凰壮07


もしも魔法が使えたら,私は自分を消してしまいたい.

理由はひとつ,生きる意味を失ったからだ.

自分の生死すら,自分で決められない状況下.

私を見た人は,口を揃えて言う.

かわいそうだと.



「シェリア」

「ん…寝てた?ごめん」

「いや,こっちこそ起してごめんな」



彼もきっとそのうちの一人だと思う.

あんなに仲が良かった友人は,皆私を避けては会いにすらきてくれない.

会いに来たわずかな人間だって,腫れ物扱いして,まるで人を玩具のように.

嫌いだ,何もかも.



「顔色悪いな…?」

「そうかな?寝起きだから…不細工なだけかもよ」

「お前は可愛いよ」



嘘だ,こんなにガリガリになって,骨皮だけの身.

伸び切ってボサボサの髪の毛に,化粧すら出来ない醜い顔.

お洒落なんてかけ離れた,この白い服だって.

可愛い要素なんて,ひとつもない.



「お前は可愛い.俺が保証してやる」

「……何マジになってるの?」

「だって,今すっごく暗い顔してる」

「悪夢を見たからだよ」

「起して正解だったのか」

「…確かに」

「ちぇっ,だったらもっと早く気付いてやればよかったな」



コイツは,なんで私に優しくするんだ.

恋人ですらない,友達でもない,ただの顔見知り.



「でも,起きた時に誰かいると安心する」

「そっか」

「ありがとう」

「どいたしまして?」



降矢凰壮は,私を拒絶しない.

例えあとわずかに生きれないとしても,私がどんなに酷い事を言っても.

怒らないし,悲しまないし,私を理解したようなふりをする.



「もう少しで飯の時間だけど,食欲は?」

「あんまり,ないかな」

「まぁ無理せずにな.残しても,大丈夫だしさ」

「…毎日,同じものだから飽きちゃったな」

「ここ出たら,何でも食べたいもん奢ってやるからさ」

「出れたら,ね」



わざと棘を刺すように,私の口が動く.

だってここから出る事は不可能だ.

ここが私の死に場所になるのは,もうわかりきっている.



「絶対出るんだよ.お前がそう思わなきゃ駄目だろ」

「…うん」

「俺も付いててやるから」



私の手を握って,懸命に励ます降矢凰壮.

私と違って,確かな体温に,ゆっくりとした心臓の音が伝わってくる.

あぁ,うらやましい.

これがあれば,私はこんなところに縫い付けられることもなかっただろうに.

吐けば毒,飲み込むも毒,感情が私を真っ黒に犯していく.



「…いつかここ出たら,デートしようぜ」

「デート?」

「そう,お祝い」

「お祝い,か」



無駄だ,出られないんだもん.

祝うどころか,きっと皆早く死ねと思っているんだ.

そうすれば,金も掛からないし,厄介払いもできるから.

何度となく死にかけても,医者は私を生かす.

その度に,泣かれて,喜ばれて,何度も何度も私はいろんな感情に潰されかける.

もう懲り懲りしてるよ.



「っても…彼氏じゃないのに,おかしな話だな」

「そうだね」

「お前,恋人は?」

「いると思う?」

「あー…悪い」

「そういう貴方は?」

「いないな.彼女にしたい奴はいる」

「まさか,私だったりしてね,なんて…」



皮肉にならない,軽い冗談.

彼女が居れば,ここに来ることはないだろうから.

居ないのは知っている.

彼に居ないと言わせる質問に過ぎなかった.

答えのわかった問いに,その答えを裏切った解答が出来るもんだろうか.



「おう」

「そっか」

「…あの,それだけ?」

「それだけ」



どうせあと少ししか,一緒に過ごせないだろうし.

型に嵌めた恋人なんてものになって,この世に未練は作らないつもりだ.

第一,私は降矢凰壮のことなんてこれっぽっちも知らない.



「付き合ってとか,好きとかは言わないからさ」

「ん?」

「生きることだけ考えてほしい」

「…それで,いいの?」

「シェリアが生きてれば,それでいい」

「変なの」

「変だろ」



乾いた笑いは,この狭い部屋に響く.

笑えない冗談もあったもんだ.

私の命と,彼の恋を天秤に掛けてしまうなんて.

比べようもない,尊さを受け入れてしまうなんて.



「まぁ…考えておいてあげるよ」

「それは,どっちを?」

「どっちも」

「…ありがと」

「もし,叶わない時は…次回に期待してほしいな」

「次回?」

「そう,次回の出会いに」


降矢凰壮の,恋を私なんかの命の為に破らせてしまうのは申し訳ない.

でも,私の命を使えば必然的に彼の恋が破れてしまうのだ.

こんな一方的な重みに,私の心臓が耐えられるわけがないよ.

加速した心臓の音は,狂った機械時計と化した.

いつ止まるか,そんな不安が頭をよぎる.



「私,結構貴方のこと好きだったのかもしれない」

「曖昧だろ」

「うん,だからさ,思い出を作ろうよ.恋人になった時には」

「約束だぞ…だから絶対生きろよな」

「ん,頑張るかも」

「かもじゃなくって頑張れっての」


きっとこの胸の時計はもうすぐ止まってしまう.

顔に出さないように,降矢凰壮にわからないように,この醜い顔がはにかんでしまう.

叶わない約束なんてしてしまったが最後だ.

絶対に次回では,降矢凰壮を探し出して恋人にならないといけないだろうな.

それもいい,面白いかもしれないなんて思う自分がいる.

だけど,ひとつ侘びなければいけない.



「ご飯は,ちょっと食べられそうにないかも」

「…わかった」

「少し寝るから,後を任せても?」

「いいぜ.ゆっくり休んでくれ」



瞼を,ゆっくりと降ろして一呼吸.

リミットまであと何分だろうか,何秒だろうか.

直感的に,きっともう約束は守れない.

レッドゾーン突入.



「おやすみ,…またね」



眠って,起きることはない.

でも,今はきっと私の本意に気付かれないだろう呟きが空気に消える.

来世でも,縁があることを祈っているよ.

そう願う唇は,開かれることなく闇に飲まれた.



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -