げた。
「顔を、触ってもいいかい?」
そう問い掛ければ、シャロンは驚いたようでぴたりと動きを止める。
じっと見つめるような視線を感じてワタシは思わず苦笑した。
「もうワタシには君の顔を見ることは出来ない。その表情も視界に入れることはもう無い。だから君の顔に触れて、その表情を見たい」
駄目かい、と少し悲しげに顔を歪めてみれば、ワタシの胸元のシャツをぎゅっと彼女は握りしめた。
そして数拍間を開けたあと、彼女はワタシの手を取って、己の頬へと触れさせた。
「あなたの視界に入れないなんて、そんなの嫌です。だから、私をに触れて、ちゃんと私を見て下さい」
そうしたら、視力を失ったことを赦してあげます。
彼女はそう震える声で言うと、ワタシの頬に口付けた。
ふわり。
彼女の甘い香りが先より強く鼻を霞める。
じわり。
頬に翳した手に伝わる熱が、先ほどよりも熱いことを伝える。
ああ、彼女の顔をこの眼で見ることは叶わないけれど。
ああ、彼女の表情を細かく知ることは出来ないけれど。
嗚呼、彼女の色を、もう見ることは出来ないけれど。
でも、それでも。
彼女の心が、判る。
視力があるときよりもずっと、身近に感じて伝わって来る。
それに悲しさと同時に嬉しさが込み上げて、ワタシは彼女に触れた。
色はもう判らないけれど。
その表情の微妙な変化は判らないけれど。
でも、彼女の心により深く触れられたような気がして、ワタシは少し、微笑んだ。
世界の色を
失った代わりに
私は君を手に
入れたのかも
しれないね
*ブレイクの視力が完全に消えたという捏造話
【お題元:AnneDoll 】
2010,5,16