アンハッピーコンデンサ05


降矢くんって,すごく評判が悪いんだなぁ.

誰に聞けども返ってくるのは,悪評ばっかり.

キーワードは三つ子の悪魔.


「おい,大丈夫か?」

「ふぃー…平気だよ,降矢くん足早いねぇ」

「追いかけては来ないと思うんだがな」

「降矢くんの弟の降矢くんとその弟の降矢くんも足早いの?」


少なくとも,私を助けてくれている彼が悪魔だとは信じがたいんだけどな.

私のとっての救世主だし…こんなことに巻き込んだ私がむしろ悪魔のような存在なんじゃ….


「あの,いい加減それ辞めろ」

「何を?」

「降矢って呼ぶの」

「どうして?あああ!今更ながらに間違ってた?それともイントネーションが違うとか!?」

「いや,合ってる.そうじゃなくてだな,呼び方の問題だ」


えええっ…じゃあ何て呼べばいいんだろう!

降矢様,降矢殿,降矢さん?

ぽけぽけっとした私の頭ではこれが限界だ.


「下の名前」

「…えっ?」

「降矢降矢って連呼されるのは紛らわしいし,面倒なんだよ」

「ごごごごめんなさい!!」

「それもやめろ!いちいち謝るな!」

「はいいいっ」


怒られた…?

そんなに睨まなくても……めっちゃ怖いよ….

むすっとした降矢く…じゃなくて,あああ私降矢くんの名前知らないや.


「あの…名前」

「なんだ」

「下の名前」

「…降矢虎太だ,こ,た」

「虎太くん…虎太くんね!大丈夫,たぶん忘れない!」

「たぶんか」

「いや…絶対!」


がくっと項垂れた虎太くん.

あれ,私何かした?

またやらかしてしまったんだろうか….

心当たりがないだけに,見捨てられるのは怖い.


「お前は,ちょっとどころか相当抜けてる」

「よく言われます…」

「でも,それは直せることだ.もっと落ち着け.状況を見ろ」

「う,うん」

「困ったらとにかく俺に相談しろ.悩むな,言葉にしてしまえ」

「…いいの?私さ,助けてもらってるのに足引っ張ってばっかりだよ?」

「俺は一度決めたことを投げ出したりしない」

「ご,ごだぐん…!」

「なんでそこで泣くんだよ!ああもう,これだからこの女は…!」


思わず涙がポロポロと出てくるのは,またあの日のように優しさを感じてしまったから.

きっと,私の中で彼の存在は欠かせないものになってしまった.

求めるのは助けよりも優しさに変わってしまっている.

不器用な虎太くんには,これ以上なく湧いてくる感謝の気持ちを返しきれない気がした.





「…はぁ,鋏なんか入れたくない」


虎太くんの教科書は,実はまだ一枚も切ってない.

まっさらの状態に近い綺麗な教科書.

私は嘘を付いた.

でも,これに鋏を入れなければ私は…死んじゃうかもしれない.


「お姉ちゃん入るよー!」

「えっあっ,ちょっとまっ」

「ちょっと電子辞書借りるね.…何してるの?」

「いや,あの…なんでも…」

「…鋏振り回したら危ないって!これ…お姉ちゃんの教科書じゃないよね?」

「それは,その…」


何でこんな時に限って,妹は来るんだ!

そう思わずにはいられない.

見られた他人の教科書と手にした鋏.

それだけで誤解は大きく生じた.


「お,お母さん!大変!お姉ちゃんが…!!」

「勘違いだよ…!これには訳が…!」


ばたばたばたっと走る妹を,止める間もなく逃げられてしまった.

そして,事態が最悪な方向に向いていく.

両親に呼び出された私は,事の経緯を話すことさえ許されずに怒鳴られた.

私の言い訳は,母の平手打ちと同時に闇の中に飲み込まれた.






翌日は,学校に連絡されて教師から酷く理由を問いただされた.

隣には虎太くんも同席させられている.

幸いなことに,虎太くんの両親にはまだ連絡がいってないようだった.


「シェリア,どうしてこんなことをしたんだ?」

「えっと…」

「俺がやらせた」


静寂の中,虎太くんは喧嘩腰で言った.

先生のメガネが光ったように,鋭い視線が降り注ぐ.

虎太くんが私を庇ったのだ.


「ち,ちがう…私…」

「お前は黙ってろ.おい,センセ,俺がコイツにやらせたんだよ」

「本当か!やっぱりそういうことか…!俺はそうじゃないかと思ってたんだ!」

「違うの,先生!虎太くんは悪くないんです!」

「いいんだぞ,シェリア.コイツの悪さは皆知ってる.脅されたんだな?」


聞いてよ,私の話を!

悪者にされた虎太くんに視線を送れば,俺に任せろという小さな返事が返ってきた.

でも,これじゃあ…これじゃあ虎太くんが….


「先生,聞いてください!お願いだから…」

「お前は何も言わなくていいんだ.全部コイツの仕業だ.これだから問題児は…さっさとこんな学校からいなくなればいいんだ」

「やめて!虎太くんは悪くないんです!全部私が悪いの!!!!」


それからは,何を言っても無駄だった.

私と虎太くんは完全に引き離されてしまった.

保健室に移された私はいじめを受けていたと勘違いされたまま簡易カウンセリング.

一方虎太くんは怖い顔した先生が集まる生徒指導室.


「…良かったわね,これでもういじめられなくていいのよ」


何が良かったのよ…全然良くないでしょ!

何も知らないくせに,勝ってな言いがかりはやめてよ.

ただそれでも,コンデンサの通知は空気を読まずにやってくる.

昨日から,何通もメールが来ていたのに,未読のまま.

一番新しいメールを開けば,コンデンサは25%近くにまで上昇していた.



「学校で携帯を触るのはあんまり感心しないわねぇ」

「ごめんなさい」


保健の先生は,私に注意をして,自分の仕事を始めてしまった.

監視の目を逃れるように,ベットを使って,カーテンを閉める.

これなら見えないでしょ,ババアめ.



「こんなの,望んでないよ…誰も」



コンデンサが増えたとして考えられる理由は,結構あった.

私の家族を悲しませてしまったこと,先生を悲しませてしまったこと,虎太くんが自分を犠牲にしたこと.

一気に増えたコンデンサの数値には,計り知れない大きな代償だ.



「…虎太くん,メール返してくれるかな…」



送ったのは,謝罪と会って話したいというシンプルな内容.

もしかしたら,もう怒ってメールも返してもらえないかもしれない.

本当に最悪だ.

呪うべき自分が,動かねば状況は変わらない.



「…落ち着け,状況を見ろ」



昨日の虎太くんの言葉を復唱して,目を閉じた.

少しでも状況が良くなるように,脳をフル回転させて.



タイムリミットまであと23日.



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