陰陽の札 No.I THE MAGICIAN

さっきまで自分がどんなことに出くわしたのか、未だにハッキリと把握できなかった。突然1人の少年が自分と似てるなんて言ってきて、タロットの男の子までも現れてきたのだ。こんな非現実的なことが今までにあったのだろうか。
「…道か」
まみは窓から見える道を見てみた。何の変哲もないコンクリートが真っ直ぐに続いているだけの道である。空を見上げるとそこは黒く染まろうとしていた。もう夜なのか…と時の流れの早さを感じた。
「……」
誰もいないから自分で夕飯を用意するしかない。台所へ行き、今日の夕飯を探し始める。
別の日に使うかもしれない材料を使うのもそれで料理するのも億劫だったので、棚からパックのご飯を取り出して少し蓋を開け、電子レンジに入れて2分温めることにした。
別にまみは一人でご飯を食べることが寂しいわけではない。寧ろ一人でいることの方が好きなのだ。
それなのに…

「ご主人様、寂しくないの?」

「……」
呼ばれてもいないのにその子は出てきたのだ。変なタイミングで。
「…別に」
「僕は特別なんだ。呼び出されなくても自由に行き来できるんだよ」
彼は訊いてもいないのに答えてきた。だが実のところそれが訊きたかったことなので、手間は省けたことになる。
「…迷子になんないんですか?」
「その時はその時だよ」
あまりにも軽い答えだった。少年だから当然とはいえ、何でそんな臨機応変に行けるのだろう、とも疑問に思った。
そんな相も変わらず表情が上手く出てこないまみとは反対に、愚者は興味津々にパックのご飯を見つめていた。心なしか、目が輝いている。
「パックのご飯が、何です?」
「これお米なの?」
どっから見たってそうだろ、と突っ込みたかったが、そもそもタロットカードから出てきた愚者が日本人だとは思えないし、そっち方面では不思議に思うのも当然かもしれない。
「パンが主食?」
「うん」
確かにこんな姿なら、箸で白米を食べるより森のどこかで休憩として丸いパンを食べた方が似合うに違いない。
「…食べます?」
とりあえず訊いてみると、愚者は頷いてくれた。まみは再び台所の棚からパックのご飯を取り出し、電子レンジに入れて2分に設定した。そしてチンという音と共に開けると、パックの中から湯気が漂う。
まみは温めたご飯とスプーンをテーブルに置いた。
「ねね、何でスプーンなの?」
そういえばまみが持っているのは箸である。自分もその箸で食べたかったのかもしれないが、前述の日本人に見えないという理由でスプーンを選んだのである。
「箸、使えるんですか?」
「分かんない」
やはり、とまみは目を細めた。これも単なる好奇心か挑戦心なのだろう。
「…ん」
とりあえず使われてない割り箸を渡しておいた。まみの家に訪れる友達や親戚なんて一人もいないから、お客様用の予備の箸なんて用意していない。
愚者は袋から木製の箸を取り出し、半分に割ろうとする。
「ご主人様ぁ…取れないよ…」
とりあえず心の中で「ベキッと折ってみろ」と命令してみた。それと同時にタイミング良くベキッと割れた。しかし割り箸は真っ二つに割れず、途中からズレてしまった。
まみは割り箸が上手く割れる裏技を頭の中に浮かべはしたが、別に教えたところで無駄な知識だと決めて冷蔵庫へと向かった。そこから生卵と醤油を取り出す。
「何に使うの?」
安定の愚者による問いにはもう返答せず、卵を割ってご飯に乗せたあと、醤油をタラタラ垂らす。そしてそれらをかき混ぜて掻き込んだ。箸のマナーとしては些かよろしくないことであり、当然と言うべきか愚者がそれを真似してくるが、注意することも面倒臭くなった。

「あー食べた食べた」
愚者は満足そうに背伸びをする。何て単純な人だ、とまみは思った。すぐに人じゃなくて精霊か、と思い直したが。
「…暇?」
また不意に愚者は尋ねてくる。まみはとりあえず「多分…」と曖昧に答えておいた。
「ねーもっと話そ?」
「……」
相手の外見年齢が年下だからか、まみは尚更コミュニケーションが取れない。子供と話すことなんて今までの経験であったのだろうか。
「(…年上)」
まみはタロットカードの先頭から一枚のカードを引いた。それは白と赤を基調とした厚い服を着た男で、あのマミヤーと同じくターバンを巻いている。下には「The Magician」と書かれている。
「魔術師…」
そう言った瞬間、カードから光が現れた。思わず目を瞑ったが、それはほんの一瞬だった。しかし先程と異なった光景といえば、カードにいた男とそっくりの人が現れたことだろうか。
ここでもまみはまたあることを突っ込む。

「……土足…!」
「…おおこれはこれは失敬!ご主人殿に呼ばれたというのに何という…!」
「まみで良いです」
明らかに外見年齢が年上の人に自分が上に見られるのも何だかおこがましいので、そう言っておいた。
「…あの、魔術師さん?」
「うむ。わたしが大アルカナNo.1の魔術師と申す者ですぞ。まみ君」
「……君」
君付けで呼ばれることはほぼなかったので思わず口に出してしまったが、魔術師は気にしてないようだ。
「して、わたしを呼んだのは何か用があったからですかな?」
「…」
「あのね、魔術師はね。とっても優しいんだ!話し相手になってくれるの!」
「おお、わたしと話したかったんですかな?」
勝手に話が進む様にまみは心の中で「どうにでもなれ」と呟いた。しかしそれと同時に暇な時間を潰せるので、それはそれで感謝している。


ご主人様と精霊2人によるトークがここから始まった。暫く受け答えをしていたが、まみは彼らに言われるまで、自分がずっと見せていた様子に気が付かなかった。



「大丈夫?」
愚者の声でハッとなる。どうも意識が飛んでいたらしい。
「おお…そろそろ眠りについた方が良さそうですな。どれ、わたしがそこまで運びましょう」
ただの眠気だと気付き、「…大丈夫です」とまみは遠慮した。そして自分の寝床である和室へ向かう。


そしてそこへ着いたとき、ここから一気に意識が途切れた。

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