デュラララ | ナノ



壊れる崩れる崩壊する。
がらがらと大きな音を発てて、自分が崩壊して行く。

それはまるで、終焉を見ているかのようだった。





崩壊を止める手段はこれしかなかったのです








俺は人間が好きだ。
人と言う存在を愛している。
それは全て平等で、どこまでも同一の愛情を注ぐ対象だ。
決して例外は有り得ない。
個人として、唯一として、たった一人として愛することなんて有り得ない。

そうずっと俺は思っていた。
そう、思っていたのだ。
しかし今、俺の愛情は崩壊を迎えようとしていた。





それは目の前であどけなく微笑んでいる、たった一人の少女のせいで。





彼女が現れたとき、面白い存在だと興味を惹いた。
それは今までの人間たちとそうは変わらない、同一の興味だ。
決してこれと言った強い興味があったわけでもないし、一際強い好奇心があったわけでもない。
本当に彼女に向けていたその興味は、単純に面白そうだと思ったその一瞬だけの興味だったのだ。

そして俺は、彼女に近づいた。

接していくと、彼女は思った以上に興味深く、面白い存在だった。
毎回彼女の行動、言動には意表を付かれ、しかしどこか普遍的な部分も持ち合わせている。
普遍的でありながら異常で、そして異常でありながらどこまでも普遍的な少女だった。

それは俺にとって、期待以上に面白い存在だった。
いや、期待の度を越え過ぎた存在だったのだ。





それが、俺にとっての誤算だった。





気がつけば俺が彼女の虜になっていた。
普段なら逆だ。
俺に籠絡される連中は多々いて、その証明とばかりに俺を信仰するが如く従順な少女たちや、気まぐれに興味を起こした女に後腐れのない関係を築いたりもする。
それは全て俺がそう仕向け、計画の上で行って来た事柄だ。

しかし今回はその逆だった。
彼女の存在に、日々俺の思考は支配される。

愛らしい彼女のことをもっと知りたい。
凛々しい彼女の姿をもっと見てみたい。
弱々しくて今にも崩れそうな彼女を抱きしめてみたい。
泣き出した彼女の涙を拭ってあげたい。
気丈な彼女を泣かせてみたい。
勇ましい彼女を壊してみたい。

日々彼女への欲求が俺の心を支配する。





自分がどこまでも己の欲望に忠実な存在であることは理解している。
それ故に今までの自分があるのだから、間違いはない。
しかしこの欲求ばかりは受け入れるには些か難しい問題だった。

何故なら、彼女のことだけしか考えられなくなってしまったからだ。





彼女を知れば知るだけ彼女のことが判らなくなる。
もっと知りたい。
もっと彼女を理解したい。
そしてもっと彼女に接して、触れて、感じて。
彼女の全てが欲しい。

その欲求は日に日に強くなるばかり。
気がつけば彼女のことばかり考え、物思いと嫉妬に耽る日々。
仕事にも碌に集中出来ないし、身も入らない。
それは俺の日常を脅かす。





俺はもっと沢山の人間と関わって、人間と言う存在を知りたいとそう貪欲に求めていたはずだ。
それなのに、いつの間にか俺は一人の人間だけに執着を見せ、それだけを求めている。
それは今までの俺を崩壊に導くには十分すぎて、俺は彼女を酷く愛おしいと思いながらも、酷く恐怖するようになっていた。





そう、いつしか彼女は最も愛する存在でありながら、最も畏怖すべき存在へと化していたのだ。





それは俺にとっては正しく脅威だ。
恐ろしい存在だ。
池袋最強の喧嘩人形なんて目じゃない。
それはただ制御が利かない得体の知れない恐怖があるだけで、俺の精神的崩壊には何ら関与しない。





だが彼女は違う。
彼女だけは、違う。

何故なら彼女は、俺を崩壊させる唯一の存在なのだから。





駄目だ、駄目だ。
このままでは俺は彼女だけに囚われた存在になってしまう。
俺は全ての人間を愛する存在なのに、それを越え、最早人間と言う対象への愛情すら抱けなくなってしまう。
それは最早俺ではない。

俺の信念はその時その時で移ろう。
常に変化し続け、根元が無い。
それが俺だということを理解しているし、俺のことを少なからずそう捕らえて理解している存在もいる。
だからそれは紛れもない事実だ。

だがそんな俺が今、今まで唯一貪欲に求め続けていたものを、全て放棄しようとしている。

そんなの、どうかしている。
俺らしくない。
何を持って自分らしいと言うのかは正直よく判らないが、それでも俺らしくないことだけは判る。
それは即ち、自分が崩壊しつつあることを証明しているのだ。






























彼女は笑う。
俺の前で、優しく。

穢れを知らなさそうな表情で。
けれどもどこまでも薄汚いものを持っている表情で。
善と悪、光と闇を同時に持ったような、それでもどこまでも美しく愛嬌のある笑顔で。

俺に、微笑みを。





ああ、駄目だ。
駄目だ駄目だ駄目だ。
駄目、だ。

壊れる崩れる崩壊する。
がらがらと大きな音を発てて、自分が崩壊して行く。
このままでは俺の全てが壊れてしまう。

そんなのは、駄目だ。





「・・・臨也、さん・・・?」





彼女の笑みが崩れる。
驚きに目を見開くその瞳に、俺の姿が映し出される。

その瞳に映った俺は、酷く脆い自分だった。
崩壊を迎えそうな、醜い自分だった。

嗚呼、やはり───。






























彼女は後ずさる。
一歩、一歩、俺の元から。
ざりざりと、その足を引きずるようにして。

しかしそれは背後の白い壁に隔たれた。

俺は近づく。
彼女の元へ。
確りと足を地に着けて、一歩一歩、着実に。

そして逃げ場の失った彼女の前へと立ち塞がり、彼女の瞳に更に歪んだ俺を映させた。
手元に銀色の恐怖を纏った弱々しい俺が、静かに見返していた。










「沙良、ごめんね」










そう呟くと、彼女は悲しそうな顔をして。
どこまでも優しく微笑んで。
そして嘲るように、嗤って。

───俺のそれを、受け入れた。





























2010,4,23