白紅舞う一刀 | ナノ




‖プロローグ&1話&2話

背中に感じる痛覚。
それは一気に鳩尾から突き出た刀によるものだった。

刀が引き抜かれ、力無く倒れる。
貫かれたところからとめどなく溢れるまだ暖かい赤。
意識が遠のいていくのが嫌でもわかる。

せめて、せめて自分を刺したのは誰だ。
残った力で顔を上げ、その自分の目の前にいるであろう人物を見た。

「なん……で…、」

自分がいるんだ。

今死にそうになっている自分は誰だ。
消えゆく意識の中なのに、ぐるぐるとその考えだけが残り、


「っ!」


飛び起きたのも束の間、着ているTシャツを捲り鳩尾のあたりを見る。
刀で貫かれた鳩尾には特に何もない。

左胸に手を当て、心臓がしっかり動いているのが分かると荒れていた呼吸を整え、時間を見てみる。
まだ時計の針は4と7を指しているのがわかるが生々しい感触に眠れずリビングまでまで来てしまった。

スマホでタイムラインを流し見つつ、水を飲む。


「また『荒魂』が近くに出たのか…。最近多いな。」


荒魂(あらだま)、隠世いわゆるあの世から来る鉄の不純物の化け物。
そういう輩が、この日本で問題の種になっていた。
普通の軍事力では解決できないが、解決できる術を日本は持っていた。

刀使(とじ)、刀を使う女性たちのことだ。
ただ現代の技術で量産に作られた刀ではなく、数百年も前に打たれた銘のある刀を使い、
荒魂を斬って祓う国家公務員となっている。
そしてその刀、《御刀》に選ばれた者が刀使と呼ばれる。
男性がいないのは、神薙ぎの巫女ではないからとは言われているが、それは十数年前の話。

今ではごく少数だが男性刀使も現れ活躍の場も広がりつつある。
女子生徒のみ必須科目だった剣術も、俺が中学あがった頃には男子生徒も必須科目に追加されていた。
剣術も様々な流派の下、基礎稽古に励んだ。
最初は女子生徒に負けるかもしれないと思う男子が多く、なかなか前に出れないことが多かった。
が、俺はあることが理由で女子にも負けず、学年ではトップの実力を持っていた。

そしてこの春、俺は剣術の実力を見込まれ岡山にある美濃関学院への編入が決まった。

御刀『鶴丸国永』と共に。




「編入生徒一誠に移動とかどうかしてんだろ、」
「あ!やっぱり、万里くん美濃席学院に行くんだね!」


スマホをいじっていると横から声をかけられる。
ピンク色掛かった赤色に同じ色の瞳、印象的な真っ直ぐな目、確か同じ学年の


「えっと、佐久間…だっけ、」
「はい!佐久間咲也です!」
「声でけえ」
「咲也、駅前でうるさい……」
「真澄くん、起きてっ、」


もうすぐ出発の時間も相まって
一緒にいる真澄を2人で引きずり新幹線へ乗車。
出発してしばらく、次の駅で止まり乗車し同じ車両に乗ってくるのを横目に見る。
数人入って最後に入ってきた人物に俺は眉間を寄せた。

「んでアイツがいるんだよ。」
「え、O高の制服?ああ、十座君。」
「アイツ…天然理心流の使い手で有名…お堅いけど強い……」
「真澄くん手合わせしたことあるの?」
「流派の合同稽古の時、弟の方は動き分かりやすかったけど、兄の方はそれ以上にわかりやすい。でも、逆にそれを利用して来てる。自分の弱点をわざと誘ってる。」

真澄が自前のアイマスクを片目分だけ外して未だ眠たそうに呟く。
確かにアイツは強い。荒れてた時にはじめて喧嘩で負けたし、挙句には合同の流派稽古の試合でもアイツに負かされた覚えがある。
喧嘩で負けたイラつきの私情で試合に望んだせいか、あの後師匠にめちゃくちゃ怒られた。

ただ感情で斬るだけでは、なんの想いも伝わらない。
師匠に言われた言葉を今思い出す。
この言葉に、俺は意味をまだわかってはいない。
大きな事件で主力として戦っていたとだけは聞いたことあるが、師匠は1度もその事については語らなかったし、もう二度と聞けなくなった。
俺は幼い頃に偶然荒魂に襲われそうになり、居合わせた刀使に助けられた。

