アンハッピーコンデンサ04


ったく,あの馬鹿….


「虎太くん,今日の帰りに虎太くんの教科書を持った女子とぶつかったんですけど…」

「は?」

「心当たりがあります?」


問いただされる質問に,下手な答えを返せばどうなるかはわかった.

少し考えるように,言葉を慎重に選ぶ.

竜持相手に,頭脳戦は辛い.


「シェリアのことか?教科書を貸しただけだぞ」

「そうだったんですか…でも,めずらしいですよね?」

「えーっと,なんか,塾で課題を聞いた時に教科書を忘れたみたいだ.で,たまたま教室に二人だけになったときに貸してくれって頼まれた」

「それであんなに急いでいたんですね」

「う,うん」

「それならいいんです.盗られたとかではないのならば,ね」

「当たり前だ」


嘘はばれてると思う.

でも,これ以上は俺に探りを入れるような真似はしないだろう.

狙われるはシェリアか….

アドレスくらい聞いておけば良かった.

明日朝一でシェリアに会って,口裏を合わせないと.





「あれ,降矢くん?ここうちだよ?なんで?」

「ちょっとな」


シェリアは,寝起きっぽかった.

無理矢理学校へと急かして,保健室に飛び込む.



「昨日,竜持に会ったのか?」

「りゅうじ…って,降矢くんのこと?」

「あぁそうだよ,降矢竜持,俺の弟だ」

「えっあっそうだったの?」

「三つ子だと騒がれてるのに,お前知らないのか」

「…えへへ,ごめんなさい」


この女,俺達を知らないのかよ….

自惚れてるわけじゃないが,そんな奴がいたとは知らなかった.


「そうそう,帰りにぶつかっちゃって…」

「中身見られてた」

「えっ」

「アイツ,間違いなくお前を疑ってる.絶対探りを入れてくるぞ」

「えええっ」

「昨日は俺がなんとかごまかしたけど,お前も口裏を合わせろ」


シェリアに,同じ事を言うようにインプットさせる.

どこかしら暗記に不安はある.

相手が自分の兄弟だけに,尚更言葉巧みに聞きだされたら終わる.


「いいか,絶対に余計なことは言うな」

「…うん」

「必要以上にあいつらにも近づくなよ?」

「わかった,降矢くんを出来るだけ避ければいいんだね?」

「避けようとしても,追い詰めてくると思うけどな」

「そんな怖いの!?降矢くんの弟の降矢くんって…」

「……最終手段として,あいつらのことで困れば俺のことを呼べ.それか来い」


俺ですら,竜持と凰壮の二人掛かりで来られたらと思うと無理だ.

相手にしたくもない.

だけどそうしなければ,ここまでの努力も無意味になる.





「…あ,シェリアさんですよね?昨日はどうも」

「降矢くん!き,昨日はごめんなさい…どうしたの?」

「いえ,昨日ぶつかった時に,兄の教科書を持ってたので…少々気になったんです」

「あれは,降矢くんに借りたの.塾で課題教えてもらったのに忘れて帰ってしまって…」

「兄も同じ事を言っていましたよ.兄とは面識が?」

「うん,まぁ,同じクラスだし」

「ですが,今まであまり関わりがなさそうでしたよね?意外ですねぇ」

「そ,そうかな.気のせいじゃない?私,降矢くんと仲良いよ」

「へぇ…」

「あ,ごめんなさい.私お昼まだなんだ,友達と約束してるから…」

「いえ,すいません,引きとめてしまって」

「ううん,それじゃあ」






放課後は,相変わらず保健室.

シェリアは俺に昼の出来事を話した.


「やっぱり,来ただろ」

「…うん」

「どうした?」

「えっとね,その,降矢くんのお身内のことだから…こんな言い方していいのか…」

「構わない,どうしたんだ?」

「私,降矢くんとの関係を聞かれて,仲が良いって答えたらすごく冷めた目をしてた,顔は笑ってたけど…」

「そうか….まぁ,アイツのことは気にするな」


竜持が態度に出すのは,俺に関わってるからだろう.

ターゲットにまではいかないが,目を付けられたのは確か.


「そうだ,シェリアの連絡先教えてくれ」


シェリアはすんなり,俺に連絡先を教えてくれた.

これで,最悪な場合はなんとかなるだろう.

続いて,今すぐにでもすべきことはコンデンサを少しでも増やすこと.


「昨日,教科書は切ったのか?」

「…少し」

「お前なぁ…,さっさと片付けとけよ」

「うん…」

「今日はとりあえず,悪戯メールを送るっていうのはどうだ?」

「悪戯?」

「そう,ネットで適当にアドレス作ってそっから一斉に悪口や嘘を書いたメールを送る」

「それって犯罪なんじゃ…」

「一回だけ,送った後にアドレスは速攻解約すればいいだろ」

「…学校のパソコンは駄目じゃない?」

「あそこは監視カメラもないから,平気だろ」


コンピュータルームで,適当にメールアドレスと文面を作って知り合いのアドに一斉送信.

ざっと送れそうな友人30人に,悪口や意味の分からない文面を送りつける.


「…どうだ?」

「ううん,反応ない」

「…これじゃ生温かったか」


メールでの悪口程度じゃ,カウントされないのか?

少しだけ待って,シェリアの携帯を見守った.

それでも鳴る気配はない.


「駄目だったみたいだな」

「やっぱり,私って分かってないと駄目なのかな」

「…こういうのは,表立ってシェリアを出すのはやめた方がいい.今回は失敗したけど,次があるだろ」

「そうだね…」


シェリアは,善意の塊みたいな奴だ.

人を傷つける事に,すごく抵抗を持ってるんだと思う.

でもそれじゃダメだ.

俺と真逆の性格だからか,目が放せない.

パソコンの電源を切って,コンピュータルームを出た.



「おや,お二人ご一緒ですか」

「あっ…降矢くん」

「竜持,凰壮…」

「シェリアさんの仰ってた通り,随分仲が良いんですね」

「へーアンタ,虎太の女?」

「やめろ,凰壮.何か用か?」

「いえ,たまたま通りかかっただけですよ.ね,凰壮くん」

「別にただの偶然だけど」


完全にマークされた俺達.

というか疑いは俺達の関係に向いてしまった.

何と答えても,誤解は避けられない遭遇.

だったら,三十六計逃げるにしかず.


「急いでるんだ.シェリア,行くぞ」

「あ,うん.さよなら,降矢くん」


シェリアを引っ張って,急いで移動した.

挨拶なんて悠長にしてる場合か!

こいつは能天気にも程がある.


「……竜持,マジで虎太とあの女ってデキてんのか?」

「まさか!…絶対何かあるはずですよ,何か…少し待ってみましょうよ」

「ただ待つなんて面倒くせぇな」

「いや,ここは慎重にいくべきでしょう.必ず綻びが出てきますから」

「へいへい」


逃げて逃げきれるものじゃない.

それでも,今の俺は逃げるという方法しか思いつかなかった.

いつか必ず真実を明かして,シェリアを助けてやろうじゃないか.

俺は悪魔で,対極にあるシェリアは天使みたいなもんだ.

だけど,忘れちゃいけないのは悪魔は三匹いるってことだよな.

俺の脳裏に過った不安は拭えないまま,ひたすらに走った.



タイムリミットまで,あと24日.




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