ヒプノシスマイク | ナノ


※『最良の起こし方』の後のお話



「一二三さん、一二三さん。起きていらっしゃいますか?」



沙良は一二三の部屋の前で問い掛ける。

今日は一二三の連休二日目。
シンジュクNo,1ホストの一二三が三日を超える連休を取れることはあまり無いが、オーナーが売上よりもホストの生活に重きを置いている素晴らしい人なので、今回のランキング一位のご褒美に四連休を貰えていた。
店の看板が四日もお休みと言うのは正直店として大丈夫なのかと心配にはなるが、そこは流石敏腕オーナー。
数年同じようなことを続けているが、全く売上も店の地位も揺らがないのだから凄い。

普段の一二三は仕事の都合上、昼夜逆転生活を送っているが、連休時は起床時間を常人と同じに戻している。
普通の人間ならば先ず難しいことだろうに、それが出来る一二三はとても器用だ。
よって、本日二日目の休日となったので、何時も通り沙良と同じ時間帯に起床してくると思ったのだが、待てど待てども一二三はリビングに顔を出さない。
朝食の準備も終えてしまったのに未だ起きてこない一二三が心配になり、沙良は一二三の部屋を伺っていた。

コンコンと、戸を再びノックする。
しかし扉の向こう側からは声は愚か、物音すら聞こえない。
眠っていても何時もならば目を覚まして何かしら反応を示してくれるのだが、今日はそれが無い。
一二三にしては珍しいことなので、沙良は心配になって戸の取っ手に手を掛けた。



「失礼します」



声を掛けて戸を潜ると、綺麗に整頓された部屋が現れる。
しかし室内はカーテンも閉めきったままで薄暗く、ベッドで静かに眠っている一二三に不安を掻き立てられた。

沙良はベッドに向かって左サイドに近寄ると、一二三の顔を覗き見る。
乱れた髪の間から覗く端正な顔立ちには特に具合が悪そうには見えないが、外見で分かるものでもない。



「一二三さん」



沙良はそっと一二三の身体に布団の上から手を置き、心配そうに声を掛ける。
しかしやはり反応は無く、増々心配になっていく。



「一二三さん、一二三さん」



三度名を呼べば、漸く目を覚ましたのか、一二三が重たそうに目を開いた。



「んー・・・なに・・・?」

「朝ですけど・・・体調悪いんですか?」



低めの掠れた声音に風邪ではないかと心配しつつ、様子を窺う。
各云う一二三は暫くじっと沙良を見つめ返すと、右手をゆっくりと持ち上げては沙良の頬に触れる。
柔らかく美しい長髪が手の甲を流れる感触を感じながら、そのまま首裏まで手を伸ばして、布団越しに胸元に触れている沙良の手を空いている左手で握れば、突如その両方を自身の方へと引き寄せた。



「きゃっ!」



沙良は驚きに目を見開き、そのまま一二三の身体へと倒れ込む。
相手は違うが、つい最近も同じようなことがあったと沙良が既視感を覚えていれば、一二三は自身の上に乗っている沙良の細い腰を左腕で確りと抱きしめる。



「びっくりした?」



そう何処かいたずらっ子の様な言い草でにかりと笑う一二三に、沙良は豆鉄砲を食らったような顔をした。

室内は薄暗いが、一二三の顔色は悪くないように見える。
寧ろ良い方で、子供のような無邪気さがそこには覗いていた。
これはからかわれただけなのだと気付き、沙良は呆れたように怒る。



「もう、心配したんですよ!」



体調に何かあったのかと心配しました、と困ったように睨む沙良に、一二三は嬉しそうに笑う。



「心配させたのはごめん。けど、沙良に起こしてもらいたかったんだよな」



そう言って首裏から頭部を掴んでいた手を開放して、自身の上へと流れ落ちる綺麗な髪を優しく梳く。
さらりと流れる髪を見つめるその眼差しには何処か物寂しさが見て取れて、沙良は少しばかり困惑した。



「・・・もしかして、寂しかったんですか?」



普段から突拍子もない事を仕出かす一二三だが、意図せずは有れど、意図的に誰かを心配にさせるようなことはしない男だ。
そんな一二三が意図的に沙良に心配を掛けた。
それは寂しかったり心細かったりして、心が迷子になっている時に時折見せる行動だった。

一二三が何に対して寂しくなったのかは分からないが、切なそうに沙良を見つめる瞳には、揺れるような脆さが見える。
それを何とかしてあげたくて、沙良は髪を梳く一二三の右手を優しく包み込むように手に取り、自身の頬へと引き寄せた。



「一二三さんは一人ではありませんよ。私が居ます。独歩さんも居ます。だから寂しくなんてないんですよ」



そう微笑んで告げれば、一二三はほっとしたような、けれどもやはり少しばかり寂しそうな眼差しで笑った。
どうしたら一二三が寂しく思わなくなるのだろうか。
長い付き合いであっても、沙良には未だ一二三の核心が分からない。
困ったように見つめ返していれば、一二三も困ったように笑った。



「ごめん。別にそんな顔をさせたかったわけじゃないんだ」



だから笑って、と告げる一二三に、沙良は頷く。
一二三の本来の望みは分からないが、今はそれを望むのだというのならば、応えてあげたいと思った。

沙良は大切な幼馴染への想いを乗せて、微笑みを浮かべる。



「おはようございます、一二三さん」



良い一日にしましょうね、と告げれば、一二三は嬉しそうに笑ったのだった。























「なぁ沙良」
「なんですか?」
「独歩にした起こし方、オレっちにもしてくんね?」
「独歩さんにもした起こし方って・・・囁くやつですか?」
「そう、それ!」
「いいですけど・・・目が冴えた状態でしても意味があるのでしょうか?」
「まあまあ、細かいことはいいから!な?な?オレっちにもやって!!」
「そこまで仰るなら・・・」

「───私を騙すだなんて、酷いお人ですね。お仕置き・・・されたいんですか?」

「・・・・・。」
「・・・一二三さん?やはり変だったでしょうか?」
「い、いやぁ〜ぜんっっぜん!?寧ろ破壊力ありすぎててビックリ!みたいな!?」

(これは独歩が拒否った気持ちも分かるな・・・)










*おまけ*

「独歩おは〜」
「おはよう」

洗面所で眠気眼で歯を磨いている独歩に挨拶すれば、一二三も独歩と同じように歯磨きをしようと準備をする。
片手に歯ブラシを手にし、もう片手で歯磨き粉をチューブから絞り出す様を見つめながら、一二三は何ともなしに口を開いた。

「今朝オレっちも沙良に囁き目覚まししてもらったんだけど、あれ破壊力ありすぎだったわ〜。お前がトイレに駆け込む気持ち分かっちった」
「ブフォっ!?」

突如投下された爆弾発言に独歩は盛大に吹出せば、驚いた表情で一二三を振り返る。
何事も無かったかのように平然とした顔で鏡を見つめて歯を磨く一二三に、独歩は眠気など完全に吹き飛んで、口周りが汚れていることも気にせず、赤いのか青いのか分からない顔色で、必死に何があったのかと問い詰めるのだった。

そんな二人の遣り取りを廊下から見つめて、沙良は嬉しそうに微笑む。

「お二人とも、今日も仲がいいですね」

良い一日になりそうです、と幸せそうに内心で呟いて、リビングへと消えて行った。


2019,3,12


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