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夏の雪



「やっぱり冬が好きだな」

蝉の声が響き渡る青い空を、純白の寝具の上から見上げながら、美愛はそう言った。
寝具のすぐ隣の椅子に腰かけていた兄の九羅は、そっと瞳を伏せた。





常葉学園高等部。
和組の教室の一角で、柚斗と智咲は顔を見合わせ唸っていた。

二人が唸りながら見つめる先。
そこにはここ数日、使われていない二つの机。

二人の幼馴染みである、双子が使っていた机。




柚斗と智咲、そして双子の九羅と美愛は仲の良い幼馴染みだった。小学校も中学校も、そして高校も一緒。

だけどそんな時間の共有は、唐突に終わりを迎えることとなった。


美愛が身体に、重い病気を患ったのだ。

それから数ヶ月、美愛の病気は回復の兆しを見せることはなく、医師の薦めで美愛はここよりも温かい地方の病院に移ることになった。


秋の始まりに、九羅と美愛は遠くに越す。

柚斗と智咲は悩みに悩んで、そして、行動を開始した。





「雪の白さが好き」
「・・・つまり、冬そのものじゃなく雪が好きなんだな?」
「そうも言えるね・・・だけど雪が降るのは冬だけだもの。だから冬が好き・・・でも」


もう、見られないんだね。

真っ白な雪も降れないほど、温かい処に移るから。


「もう一度見たいな」

九羅はそっと目を伏せる。

「一日くらい戻ってきちゃ駄目かなあ?ねぇお兄ちゃん」

唇を引き結んだまま、九羅は美愛の頭をそっと撫でた。
黙ったままの兄に、妹は悲しそうに微笑んだ。




ガラガラガラ。

不意に廊下から騒がしい音が響いてくる。
患者を運ぶ音とはまるで違うその音に兄妹は顔を見合わせた。


ガラガラガラ!


少しずつ、少しずつ近づいてくる音。やがて、部屋の前まで来ただろう辺りで音が止み・・・。


ガラリッ!


「美愛!いる!」
「九羅!いるか!」
「え・・・ちーちゃん?」
「柚・・・斗・・・?二人してどうしたんだ」

ゼーハーと肩で息をしながら現れたのは双子の幼馴染みだった。息も整わせぬまま、智咲が肩にしょっていた大きな袋を床に下ろす。その後、例の音を立てながら、柚斗が部屋引っ張りこんできたのを見て、二人はなんともいえない表情をした。
なぜなら、それは大きな大きな扇風機だったからだ。



「・・・柚斗。この部屋に冷房は間に合ってるぞ?」
「そんなんじゃねーって!もっと素敵なことに使うんだよ!」
「素敵なこと?」
「そそっ!それにこれ借りるまでにも苦労があったのよね〜ゆず〜」
「そうなんだよ。これ学園から借りてきたんだけど最初、誰に言えばいいのか分かんなくてさぁ。とりあえず体育科の先生に話したらまず拳骨は食らうし、担任には鼻で笑われて見下されるし、校長に貸し出し許可貰えたけど運ぶ方法はなかなか見つからないし・・・」
「・・・それで?そこまでして借りてきた扇風機を一体何に使うんだ?」
「よくぞ聞いてくれた!九羅はこっちに来てくれ!美愛はそのままな!」
「「?」」


扇風機の背側に立つよう指示され、言われた通りに九羅が移動した。
その間も智咲と柚斗で大きな袋をゴソゴソと動かしたりしている。
一人寝台に残された美愛は訳も分からず首を傾げて二人に問う。


「あの、何をするの?」
「「素敵なこと」」



カチリと上向きに調整された扇風機の電源が入る。
くるくると羽が回りだし、徐々に強い風が部屋に吹き始める。



「さて!ここで問題です九羅君!美愛の大好きな季節はな〜んだ!」
「はぁ?何をいきなり・・・冬だが・・・まさか風で部屋を寒くするとでも?」
「ブッブー!ひさハズレー!じゃあみっちーに聞きます!この扇風機の使い道はな〜んだ!」
「え?・・・わ、わからないよ・・・」
「ヒントは“美愛ちゃんの大好きなもの”です!」

「私の・・・好きな・・・」


ヒラリ。

小さな白い紙切れが寝台の上にひらひらと落ちてきた。

ヒラリ。ヒラリ。

どうやらあの袋から出てきたらしい白い紙が一つ二つと、ゆっくり舞い降りてくる。
それは、まるで・・・。



「美愛にオレ達からのプレゼントだ!」
「しかと頭に刻み付けてね!」



ぶわぁっ!

勢いよく袋から飛び出したのは何百を超える小さな紙片。それらは扇風機の作った風の軌道によって一瞬で部屋の上空に上り、風の影響がなくなったところでゆっくりと落ちてくる。

美愛の周りを真っ白な紙達が覆うように舞い降りて、床に積もっていく。
ああ、それはまるで、








夏の雪



涙を流すのは美愛。
満足そうに腕を組む智咲。
嬉しそうに雪を降らせ続ける柚斗。
最後に、妹の為にプレゼントを送ってくれた幼馴染み達の後ろで、九羅が目を細めて小さく笑んだ。



そして、四人は夏の雪の下で新しい約束を交わした。






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先日、四月で桜が咲いてるのに雪にみまわれ時に思いつきました。

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