第9話「こっくりさん」

数日後、教室には田畑御崎の姿も、朝日奈加奈恵の姿もなかった。小林は2人の席を気にしながらも、あの情景に驚きを隠せないでいた。
「…チッ、何だったんだよありゃ…」

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田畑御崎が投げ出された。その寸前にライトが照らされる寸前も。自分のクラスメイトが事故に遭ったという光景は、いくら俺でも目に焼き付いていた。
呆然とする俺と「御崎ちゃん…!」とか呼ぶあのお日様バカ。1番に行動を起こしたのはあの女の先生だった。あの人は俺たちにこう言った。
「心配しないで。あの子は私が預かる」
それだけ言ったかと思うと、一瞬にして消えた。残されたのは俺と朝日奈。朝日奈は俺の方に向いたあと「今日のこと、あんまり言わないでね」と忠告してきた。いつもより低い声のせいか、あのお日様バカ…今回のはどことなく本気だった。

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とある古びた神社。さほど参道から外れたところで、田畑御崎は仰向けの状態目を覚ました。明るい空からして、今は午前だろうか。
ゆっくりと上半身を起こした御崎はあの時の光景を必死で思い出す。裸足の女性と、何かに撥ねられた感覚を。
「携帯…」
ハッとした御崎は思わず胸ポケットを探ったが、ないことに気がつく。

「探し物でしょ?」
女性の声に御崎が見上げると、そこには昨日会った女の先生が彼女の黒いガラケーを差し出していた。
「…どうも」
淡々とお礼を言って携帯をしまう。
「…ここ、どこ」
「神社よ。あなたはここへ来たことある?」
これに御崎は「…さあ」とはぐらかした。
しかし御崎は正直なところ、ここには見覚えがあった。小さい頃、手を握られて連れて行ってもらったような記憶が微かにあるからだ。
「…そう」
女の先生はそれだけ返したかと思うと、黒い携帯を見て思わぬことを言った。
「新しい都市伝説、呼んで欲しいんだけれど」
「……」
御崎は平然を装いながらも、一気に警戒心が芽生えた。大人が「都市伝説」に噛み付くなんて驚いたからだ。
「警戒しなくてもいいわ。誰にも言わないし、言う必要なんてないんだもの」
「…どういう意味」
「…あら、あの女みたいな掴み所のない性格じゃなさそうね」
女の先生はそう言うと、突然炎に包まれた。しかしそれは一瞬であり、炎が収まると、そこには狐の獣人が立っていた。

『あたしも都市伝説の一つなんだから』


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遠い過去、1人の少女がこの神社にしばしば訪れていた。少女は神社を見上げると、向拝へと近付き、こう願った。

「ママが元気なってほしい」

それだけ言って鈴を鳴らして帰って行ってしまった。


そんな少女を大棟で見ていたのは、一匹の狐だった。

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「…そっか」
正体を知った御崎は、ただそれだけしか言えなかった。見据えるように。
『あたしは「こっくりさん」。多分知ってる人間は知ってるんじゃないかしら』
「…朝日奈さんも?」
『あの子とあの女はちょっと特別よ』
「あの女」が誰のことは、御崎は察した。また未知瑠お姉ちゃんか…と。
「朝日奈さんは」
『…きっと篭ってるんじゃないかしらね』
篭ってるということは、今は学校に行っていないということなのだろうか。あの明るい子が、珍しい。
こっくりさんは御崎のじと目をじっと見つめ、呟くように吐く。

『…やっぱりあの女の妹だけあって相当特殊なのね』
「…またどういう意味」
御崎は自分を特殊だとはあまり思ったことはない。姉と自分は別の人だから、とできるだけ割り切っているのもある。そもそも姉が誰から見ても、あまりにも度の過ぎた異彩を放っているのだが。