それが、俺の師匠。

無理言って師匠のいる柳生新陰流の道場にも通わせてもらい、その道場預かりの太刀『鶴丸国永』を渡された。
だが、師匠は半年前、寿命でこの世を去った。
理由は寿命とだけしか聞かされていない。
まだお子さんが2人もいるなか、残していかれるつらさは、俺にはわからない。
でも、俺を変えてくれた恩師が亡くなったことでよく考えることが多くなった

「ただの強さにこだわるな、よく見て、よく聞いて、よく感じる。…か。」

師匠からよく言われた言葉。
つまらない毎日を、よく見ろ、よく聞いて、少しでも自分が楽しいことを見つけ出せ。
そこまで詳しく言わなかったが、俺はそう解釈している。


岐阜に到着すると、美濃関の制服を来た刀使が俺たちを待ち構えていた。
専用のバスで学院へと直行して行った。
学院に着いたらまずは御刀を所持していない生徒の御刀の授与式。
俺はすでに持っているため、専用の御刀を固定する装備をもらい御刀と共に入学式兼編入式が行われた。
入寮予定の寮に向かう途中、桜並木の中である人に声をかけられた。


「編入式お疲れ様。あなたが、摂津万里くんね。」
「あんたは、柳瀬学長。お疲れ様っす。」
「可奈美ちゃん…衛藤さんからあなたのことは聞いていたわ。」
「師匠から?」


学長の話によると、彼女は俺の師匠とは同級生で二十数年前にあった厄災事件の中心にともに立っていたともいう。
そういえば、師匠も過去に「舞衣ちゃんのクッキーもう一度食べたかったな」と見舞いに行ったとき、かすかに呟いていたのを思い出す。
まさかその舞衣ちゃんって、学長のことか。
学長は優しそうな面持ちで空を見上げる。
まるで、師匠を思っているかのように。
向き直ると、学長は改めて、俺に言った。

「摂津君、可奈美ちゃんは、あなたの師匠はそう難しいことは言えないの。一つわかるのはあなたが受け継いだ剣術。剣術が、あなたを語ってくれるわ。」
「剣術が俺を語る…?」
「うん。可奈美ちゃんはそういう人だったから。言葉よりも、行動よりも、剣術で切り結んで語ってきた人だから。」

それだけ言って柳瀬学長は俺の前から去っていった。
共に戦ってきた分思うことは多くあるはずなのに、わかっているような面影で、
それがわからない俺は、つい言ってしまった。

「あ、あの!!最後に俺が見舞いに行った時、学長のクッキー食べたかったって…言ってました。」
「………。」

少し肩が震えているのがわかる。
押し留めていた悲しみが少し決壊したのだろう。
再び振り向いたときは、とても、とても優しい顔で微笑んでいた。

何もいわず、会釈だけをして学長は前から去って行った。
数十年前の事件。俺は生まれてもなかったから、実際何があったかはわからない。
けど、学長には思い入れのあることなのだろう。



「可奈美ちゃん、姫和ちゃん、素直に泣けない私で、ごめんね………。」

この時学院の調理室で大量のクッキーを作り込んでいる柳瀬学長の姿があったとか。
翌日には購買にそのクッキーが並び生徒に大好評だったと言う。
余談だがエプロンには泣いた後のような痕跡があり、今は亡き衛藤可奈美、十条姫和を想って作っていたんだという事を、別の学長から後々伝えられる。


場所は変わって俺は寮の前にいる。
これから編入してきた男性刀使が住む、通称MANKAI寮。
送った大荷物は住む部屋に届いているから、後は開けて部屋を完成させるだけ…なのだが、
2人一部屋。しかも同居人はあの兵頭だった。


「マジかよ……。」
「それはこっちのセリフだ。」


難なく荷開きは終わった。
だがこのイラつきは止まることはなかった。


「なんでこいつと同室なんだよ…。」
「それはこっちの台詞だ。」


菓子を片手に頬張る姿にイライラする。
今すぐに御刀を抜いて攻撃を仕掛けたいところだが、
寮母の立花さんも俺たちの喧嘩っ早さに気づいたらしく、
喧嘩もしてないが注意を受けたと言うのが今の状態。
深くため息をついてロフトに上がり仮眠を取ることにした。

