少し前に僕のクラスには,双子の姉妹がいました.
お姉さんはとても明るく天真爛漫,妹のシェリアさんは内気な大和撫子.
僕は彼女達に言いました.
「お姉さんはまるで花のような人ですね」
「ありがとう,嬉しいわ」
手を叩いて喜ぶお姉さんは,つぼみが綻んだように可愛らしく笑います.
妹のシェリアさんも,同意を示しました.
「シェリアさんは宝石のような人ですね」
「そう…かな」
「シェリアは,とっても綺麗でおしとやかだから,宝石ってことばがピッタリだわ!」
僕の言葉に,お姉さんもそうだと頷きました.
少し不満そうなシェリアさんは,何か言い掛けてそれを飲み込むのがわかりました.
僕は,何かいけないことを言ってしまったのかと,少しだけ疑問を持ったのです.
ですが,その話はそこで終わり.
「竜持くん」
「シェリアさん!」
僕は,双子の姉妹と別々の進路を歩むことになったのです.
別れの日は,生ぬるい風が心地よいくらいの温かな日でした.
「おめでとうございます,留学されるんですよね」
「そう…やっと,一人だよ」
「寂しくないんですか?」
「寂しいなんて,思うわけないよ」
数年経っても,相変わらずシェリアさんはおしとやかな女性でした.
長い髪の毛を綺麗に束ね,白やベージュの清楚なものを身に付けて.
「自分と同じ顔で同じ声で同じ存在がいるってどんな気持ち?」
「えっ」
「私はずっと嫌だった.双子だからって存在を重ねられて,ずっと嫌だったの」
「僕は…」
僕には,それが二人もいます.
でも,それは人数の差ではなく,自分の気持ちを示したシェリアさんの本音.
確かに嫌なところもありますよ.
「僕は,好きですよ.兄弟のこと」
「それは素敵なことだね.竜持くんの心は,とっても素直で純粋だわ」
「そんなことありませんよ,全部が全部好きってわけじゃないですし」
あの頃は背丈も同じで,僕と並んでいた双子も,今や僕の方が頭一つ大きくなってしまいましたね.
揃った目線も,今や下から見上げられるばかり.
くすぐったいというか,少し気恥ずかしいです.
「竜持くんが,昔言ったことなんだけど…覚えてるかな」
「何の話です?」
「姉が花で,妹が宝石って言ったの」
「あぁ…覚えてますよ」
懐かしい記憶は,鮮明に蘇ってきます.
幼い僕達の,幼い思い出.
今でもお姉さんは花のように可憐な人で,シェリアさんは宝石のように美しい人のまま.
あの日,僕が言った言葉通りに成長したと思います.
「お姉ちゃんは,本当に可愛くて,人当たりもよくて,いろんな人から愛されて,野に咲いた一輪の花だっけ」
「お姉さんの明るさには,何度励まされたか…数え切れないくらいですよ」
「花なら誰にでも愛されて当然だものね」
「シェリアさん?」
「それに比べて,宝石って…必要ない人にとってはただの石ころ」
「まさか!シェリアさんが綺麗なのは,皆承知のことですよ」
「そんなの作られた美しさ,でしょう」
くすっと笑うシェリアさんは,本当に綺麗な顔をしています.
確かにお姉さんと同じ顔ではあるけれど,印象が全く違うんです.
「花は誰からも無条件に愛でられるじゃない」
「宝石だってそうですよ」
「そうだね,でも…」
「希少価値が高いでしょう!それに,ずっと綺麗なままですよ!」
「それは,全然褒めてないと思うんだけどなぁ」
「えっ…」
悲しげな目をしたシェリアさんに,戸惑う僕.
あの日と同じ,うつむいたシェリアさんが重なりました.
「高すぎて誰も手が伸ばせない,永遠に変わらない故に飽きがくる,宝石ってそういうものでしょう」
「…それは…」
「誰だって手に入れた一瞬は嬉しいのに,ね」
「シェリアさんは,ずっとそれを思ってたんですか?あの時,僕に言い掛けたことって…」
「どうだろう…教えてあげない」
悲しげな顔を一変,ふふっと笑ったシェリアさん.
それは確かにどんなに手を伸ばしても届きそうにないくらい,透き通りそうな笑みでした.
今も尚,宝石という言葉が当てはまる.
「竜持くんのこと,好きだったのになぁ」
「ん?」
「なんでもないよ」
「内緒ばっかりですね」
「知りたい?」
「えぇ,是非」
「それなら,私を手に入れることが出来たら教えてあげるよ」
「えっ!」
一瞬,声が耳に残ったまま,時間が止まったような感覚に陥りました.
シェリアさんは,今,なんて?
「誰かが手を伸ばして,しっかり掴んでくれないと…一生このままだもの」
「シェリアさん…」
「今もまだ私を宝石って言うんなら,貴方の手でただの石に戻してよ」
伸びた手は,確かに捕まえることが出来ました.
だけど,心は少し遠くて,まだ届きそうにありません.
見えていても届かない,そんな距離.
ショーケースの中の宝石と,それを見ている僕.
「僕が,ですか」
「そうだよ.それが出来ないなら,花を詰みに行ってあげて」
「花?」
「お姉ちゃんも私も,昔から竜持くんが好きなのよ」
「ええっ!?」
「勿論,花を枯らして,宝石も捨てるっていうのもあるけど…選ぶのは竜持くんよ?」
差し出された綺麗な手と,微笑むシェリアさん.
僕は….
彼女の手を取った.
彼女の手を取ることができなかった.