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不思議な出来事A



それはするりと耳に入ってきた。

高い声だ。けれど、甲高くはない。
よく響く声だ。されど、不快ではない。

まるで生まれてからずっと聞き続けていたような親しみと安心感。優しく語りかけてくる声。言葉ではないのに、直接伝わってくる言の葉。



「・・・僕が・・・欲しいもの」


うわ言のように何もない空間へ語りかける。
周囲にそれらしい影も何も、ないはずなのに声は帰ってくる。頭の中に。


「欲しい・・・?何が・・・?何だろう・・・・・・何か、何が・・・」


頭が声によって空っぽになる。余計な思考が遮断されて、純粋な気持ちがガラクタの底から引きずり出される。


「・・・・・・友達」


真っ白な頭に浮かんだ言の葉を唇にのせる。

そう、それが僕が唯一欲しいと思うもの。
物心ついた頃から、そう呼べる間柄の人間はいなかった。各地を転々としたから良くて、話が出来る程度。
友達が欲しい。気兼ねなく話せるような、確かな絆を感じられる友達が。

―・・・っち―


「っ誰!?」

弾け飛ぶように立ち上がる。今聞こえてきたのは、先ほどまでとは違う、誰かの声だ。

辺りを見回す。けれど視界に映るのは薄暗い木々ばかり。


―・・・こ・・・っち・・・―


「ど・・・こに・・・?」

声が近くなる。
聞こえてきた方に振り返り目を凝らす。
何も変わったものは・・・いや、僅かに木々の間に壁のようなものが見える。
様子を伺いながら近づくと・・・壁に見えたものはやはり木だった。けれど、他とは違う。


それは周囲の木々とは比べ物にならないほど太く大きな大樹だった。



もう一度辺りを伺う。
何の生き物の気配もしない。


―・・・こっち・・・―

鮮明に聞こえる声。大樹を見つめる。変わっているのはこの樹だけだ。

そっと、触れてみる。
ぼこぼことした樹皮に僅かに苔むして湿っている。
しっとりとした感触が手のひらから伝わる。けれど、それだけだ。


「本当に・・・何なんだろう・・・」

呟いて、再度視線を周囲に向ける。


途端、言い様のない感覚が体を包んだ。
ぐるんと体が反転するような浮遊感。
問答無用と言わんばかりの力に、抗いようもなく引き込まれる。
体を巡る不快感。気持ち悪さが込み上げる。頭が引きちぎられてしまいそうに痛い。

何だ、これ・・・!?

思考しようとした瞬間、クレイの意識は強制的に闇の中に落ちた。






『ほら、こっち』

ぼんやりと目を覚ます。目に見えるもの全てが白い。何もない。何もない。目が眩みそうな白。白。白。


自分という意識が今にも世界に溶けてしまいそうな曖昧な思考の中、声だけが意識の手を引く。

不意に、何かが触れた。

それは、今この世界の中で唯一、確固とした存在を維持している。



繭だ。

大きな繭。


白い世界で真っ白な繭が手に触れている。仄かに温かさを感じるのは、寂しい世界で、それにだけは触れられるからだろうか。

体を人一倍大きな繭に向けて反転させる。ひどく億劫だが、足が地についてないこの世界では、まるで水の中で浮くように動くことができた。


『それが、君の願い?』


しゅるりと繭がほどけ始める。腕に純白の糸が絡み付いてくる。それを驚くわけでもなく受け入れる。

幾重にも幾重にも糸が体を包んでいく。それにつれて視界の先の繭が小さく、薄くなっていく。

声が、語りかけてくる。
何度も何度も、反響するように。反芻するように。

そうだよ。



「それが僕の願いだよ」


視界が白で埋め尽くされる。
沈んでいく意識の片隅で捉えたのは、白い世界にぽつんと反射された海と、空と、森を表した色。

泣き出しそうなその色が哀しくて、手を伸ばそうとしてクレイは再び意識を手放した。



『・・・―・・・――――・・・・・・――――・・・』












「――――ッ!!―っ・・・、―――――・・・・・・!!!」


しょっぱい鉄の味が口の中に広がる。
いくら慟哭しても、離れた欠片は塊を残して帰ったまま、もう応えてはくれなかった。






アア、ヒトリボッチはニクタラシイ。


震える身体を抱き締めて、欠片はうずくまるように憎い大地へ体を横たえた。

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