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紅桃-ソシテ青年ハ去リ-





その後、三人が去った玄関口で柏螺と貴景が並ぶ。

「行ったな」
「まぁ・・・凪沙の事だし、無事に帰ってくるだろう」
「・・・だな」


二人の表情には明らかな寂しさがあった。
幼馴染みという強い絆で結ばれていた仲間が離れたのだ、複雑な心境だろう。


「それにしても不思議な旅人だったな、兄妹だったのか?」
「あぁ嘉戯さんと泉ちゃんのことか?まぁ確かに不思議な組み合わせだったよなぁ・・・」

「・・・嘉・・・戯?」

「ん?どうした貴景?」


急に言葉を途切れさせた親友の顔を柏螺が覗き込む。
そして目を疑った。
冷静なはずの貴景が、目を見開いて視線を宙に彷徨わせている。


「お、おいどうしたんだよ貴景?体調でも悪いのか?」
「・・・ごめん柏螺、あの男の人の名前・・・もう一度言ってくれないか?」
「え・・・?嘉戯、紅苑さんだよ、確か。珍しい名前だから覚えやすいというか・・・貴景?」


ただならぬ様子に柏螺は何度も貴景に声をかける。が、彼には既にそんな呼び掛けの声すら届いていなかった。




「嘉戯・・・紅苑・・・」

珍しい名前だって?
当たり前だ。この世界中“嘉戯”の姓を名乗る者達は一族しかいない。
しかも限られた人間しか知るはずのない一族。

分からない。


“嘉戯紅苑”


その名を、貴景は知っていた。
しかし同時にその可能性を否定した。有り得ないと。
“嘉戯”の人間が外の世界を旅をするはずがない。
けれど、“嘉戯紅苑”という人間はこの世には一人しかいないことを貴景は知っている。

分からない。
分からない。
分からない。
分からない。





藤刹(とうせつ)。

それが貴景の姓であり、忘れ去られている力の継承の一人であることを意味している。

彼は知らない。

“嘉戯”の分家である藤刹を含む一族も、他の分家も皆知らない。


『どうして・・・!?何故本家の次期当主が・・・?』


あの日一族が全てを喪ったその理由(わけ)を――――・・・。




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