竜持08


少し前に僕のクラスには,双子の姉妹がいました.

お姉さんはとても明るく天真爛漫,妹のシェリアさんは内気な大和撫子.

僕は彼女達に言いました.


「お姉さんはまるで花のような人ですね」

「ありがとう,嬉しいわ」


手を叩いて喜ぶお姉さんは,つぼみが綻んだように可愛らしく笑います.

妹のシェリアさんも,同意を示しました.


「シェリアさんは宝石のような人ですね」

「そう…かな」

「シェリアは,とっても綺麗でおしとやかだから,宝石ってことばがピッタリだわ!」


僕の言葉に,お姉さんもそうだと頷きました.

少し不満そうなシェリアさんは,何か言い掛けてそれを飲み込むのがわかりました.

僕は,何かいけないことを言ってしまったのかと,少しだけ疑問を持ったのです.

ですが,その話はそこで終わり.





「竜持くん」

「シェリアさん!」


僕は,双子の姉妹と別々の進路を歩むことになったのです.

別れの日は,生ぬるい風が心地よいくらいの温かな日でした.


「おめでとうございます,留学されるんですよね」

「そう…やっと,一人だよ」

「寂しくないんですか?」

「寂しいなんて,思うわけないよ」


数年経っても,相変わらずシェリアさんはおしとやかな女性でした.

長い髪の毛を綺麗に束ね,白やベージュの清楚なものを身に付けて.


「自分と同じ顔で同じ声で同じ存在がいるってどんな気持ち?」

「えっ」

「私はずっと嫌だった.双子だからって存在を重ねられて,ずっと嫌だったの」

「僕は…」


僕には,それが二人もいます.

でも,それは人数の差ではなく,自分の気持ちを示したシェリアさんの本音.

確かに嫌なところもありますよ.


「僕は,好きですよ.兄弟のこと」

「それは素敵なことだね.竜持くんの心は,とっても素直で純粋だわ」

「そんなことありませんよ,全部が全部好きってわけじゃないですし」


あの頃は背丈も同じで,僕と並んでいた双子も,今や僕の方が頭一つ大きくなってしまいましたね.

揃った目線も,今や下から見上げられるばかり.

くすぐったいというか,少し気恥ずかしいです.


「竜持くんが,昔言ったことなんだけど…覚えてるかな」

「何の話です?」

「姉が花で,妹が宝石って言ったの」

「あぁ…覚えてますよ」


懐かしい記憶は,鮮明に蘇ってきます.

幼い僕達の,幼い思い出.

今でもお姉さんは花のように可憐な人で,シェリアさんは宝石のように美しい人のまま.

あの日,僕が言った言葉通りに成長したと思います.



「お姉ちゃんは,本当に可愛くて,人当たりもよくて,いろんな人から愛されて,野に咲いた一輪の花だっけ」

「お姉さんの明るさには,何度励まされたか…数え切れないくらいですよ」

「花なら誰にでも愛されて当然だものね」

「シェリアさん?」

「それに比べて,宝石って…必要ない人にとってはただの石ころ」

「まさか!シェリアさんが綺麗なのは,皆承知のことですよ」

「そんなの作られた美しさ,でしょう」


くすっと笑うシェリアさんは,本当に綺麗な顔をしています.

確かにお姉さんと同じ顔ではあるけれど,印象が全く違うんです.


「花は誰からも無条件に愛でられるじゃない」

「宝石だってそうですよ」

「そうだね,でも…」

「希少価値が高いでしょう!それに,ずっと綺麗なままですよ!」

「それは,全然褒めてないと思うんだけどなぁ」

「えっ…」


悲しげな目をしたシェリアさんに,戸惑う僕.

あの日と同じ,うつむいたシェリアさんが重なりました.


「高すぎて誰も手が伸ばせない,永遠に変わらない故に飽きがくる,宝石ってそういうものでしょう」

「…それは…」

「誰だって手に入れた一瞬は嬉しいのに,ね」

「シェリアさんは,ずっとそれを思ってたんですか?あの時,僕に言い掛けたことって…」

「どうだろう…教えてあげない」


悲しげな顔を一変,ふふっと笑ったシェリアさん.

それは確かにどんなに手を伸ばしても届きそうにないくらい,透き通りそうな笑みでした.

今も尚,宝石という言葉が当てはまる.


「竜持くんのこと,好きだったのになぁ」

「ん?」

「なんでもないよ」

「内緒ばっかりですね」

「知りたい?」

「えぇ,是非」

「それなら,私を手に入れることが出来たら教えてあげるよ」

「えっ!」


一瞬,声が耳に残ったまま,時間が止まったような感覚に陥りました.

シェリアさんは,今,なんて?


「誰かが手を伸ばして,しっかり掴んでくれないと…一生このままだもの」

「シェリアさん…」

「今もまだ私を宝石って言うんなら,貴方の手でただの石に戻してよ」


伸びた手は,確かに捕まえることが出来ました.

だけど,心は少し遠くて,まだ届きそうにありません.

見えていても届かない,そんな距離.

ショーケースの中の宝石と,それを見ている僕.


「僕が,ですか」

「そうだよ.それが出来ないなら,花を詰みに行ってあげて」

「花?」

「お姉ちゃんも私も,昔から竜持くんが好きなのよ」

「ええっ!?」

「勿論,花を枯らして,宝石も捨てるっていうのもあるけど…選ぶのは竜持くんよ?」


差し出された綺麗な手と,微笑むシェリアさん.

僕は….


彼女の手を取った.

彼女の手を取ることができなかった.




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