Missing | ナノ


「はい、魔王様」

「・・・何だ、これは?」

「何だって・・・見た通り私の手作りチョコレートだよ!」





それは甘ったるい、








「・・・何故、俺に渡す?」



突然手作りチョコレートを差し出した綾子に、空目は怪訝そうに眉根を寄せた。

それもその筈。
部室の椅子にいつも通り腰を掛けて読書に勤しんでいた空目に、突如盛大にドアが開け放たれたと思えば綾子が現れ、そのまま彼女が突き進んで来たかと思えばチョコレートを差し出して来たのだから。
前触れも何もあったものではない。
だから空目の隣の席に大人しく控えていたあやめもそれに驚き、目を見開く。



「作ったから、味見をして欲しいの!」



問い掛ければ嬉々とした表情でこう返され、空目は無表情に綾子を見る。



「・・・近藤にでもあげろ」

「それは駄目!武巳クンにあげる為に作ったんだもん、試食なんてしてもらったら意味ないよ」



それなら俺はいいのか、と内心綾子を見て思うが、空目はそれを口にする代わりに逃げる為の口実を口にする。



「なら村上や木戸野がいるだろう」

「そうなんだけど・・・・・それが二人とも全然見つからなくて。亜紀ちゃんには携帯で連絡してみたんだけど、電源切っているみたいで通じないんだよね。村上君は携帯持ってないし」



だから魔王様のところに来たの、と綾子は言う。
空目はそれに僅かばかりだが頭痛を覚えた。

多分俊也と亜紀は逃げたのであろう。
どういう経緯だかは判らないが、今の綾子に出会えば己に危機が生じると察知したに違いない。
よってそれに気付かずいつも通り部室にいた空目に被害が被った訳である。

空目は内心溜め息を吐いた。
次いで目の前に差し出されたものに視線を向ける。
綾子の手には小さな箱に入った丸いものがいくつか入っていた。
見た限りだと多分、トリュフであると思われる。
丸い幾つかの物体に、茶色いココアパウダーがかけられていた。



「・・・・・」



空目は暫くそれを見つめる。
そして漸くそれを食べる気になったのか、その丸いチョコレートを指先で一つ摘まみ上げた。



「・・・あやめ、」

「はぃんむっ」



はい、とあやめは答えようと空目に振り向き様に口を開いたが、しかしその最中に何かを口に押し付けられ、あやめはそれを口の中に放り込まれる。



「あー、あやめちゃんに食べさせるなんて狡い!」



私が食べさせてあげたかったのに〜、と空目を見て拗ねる綾子。
それでも何処か顔はにやけ顔だった。
そんな綾子に空目は構わず、あやめに淡々と問い掛ける。



「どうだ、美味いか?」



そう問い掛けたがあやめからの反応はなかった。
いや、反応がない訳ではない。
ただそれは問い掛ける前から答えが出ていただけだったのだから。

問い掛けたあやめは答えることもせずにただそこに立ち尽くしていた。
先ほどチョコレートを放り込まれた愛らしい小さな口は堅く閉ざされ、口を引き結んでいる。
そして目には涙を目尻いっぱいに浮かべ、辛そうに眉を寄せていた。
スカートの前にある両の手は強く握られ、身体は僅かに震えている。

答えこそ返って来なかったが、あやめのその反応だけで空目には十分その味がどんなものなのかが判った。
味の種類は如何なものかまでは判りはしないものの、あやめのその反応から導き出せる答えはただ一つ。

不味い。

ただこれ一つだけである。
しかもあまりの不味さに飲み込むことすらも出来ない程に、不味い。



「・・・・・」



苦しそうにするあやめを見つめ、空目は眉根を寄せた。

高々チョコレートである。
元の固形チョコレートは確かに強烈に甘い味だが、かと言ってその味は決して不味いということは無い。
甘いものが苦手な者にはきついかもしれないが、チョコレート自体の味は美味しい筈なのだ。

だがしかし、今あやめが口にしたチョコレートはどう考えても不味いようだ。
元から美味しい筈のチョコレートが食べた者を不味いと言わす。
それは驚異的であり、同時にどうやったらそんなに不味いものを作ることが出来るのかと、空目は思う。

そこまで来るとどんな味なのか気になる訳で。
だから空目はあやめの顎に手を当てて、そのまま上を向かせて。



「・・・!?」



あやめに、口付けたのだった。
そのまま空目はあやめの口内に舌を這わし、その中にある溶けかけたチョコレートを味わう。



「ん、・・・・・っはっ・・・・・・ふっ・・・・・」



頬を染めてなすがままにされるあやめ。
その抵抗も出来ないため、あやめは空目の胸元の衣服をぎゅっと掴む。



「んっ・・・・・はぁ・・・・」



あやめの足が立たなくなって、空目が代わりにそれを支えると同時にその唇が離れた。
そして開口一番に。



「不味い」



と、そう述べたのだった。
空目はそのまま呆然と立ちすくむ綾子へと顔を向ける。



「日下部」

「は、はいぃい!!」



何か見てはいけないものを見てしまった気がした綾子は名を呼ばれてびしりと背筋を正した。
全身からは冷や汗がだらだらと出て、空目の言葉をまるで死刑宣告を告げられるかの様に待つ。



「お前、チョコレートに何を入れた?」

「ええっと、確か砂糖と蜂蜜とメイプルシロップと、その他甘いもの色々・・・・・かな?」



色々とは何だ、色々とは。
そこが非常に気になりつつも、空目は敢えて問い掛けないことにする。
何せ初めに出て来たのが砂糖と蜂蜜、メイプルシロップと来ているのだ、ろくなものを入れている訳が無い。
いやそもそも、今言った材料は確実にチョコレートに入れる代物ではない。
そうなれば逆に聞かない方が幸せと言うもの。
知らないことが救いになることもある。

空目は無理矢理にでもそう納得する。



「・・・何故そんなものを入れた?」

「だって普通のチョコレートじゃ面白くないじゃない?だからうんと甘いチョコレートを作ってみようかなって思って!」



先の緊張の面持ちとは一転、満面の笑みを浮かべて答える綾子に、空目は頭が痛くなる思いで溜め息を吐いた。



「チョコレートとは美味さを追求するものであって、面白味を追求するものではなかった筈だが」

「う゛、・・・確かにそうだけど・・・」



もっともなことを言われ、綾子は反論の余地もない。
そんな綾子に空目は呆れ返る。



「兎も角、これは不味い」

「え・・・・・不味い?」

「ああ」



壊滅的に、と心の中で言葉を添えて。



「あまりの不味さにあやめはこんな状態だ」



そう言って見やったあやめは空目の腕の中で軽く息を荒上げながらも硬直状態だった。
あやめちゃんの今の状態の原因は魔王様のような気がするのだけれど、とは敢えて口に出さず、綾子はあやめを見て苦笑する。



「むー・・・・・でもそんなに不味いのかな?」



そう納得いかないように不思議そうに述べる綾子を見て、空目は眉根を寄せた。



「まさかとは思うが、お前、自分で味見をしていないのか?」

「うん」



内心恐る恐る問い掛けたその問いに、綾子はあっけらかんとそれ当然とばかりに返し、空目は本当に頭を抱えたくなった。



「味見もせずに、他人に毒味をさせるな」

「毒味って・・・・・そこまで言わなくても!」



酷い、と綾子は訴えるが、こんなものを食べさせる綾子の方が酷い。
責める権利はあれど責められる権利は無かった。



「なら自分で食べてみろ。それで俺の言うことが判る」



そう言われ綾子は不服をぶつぶつと言いつつも空目が言うことは最もだったので、しぶしぶと言った様子で手元にある残りのトリュフに手を伸ばした。
そしてそのままそれを食べてみる。
途端にその顔はみるみる青く染まっていって。



「・・・マズ」



そう一言苦し気に呟いたかと思うとその口に己の両の手を当て、一目散に部室から出て行った。
向かう先は当然お手洗いだろう。
そんな部屋から消え行く綾子の姿を空目は無表情に眺め、一つ溜め息を吐いた。
そしてそのままあやめを見やる。

見やったあやめは未だ腕の中で固まったままだった。
しかし顔は耳元まで赤く染め、恥ずかしそうに軽く俯いている。



「未だ動けない程不味いか?」



そう問い掛けるとあやめは一瞬だけびくりと身体を跳ねさせ、未だ空目の衣服を握っている手に力を込める。
そのままおずおずと申し訳なさそうに首を小さく縦に振った。

綾子が一生懸命に作ったものに不味いと答えるのは正直気が引けたが、だがこればかりはどうしようもないくらいに不味かった。
この口の中でどろりと溶ける殺人的な甘さは、糖度と言う糖度の最高値までその甘さを極めたもののように思えたのだ。

いや、違う。
下手をすればその糖度の最高濃度すらも越えているかもしれない。
そんなことは実際物理的に有り得ないのだが、だがしかしこれはそう表現しなければ表現しきれない程の殺人的甘さだったのだ。
甘さも度が越えれば不味くなる。
これはそれの証明となるに相応しいものだった。

だからこそ、あやめには誤摩化しきれない。
誤摩化そうにも身体が先に反応してしまっているのだから、正直に答えるしかないのだ。

空目はそれを見て僅かだが口角を吊り上げる。



「なら、」



あやめの顎に再び手を添えて。



「俺がそれを消してやろう」

「・・・え?」



不思議そうに見上げるあやめを見つめ、不適に笑って。



「そのチョコレートの甘さよりも尚甘ったるい味で」



あやめが言葉を理解する前に、その顔に近づいて。



「その味を、染めてやろう────」



空目はあやめに、










「───ん」










口付けた。

























『サイト一周年記念企画作品』
2008,11,30



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