いつの間に目を覚したのか、俺はあの時と同じ霧が深い鳥居の前に立っている。
手には御刀、服装は制服、そして目の前には白い衣装を身に纏い同じ御刀を持った俺が立っていた。

「よっ、また会ったな。」
「…なんなんだよてめえ、俺の真似しあがって。」
「ああ、すまないな。姿を写させてもらった。」

俺と同じ顔をしていながらヘラヘラと笑っている。
先日刺されたのと、寝る前の兵頭へのイラつきが相まって
御刀に手をかけ、居合切りで攻撃を仕掛けた。
が、堂々とした居合だったため鞘に納刀してある状態のまま、一閃は防がれた。


「まあ俺自身の姿はあるがそこは追々な。それと良い斬り込みだが、あまいあまい。
何年御刀やってると思ってる。俺の名は《鶴丸国永》所謂この刀そのものだ。」

舌打ちしながら納刀し、
俺の姿を写した。その言葉で最初に貫かれたときに自分が目の前にいたことに納得した。


「おっと、名前は全部言わなくていいぞ。」
「あ、ああ。俺は、」
「万里……だろ?貫いた時、キミのすべてを見た。」


名を呼ばれた途端、心臓の鼓動が大きくなる。
意識が朦朧とし、なにも考えられなくなっていく。
「従わなくては」とその考えていっぱいになり、自分の意思で体が動かせない。

「ああ、すまんすまん。名前だけでもこうなるか、」


パチンッと手を叩く音がすると霞んでいた意識が急に戻るが、その反動で一気に立っている力を失い、膝から崩れ落ちた。

「名前だけでもこうか。相当気をつけなくてはいけないな。」
「今のは、」
「俺はこれでも付喪神の一種でな。よく言うだろ?神様には名前を教えてはいけないってな。今後君をここに呼び話す際は気を付けよう。」


今後というのが本当にあるのだろうか、この夢の状況が明晰夢だとしてもそう何度も続くわけではない。
そう考えていると、鶴丸に腕を引っ張り上げる。

「キミは刀使の中でも群を抜いて異質な存在だ。
キミの持つ霊力はひときわ大きく、強く、美しい。
荒魂はそんなキミの霊力に惹かれ狙い続けていた。キミが持つ御刀が俺でよかったな。
平安の世から存在し続けるこの鶴丸国永(俺)を持つことで、多少は振り払っていたからな。」


淡々と話す鶴丸に同も妖しさを気にしてしまう。そう言うお前も、荒魂と同じように、自身を狙っているのではないかと。
黄金色の瞳に映し出す俺は美味そうか。
この夢にいることで身体を乗っ取り、霊力を我が物とするのか。
そうあれこれ考えていると、次に前を向いたときにはものすごい近くに立っていた。


「キミのことを悪いようにはしないさ。物である俺は使って戦ってもらってこその御刀だ。キミが悩み悔み、押しつぶされそうなときは俺も力を貸そう。伊達に平安から存在してないからな!」
「俺に悩む時なんてあるかよ。」
「あるさ。キミはまだ20を満たない。俺たちからすればまだ赤子も当然だ。これから、悩むことなんていくらでもある。」
「…俺にはこれからのことなんてわからねえけど、ま、俺ならよゆーっしょ。」
「その考えも否定はできないな。前向きが一番だ。」


急に霧が濃くなり背後にあった石段の階段や鳥居が見えなくなる。
ようやく鶴丸が見えるあたりだが時間の問題だ。

「もうそろそろ時間だな。まあなんだ、これからも俺を大切に使ってくれよ?」
「言われなくても。」

万里がいなくなると同時に鶴丸を中心に一気に濃霧が晴れ渡る。
月夜が輝く夜空。水面に降り立つと、すっと空を見上げた。
「さて、これからどうしたものか。お前もあの刀使に使われることを望んでいるんだろう?《三日月宗近》。」


空にある月は三日月でありながらも、満月のような澄んだ光を放っていた。





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