『ご縁があった時点で相当よ』

「縁か…」と御崎はため息をついた。普通の人間がそう簡単にその「縁」が手に入るものなのだろうか。
「…帰る」
御崎は用が済んだと言わんばかりに立ち上がろうとするが、脚に力が入らない。あの時撥ねられた衝撃が原因だろうか。
『…大丈夫じゃなさそうね』
「…平気」
都市伝説に情けをかけられるなんて…と御崎は無理をして言い、神社を後にしようとする。
『…どこへ行くつもり?』
「……朝日奈さんとこ」
あの後朝日奈がどうなったのかを知らない。彼女の答えたことが正しいならば、きっと朝日奈は自分の家にいる。
こっくりさんは「ふーん」と軽く相槌を打ち、更に言葉を刺す。

『他人に興味なさそうなあんたが…ねぇ……』

「……」
御崎はハッとした。そういえば自分にあんな風に話しかけてくれたのは、きっと彼女が初めてだからだ。

「…別に、いいでしょ…」
『まぁ、行方なんてその怪異さんに訊けばいいものね』
「…どうも」
皮肉を込めて御崎は返し、よろめきながら鳥居をくぐって行ってしまった。

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ある一室で、1人の少女は嘆いていた。友の名前を呟きながら。
「御崎ちゃん…」
あの光景を、誰が忘れることができるのだろうか。自分の友達が自分の目で悲劇に遭うだなんて。
今の彼女には、とても外へ出ることなんてできなかった。

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「ッ…」
神社を出て暫く歩いていたが、脚はやはり言うことを聞いてはくれなかった。見知らぬ住宅地のなか、御崎はよろよろと日陰に行き、側に立ってある電柱に触れる。
「(どうしたら…いい…)」
幸いなことに、人気は見られなかった。平日だからどこかへ仕事や学校に行ってしまっているから、というのもあるのだろう。
誰も見てないと確認した御崎は携帯を出して電話番号を押し、ある者に繋げる。

『やあ、僕は怪人アン…』
「質問があるの」
相手が名乗る前に御崎は画面へと尋ねる。
『きゅ、急だね…。それで、質問は?』
「今の道から朝日奈さんの家までの道を教えて」
『…つまり、迷ってる?』
自分が迷子なんて認めたくないが、気が付いたらあまり見知らぬ神社にいたのだ。迷っていないとは言い切れない。
「…悪い?」
『悪くないよ。だけど1つ条件があってね』
「…体が欲しいんでしょ?」
『……違う。この前約束したじゃないか。あの娘をちゃんと見たいって』
御崎は撥ねられる前のことを必死に思い出す。ああ、言っていたような気がする。
「…未知瑠お姉ちゃんか。一応聞くけど、なぜ?」
『この僕がどうしても手に届かなかった人間だから』
あの女は。未知瑠お姉ちゃんは都市伝説にすら敵わせることをしなかったのか。御崎は相も変わらず自分の姉の異端さを思うと、こう返した。

「分かった、じゃ質問を変える。ここから私の家までの道を教えて」
『…等価だね。今2人は願いが叶うことになる』
御崎は携帯を切らず、耳に当てたまま再び歩み始める。

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「ただいま」
「御崎!!」
真っ先に迎えたのは、自分を心配する叫びだった。御崎は携帯を胸のポケットにしまう。
玄関の手前のドアが開き、母の絵美が焦りの表情を浮かべながら
「聞いたわよ!撥ねられたって…」
「平気」
心配する絵美に関わらず、御崎はいつもの一言で返す。絵美は御崎の肩を掴んで涙ぐんだ。
「あなたまで死なれたら…お母さん…!」
「平気だって」
先程より強気に返した御崎は、そのまま二階へ上がろうとする。
「大丈夫、なの…?」
「………」
御崎は暫く黙ったあと、こう呟いた。



「まぁ、何とかなる」

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『……』
一匹の狐はこの古びた神社の前で鳥居を見つめていた。何かに耽るように。

『朝日奈、加奈恵……。あんたはあたしを醒ましてくれたのに…』

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