狙われた癒し -Croce- 3

いくら何でも衝撃的だった。僕がそっちにつくだって?
「冗談でしょう?」
最初に出た返答がこれだ。相手が悪魔だと仮定しても、個人にここまですることなのだろうか。
『我は戯言など言わん』
この低く響く声に僕は相手が本気で僕を招こうとしているのだと分かった。内心怯えていたのかもしれない。足が動かないのだから。
僕は腹の底から必死に声を出した。
「あなたが悪魔なら、僕は…あなたのところにはつかない……!!」
ハッキリと大きくは言えなかったけれど、僕はそう意思を表明した。
『……』
口籠っている声がしてることから、何か考えてるに違いない。まだ何か企んでいるとでも言うのだろうか。
「これで済んだでしょう?僕は帰りますよ」
とにかくここから出たかった。これ以上あの声に惑わされたくはなかったからだ。僕は引き返し、元来た方へ戻ろうした。
「………?!」
…僕は嫌なものを感じた。まるで強いものが背後にいるようで、しかも視線が更に強くなっている。
「今のが貴殿の決意だな?」
威圧ある低い声が、僕の肌を震わせた。その声はさっきまでやり取りしてた声とほぼ同じだからだ。
今振り向けば、僕を陥れる奴の正体が明かせる!だけど僕の身体の震えは止まらず、ただ武器を握ってることしかできなかった。
「……そうだ!」
今度はハッキリと大きく肯定した。でもこれで終わるはずがなかった。

「……なるほど」
その声と共に、背後の気配が一層強くなった。僕は見開き、あらん限りの力を使って思いっきり振り向いた。

僕の背後にいたのは、とても大きく、そして真っ赤な目をした影だった。そいつは僕よりも早く持っていた棒のようなものを振りかざし、先端を僕の額に突きつけた。
「ッ!」
まるで脳を突かれたように視界が狭くなってゆく。動けと命じようとしても、脳が身体に命じてくれなければ意味がない。ただ武器を握り、この額を突いてくるものを見てるしかなかった。
そして次第に力が抜けて行き、思わず膝をついてしまった。今自分の頭が何を考えているかすら把握できない。
「くっ…!」
身体を支えようとして地面にドリルを突いた。呼吸が乱れてることだけはわかった。
「…お前…何をした……!」
僕が断ったから力でねじ伏せるつもりか。僕の口から出る言葉は悪くなってる。声の主であろう影は何も答えず、後ろを向いた。何か布のようなものを翻したことから、きっと相手はマントを身につけた奴だろう。
「次の闘いまで待つ。そのときまで、考えてみるがいい」
僕は相手の言葉が理解できず、思わずそう返した。薄れてゆく意識の中、最後の声が聞こえた。

「貴殿が本当に天界にとって必要とされているかをな」

ーーーーーーーーーーーーーーー

どのくらい意識を失っていたのだろうか。目が醒めると、ここはあの灰色の世界ではなかった。白い地面に、僕は倒れていた。
ここからだときっと旅館まではある程度距離を歩いて帰らなければならない。僕はスリッパを履いた足を摩り、翼を少し広げて歩き出した。

途中一人の天使が通りかかった。白い服を着てこけしのような細い目を持ち、小さくて白い翼を生やしている。背も小さい。これらの特徴からすると、階級はきっと天使だろう。
だけど天使は僕を見ると細い目を大きく見開き、腕をブンブン振って慌てふためいた表情を見せる。
「どうしたの?そんなに慌てて」
何故天使が僕を見て焦ってるような表情をしているのかがさっぱり理解できない。訳を尋ねてみても、天使はただ慌ててるばかりだ。
「ねぇ、何かあったの?」
「!?」
僕はつい天使の肩を掴んだ。すると天使は更に驚き、しかも僕の手を払って逃げるように飛んで行ってしまった。
「あっ、ちょっと!」
声をかけて止めようとしたが、天使はそれよりも速く飛んで行ってしまった。普段の天使の羽ばたきとは思えない。あれはジェット機だ。僕は翼を羽ばたかせて天使の跡を追った。

飛んで探してはみたものの、天使の姿は一向に見つからなかった。辺りは光と白い地面ばかりで、これといった目印もなかった。
「何だったんだろう…?」
これ以上探しても無駄だと判断した僕は移動するのをやめ、浮遊することにした。だけどどうしてあんなに焦っていたのだろうか?
未だに解けない疑問を頭に浮かばせたときだった_

