デュラララ | ナノ


蒼い、空。
雲ひとつ無い空は、どこまでも伸びていて果てが無いように見える。
それはどんなに腕を伸ばしても、決して届かないのだと言われているようだ。

ぐっと、両腕を伸ばす。
蒼に、手を翳す。

でもそれは届くことはない。
まるで淵の底に手を伸ばしているようだと思った。
水底の見えない、不安が渦巻く淵の底のようだと。

そう思って、私は笑った。
空を見上げているのに淵の底に手を伸ばしているだなんて、と。
相対する場所に伸ばしている矛盾の錯覚に、変なのと笑った。



「なに、さっきから床に寝っころがって空に腕なんか伸ばしてるんだ?」



突如、淵のような蒼が金色に遮られた。
太陽の光も負けるくらい綺麗な金色が私を見下ろしている。



「・・・静雄さん」



私は学校の屋上の床に寝そべったまま、真逆に映る静雄さんの不思議そうな表情を見て微笑んだ。



「空が、まるで淵のようだなぁ、と思っていたんです」

「何だそりゃ」



静雄さんは益々不思議そうな顔をして、軽く前屈みになったまま首を傾げた。
その際に、さらりと金色の髪が揺らぐ。
それが陽光に反射してきらりと光って綺麗だなぁと思った。



「始めは真っ青な空を眺めていて手が届かないかな、と思って伸ばしてみたんです。でも、空があんまりにも真っ青で、どこまでも果ての無いくらい青々としていたから。まるで底の見えない淵のようだなぁ、と」

「・・・・お前の言いたいことは判ったが、その発想が判んねぇ。そういう時って普通海とかを思い浮かべるもんじゃないのか?」

「そう、なのでしょうか?よく、判りません」



そう言うと、静雄さんは小さく溜め息をついて空を見上げた。
途端、私の視界に蒼が戻る。
同時に、静雄さんの顔で遮られていた陽光に再び照らされて、その眩しさに目を細めた。

目を細めたまま、私は空から静雄さんに視線を移す。
そこには制服を着崩した静雄さんが上向いている姿が目に入った。
真下から見ていても、その長身の背筋はまっすぐなんだなぁとなんだか感慨に耽っていると、静雄さんが再び私に視線を戻す。
それに目がばちっと合うと、見ていたことを知られて妙に気恥ずかしくなってしまった。



「俺には何度見ても空は淵には見えなかったぞ」

「そうですか」



ちょっと残念です、と呟くと、静雄さんは悪いなと軽く肩を竦めてみせた。



「なぁ、お前空にずっと腕を伸ばしてるけど、疲れないのか?」



私は静雄さんのその言葉に目を数回瞬かせると、そういえば、と未だ空に翳したままの自分の手を見つめた。



「特には。今静雄さんに言われるまで、自分が未だに腕を上げていたことすら忘れていたくらいですから」

「何だそれ」



そう呟いた静雄さんは、可笑しそうに私を見下ろして笑っている。
でも本当に忘れていたのだから仕方ない。
私はちょっとむっとして静雄さんを見上げる。



「きっと淵に手を伸ばしている気分だったからですよ。地面に向かって腕を垂らしている感覚だから、忘れていたんです」

「でも淵に手を伸ばしている感覚だったら、淵に落ちないよう前屈みになって見下ろす形になるはずだから、余計意識しなきゃならないような気がするが」

「・・・・・意地悪です」



むーと眉を顰めて見上げると、静雄さんはくくっと喉元でおかしそうに笑った。
もう、と軽く頬を膨らませてみせると、静雄さんは悪い悪いと軽い調子で謝って、未だ伸ばしたままの私の手に手を重ねてきた。

私はそれに目を点にすると、静雄さんはにっと笑う。



「これで空の果てと水底に手が届いただろ?」



そう言われ、はてそれはどういう意味だろうかと私は首を傾げた。

私とは違って少し堅い感触の、逞しく男らしい手。
街灯や自販機を平然と持ち上げ、人を宙に飛ばすことの出来るほどの丈夫な手。
その手は私の手なんかよりも何倍も大きい。
そんな大きな大きな静雄さんの手が、私の小さな手を包み込む。

優しく、壊さないように、そっと。
でも、離さないと言うように、確りと。
私の手を、ぎゅっと握りしめた。



「空と淵に伸ばした手は、空(くう)を掴まず地を得たわけだ」



だから今、握り返せるだろ。
そう静雄さんは言って見下ろす。

私はそれをただじっと見返していると、その視線に堪え兼ねたのか、静雄さんはさっと視線を反らす。
その頬はほんのり朱色に染まっていて、照れているのだと判った。



「あー・・・・その、今のは気にすんな」



そう静雄さんは言うと握りしめてくれた手を離そうとする。
それに私は慌てて離れようとする手を掴んだ。

びくり、掴んだ手を通して静雄さんの身体が跳ねたのが伝わった。
顔を見ると案の定、驚いた表情を浮かべている。

私はそれに微笑みを浮かべると、その大きな手を握りしめる。
先ほど静雄さんがしてくれたように、確りと。
その手を離さないと言うように。



「果てを、底を、捕まえました。・・・いえ、きっと私は、光を、水を、掴んだのかもしれませんね」



そう言って笑えば、静雄さんはかっと頬を赤く染める。
陰になっていても判るのだから、相当真っ赤に違いない。
そんな静雄さんが可愛くて、私はくすくすと笑った。



「・・・笑うな馬鹿」



顔を真っ赤にしたままむっと眉根を寄せた静雄さんは、私が握りしめた手を握り返しながら、両の手を地に縫い付ける。
顔の真横に両手を押さえ込まれて、私は身動きが取れなくなってしまった。

私の頭上で膝を着いた静雄さんが私を見下ろしている。
真逆に綺麗な顔が映り込んで、なんだか非常に恥ずかしい。
そしてもしかして今ってちょっとマズい状況なのかもしれないな、なんて身の危険も同時に感じたりなんかもして。










「静雄、さん・・・・」

「・・・黙ってろ」










そう優しくも少し悪戯っぽく囁くと、静雄さんは私の唇を同じそれで塞いだのだった。


















あなたは届かない存在に
届かせてくれる最愛の人


2010,3,30


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