ヒプノシスマイク | ナノ



「独歩さん、起きてください」

「・・・・・」

「独歩さん、朝ですよ」

「・・・・・」

「朝食、食べれなくなってしまいますよ」

「・・・・・」

「会社、遅刻してしまいますよ」

「・・・・・」

「もう・・・仕方ないですね。布団、剥がしちゃいますよ」



そう言って沙良は、自室のベッドに眠ったままでいる独歩の掛布団を上半身だけ軽く剥がす。
すると独歩は身じろいで、薄っすらと瞼を開いた。



「ん〜・・・・寒い」

「朝ですからね。暖かいお味噌汁でも飲まれたら、すぐに暖かくなると思いますよ」



ですから起きてくださいね、と沙良が続ければ、独歩は何処か虚ろな目で沙良をじっと見つめる。



「独歩さん?」



まだ脳が起きていないのか、ぼんやりとしている独歩を覗き込めば、独歩が腕を伸ばしてくる。
身体を引き上げて欲しいのだろうかとその手を取ると、突如腕を引っ張られた。



「きゃっ!」



沙良は想定外の現象に驚きの声を上げつつ、勢いのまま独歩の上に倒れ込む。
慌てて体勢を整えようと、独歩の両脇に両腕を突っぱねるように手を付けば、そのまま身体を抱きしめられた。



「あ、あの、独歩さん!?」



沙良は目を白黒させるも、独歩は気にした素振りもなく、そのまま身体を抱きしめたまま、ごろりと横になる。
二人してベッドに寝っ転がれば、沙良の身体は独歩の胸元に包み込まれるようにすっぽりと収まった。

ぎゅっと、その細い腰と背に回した腕に、力を込める。
近づいた身体に体温がじんわりと服越しにでも伝わり、独歩はふにゃりと嬉しそうに笑った。



「ふふっ・・・暖かい」



そう呟きながら、抱き枕の要領で足まで絡められ、沙良は最早逃げることが出来ない。
困ったように見上げると、幸せそうに笑う独歩がいた。

目元には相変わらず隈が色濃く浮かんでいるが、寝ぐせがぴょんと跳ねたまま、襟元を寛げたパジャマを纏い、微笑むその様はまるで幼子のようで、つい可愛いと思ってしまう。
このまま寝かせてあげたい。
沙良はそんな衝動に駆られながらも、しかしそれが独歩のためにならないことが分かっているので、このままではいけないと己を叱咤する。



「独歩さん、朝ですよ。いい加減起きましょう?」



そう言って片腕を上げて独歩の頬を優しく撫でる。
そうすれば独歩は目を閉じて、猫のように頬をすり寄せた。
髭を剃っていないためか、若干ざらつく感触に擽ったく思う。

そろそろ起きてくれるだろうかと見上げていれば、突如腰元に力が入り、身体を引き上げられた。
驚きに目を見開けば、先程とは逆で、独歩が沙良の胸元付近に顔が近づく位置に居る。



「・・・独歩さん、寝ぼけていらっしゃいますか?」



沙良は困惑したように独歩を見下ろす。

普段から独歩は確かに寝起きが悪い。
しかしごねたりはするものの、この様な行動を取ることはない。
となれば、最早寝ぼけているとしか考えられなかった。

あまり怒るように強制的に起こすのは得意ではないので、沙良はどうしたものかと思案していると、再びぎゅっと身体を抱きしめられる。
そのまま胸元に顔を寄せれば、くぐもった声で「幸せ」と呟いたのが聞こえた。



「もう、独歩さんったら・・・」



そんなことを言われたら、増々強制的に起こすことなど出来ないではないか。
そう沙良は困ったように笑えば、ふと以前一二三に教えてもらったことを思い出した。

それは以前寝起きの悪い独歩をどうしたら起こせるかと一二三と議論した時に、沙良ならこうすれば絶対に起こせると思うと、一二三が出した案だった。
しかしそんなに効果があるものとは思えず、今の今まで使ったことは無い。
とは言え、特別強く叱るわけでもないこの方法ならば、今の沙良の心情的にも有り難い気がした。



「確か、色っぽく・・・でしたよね?」



色っぽいと言うものが今ひとつ沙良には分かりかねているが、試してみる価値はあるかもしれない。
空いている両腕で独歩の頭を抱え込む様に抱きしめ、自身の頭をそっと浮かせると、出来るだけ独歩の耳元に顔を寄せる。



「悪い人ですね・・・お仕置き、して欲しいんですか?」



そう精一杯甘い声を出し囁やけば、独歩は物凄い勢いで沙良の腕から抜け出し、その場から起き上がった。



「な、な、ななな・・・!!」



耳まで顔を真赤にしながら片耳を抑えて狼狽える独歩に、沙良は驚く。
まさかこんなにも効果があるとは思わず、あっけにとられてしまった。
もしかして独歩は耳が弱かったのだろうかと思いながら、沙良はゆっくりと身体を起こす。



「目、覚めましたか?」



軽く小首を傾げて問いかければ、独歩は必死に何度も頷いて肯定した。
この反応からすれば、どうやら脳は完全に覚醒したらしい。
やっと起きてくれた独歩に沙良は安堵しつつ、そう言えばまだ挨拶をしていなかったと思い出す。



「おはようございます、独歩さん」



そう独歩を見つめて沙良が微笑めば、何故か独歩が息を呑んだ音が聞こえた。























「一二三さん、以前仰った起こし方、効果ありましたよ」
「え?なんの起こし方?」
「耳元で囁く起こし方です」
「あれ試したの!?」
「はい、効果覿面でした!これからはこれで起こしましょうか?」
「いやマジで止めて頼むから。」

(トイレに駆け込むハメになるから勘弁してくれ)


2019,3,12