ブスッ!
「イッ…」
何かを身体に感じ、思わず声を上げた。その原因の方を見て、僕は驚いた。
「……天使の矢…?」
自分の背中に矢が刺さっていたからだ。矢がきただろう方へ身体を向けると、数人の天使が僕を目掛けて矢を放ってきたのだ。天使たちは相変わらずこけしのような細い目を僕に向けていて、それに無機的だった。
「やめて!お願いだから!」
必死に叫ぶものの、天使たちはそれが正しいことであるかのように僕に向かって矢を放ち続ける。
「いだっ…、…ッ!」
天使の矢の威力は高いわけではないが、こうも何本も何本も突かれるとたまったものじゃなき。だからとにかくこの矢から逃げよう。この水色の翼までやられてしまったら飛べなくなってしまう。
僕はできるだけ小さく羽を広げ、飛んでくる矢をかわしながら逃げていった。天使たちが追いかける素振りを見せなかったことが幸いだった。

しばらく飛んでいると次第に僕が管理してる旅館が見えた。まずはあそこに着いて羽休めしよう。
そう思ってこっそりと翼を広げようとしたそのとき_

グサッ!

「!?」
僕は驚愕した。自分の腹から細く尖った刃(やいば)が飛び出てるからだ。この状況に僕は察した。『刺された』と。しかもよりにもよってほぼ急所のところを見事に突かれていることを、多量に出血してるところから感づいてしまった。本当にどうして僕を狙うんだ!?
出血に悶え苦しみながら、僕はゆっくりと温泉の方へ落ちていった。紫色に染まりつつある翼を広げながら。

ーーーーーーーーーーーーーーー
僕はまた温泉に入るためにこの旅館を訪れた。彼の癒しは大変貴重だから、こうして何度も訪れてしまう。
さて今回はどんなポーズを考えようか…と思ってたとき、「ズガァン!」という何かが激突したような音が聞こえた。
「この音は?!」
『神の癒し』という意味の名を持つ僕は医者として、すぐに音がした場所であろう温泉へと駆けつけた。


「何があったんだい!?」
引き戸を開けて、僕は声を上げた。椅子や洗面器はひっくり返され、シャワーは地に落とされた蛇のようにかけてあったところから外れてて、水が弱々しく放出されている。何で悲惨な現場だ!何者かがここを荒らしたとでも言うのか!?
ふと壁があった方へ目を向けると、誰かが壁である板の下敷きになっていると思われる手があった。しかもその手は血に塗れている。
「今助かるからね!」
僕はすぐその手の前へと駆けつけ下敷きにさせた板を掴んだ。腕に力を入れ、必死に板を立たせた。
そしてその名を呼ぼうとした。
「クロー……!?」
彼の名前を最後まで呼べなかった。もちろん彼の姿があまりにも悲惨だったのもある。髪はボサボサ。白いバスローブもシワと汚れがついてて、お世辞にも綺麗とは言えない。しかし何よりも驚愕したのが…
「……堕天使…」
普通の天使の翼はそれぞれ色がついてるものの、大部分が真っ白だ。しかしクローセルは…この天使は違った。

色が翼全体に染まっていたんだ


「……ぅ…う…」
クローセルは目を覚ましたが、僕は彼ではなく、彼の翼をただ見ていた。
「ラファ…」
「お前は!」
相手が僕の名を言うより僕が思わず先に声を上げてしまった。
「…お前は…何故堕天使がいる……」
「………?」
堕天使は天使の翼を奪われて堕ちてしまった者が大半だが、仮に奪われなかったとしても、翼の色が白色でなくなったらそれは堕天使である証拠なのだ。しかしクローセルは何を言ってるのかわからないのか、眼を細める。
「…ラファエルさん…、僕…急に天使に襲われたんだ……」
「……」
「ねぇ…何かしたかな…?」
こいつは自分の立場を理解していないのか?僕は彼の見えないところで眉間にしわを寄せ、振り向かずに答えた。

「…堕天したね?」
「……え?」
惚けた声をしていた。今自分が何を言われたのかを理解してないような、そんな声。
「君の翼が完全に色に染まっている」
決定的な一言を与え、彼の反応を伺おうとしたが……

バキィ!

「むぐっ!」
「!?」
僕が押さえた板が突然何かに押されたように倒れ、僕とクローセル共々下敷きになった。

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