デュラララ | ナノ



「沙良、愛してるよ。愛してるんだ」



毎日毎日飽きもせず、目の前の男はそう囁く。
私はそんな陳腐な言葉などいらないから、愛しているなら早く私を解放してくれと頼む。
けれども男は笑顔で首を横に振るだけ。



「それは出来ない。だって君をここから出したら、浮気しちゃうだろ?そんなの俺は堪えられない。思わず君を殺してしまうかもしれない。そんなの俺は嫌だし、当然君も嫌だろ?」



男は微笑みながら私の頬を愛しそうに指先で綴る。
その容貌は美しいことこの上ないのに、その瞳に映し出される愛情はどこまでも醜く歪んでいる。

私はそれを冷めた目で見つめながら、ひとつ溜め息を吐いて頷いた。

私は殺されたくはない。
まだ死にたくはない。
例え今この目の前の狂った愛情を私に注いでくれる男に監禁され、鎖で自由を奪われていたって、私はまだこの世に未練がある。
絶対に失いたくないものがある。
そして再び出会って、安心させたい人がいる。

私はここにいるよって。
私はずっと傍にいるよって。
もう絶対に離れたりしないからって。

そう伝えて、愛を交わしたい人が、いる。



「・・・俺以外の奴のことを考えてるの?」



少しばかり不快の色を見せた声音に、私は我に帰る。
目の前の男は冷めた眼差しでじっと私を見下ろしていた。



「また、シズちゃんか」



今度は怒気を交えた声音で、視線で。
そこには嫉妬と憎悪が潜んでいた。



「許せない。君は俺のものなのに、まだシズちゃんなんかに囚われているなんて。そんなの、許せない」



そう男が呟けば、私の頬を綴っていた指で今度は乱暴に頤を掴み上げ、無理矢理口付けさせられる。
深く嫌らしく汚らわしく口内を舌が這い回るそれに、私は吐き気を覚えた。

何度されても気色が悪い。
幾度されても気持ちが悪い。
慣れることのないそれに生理的な吐息を吐き出せば、目の前の男は少しばかり満足そうに笑った。



「俺だけを考えて、俺だけを想って、俺だけを感じて?そしてその瞳に俺だけを映して、俺だけにとびっきりの愛を囁いて」



そう甘く耳元で囁くと、男は私の首筋に舌を這わした。

ぞわり、気色の悪い感覚が背筋を這う。
愛しい人にされたなら、この感触はさぞ甘美なものだったろうに。
そんなことをぼんやり思いながら、私は冷めた眼差しで胸元に埋まっている黒髪を見つめた。



「ねぇ」



ひとつ声を掛ければ、男は顔を上げる。
その表情はとても嬉しそうで、愛おしそうで。



「あんたは私に愛を囁いて欲しいの?」



問えば男は指先で私の唇を軽くなぞった。



「ああ、囁いて欲しい。俺を愛してるって。俺だけを愛してるって。俺だけを想って、俺だけがいればいいって。そう、囁いて欲しい」



じっと、私を見つめる瞳。
そこには私が映っていて、どこまでも歪んで見える。

私はまたそれに吐き気を覚えながら、じっと静かに見つめ返した。



「そう。なら愛を囁いてあげてもいいわ」



その一言に、男は目を輝かせた。
どこまでも純粋で、どこまでも堕落した瞳で。
期待の色を見せた瞳で、じっと。
嬉しそうに微笑んで。



「代わりに、あんたは死んでよ」



そう呟けば、男は大きく目を見開くと、寂しそうな顔をした。

嗚呼、この表情、吐き気がする。
無駄に私の心を揺るがすから、お願いだから止めて欲しい。

そんな心情を私はおくびにも出さないけれど、しかし内心毒づいた。



「・・・それは、出来ないな。だってそうしたら、君は俺のものじゃなくなっちゃうからね」



男はじっと私を見つめたまま、唇をなぞっていた手で私の髪の一房を掴んだと思えば、それに恭しく口付けた。
その瞳には、哀愁と羨望と嫉妬と憎悪と、どこまでも純粋な愛情が揺らめいていた。

男は私の髪から手を離すと、また己の唇を私のそれに口付ける。
目は閉じず、じっと私を見つめたままで。

その瞳には、どこまでも狂気が孕んでいた。



「痛っ・・・!!」



男は顔を慌てて離す。
一瞬だけ私との間に銀の糸が伸びたが、それは直ぐ様裁ち切られた。



「っ・・・・噛むなんて、酷いじゃないか」



男は唇から流れ出る血を手の甲で軽く拭いながら、私を見下ろす。
その綺麗な造形をした顔は少し困ったような表情をしていて、私は少しだけ気分が良くなった。
吐き気は少し、収まったようだ。



「全く・・・・威勢が良過ぎるのも、考えようだな」



男はそう呟けば、不敵な笑みを浮かべて私の肢体に指を這わせた。
それに私は息を呑むと、男は益々笑みを深める。

嗚呼、心底楽しいよ。

そう目で訴えるかのように。
じっと私を見つめたまま、まるで蛇が肌を這うように、ねっとりとした動作で手を這わした。





ぞわり、ぞわり。

最早背筋を這うどころではないその感覚に、私は気が乱れて行く。
精神が揺さぶられ、思考が麻痺し始める。

ああ、また。
またあの時間が来てしまうのか。

ぼんやりとし始めた頭で、どこか遠くでそう思った。










「沙良、俺を見て。俺を、愛して」










どこまでも貪欲に私からの愛を求めるこの目の前の男は、どこまでも滑稽で、哀れで。
そして心の奥底で、愛しいと───思った。




















でないと私が私でなくなってしまうわ


2010,4,23