アンハッピーコンデンサ01
最初は,面白半分.
変わった名前のアプリだと思ってインストールした.
簡単に言えば,0%のコンデンサに不幸を溜めていき,100%を目指すというゲーム.
それだけならばいいのに,このゲームは現実世界での不幸しかカウントしてくれない.
目標達成期限は,30日.
達成できなかった場合は,プレイヤーの死.
現在,ゲームを始めて4日目.
私のコンデンサにはまだ2%しか溜っていない.
「…あと,27日しかない」
このゲームは,とある掲示板で噂になっていたから検索してみた.
可愛らしいピンクの様相に相応しくない,おどろおどろしい文字.
所詮ゲームと,安易に始めてしまった.
「どうしよ…」
友達に相談すれば,冗談だろうとあしらわれてしまった.
このゲームを探すことになった元の掲示板に戻ろうとすれば,閉鎖済み.
インストールしたページにアクセスすれば,405表示で該当のページなし.
アンインストールは何度試しても駄目だった.
「はぁぁ…もう二度とアプリなんてダウンロードしないわ…」
携帯を変えてみれば,機種変を認証したというメールが届いた.
アクセス拒否にすれば,アドレスが1番違いに送られてくる.
こっちのアドレスを変えても,どうやって特定したのかそれでもメールが届くのだ.
困った,こんなに厄介なものだとは知らなかったんだ.
何よりも怖いのは,死.
このゲームを達成できなかった人が死ぬというのは,事実のようだった.
ダウンロード当初,一番最初にメールで実際に亡くなった人の写真が送られてきたのだ.
つまり,目標達成で着なければお前もこうなるぞっていう警告.
「シェリア,最近付き合い悪いよねー」
「どしたの?」
「なんでもない,またね」
こんなものを落としてしまったばっかりに,友人関係も危ない.
これじゃあこっちが不幸になってしまう.
残念ながら,自分の不幸はカウントされないのだ.
ここまで2%溜めたのは,本当に偶然のことばかりだった.
たまたま友達に借りていたCDを割ってしまったり,バイトでレジ打ちの清算金額を間違えてお釣を少なく渡してしまったり,自転車で軽い接触を起して相手がすり傷を作ってしまったりと.
不幸のカウントがされるたびに,メールが鳴る.
「…はぁ」
幾度となく溜息が零れ,携帯が手放せない.
ゲーム放棄が許されないおかげで,どんどん心の余裕は減っていっている.
誰か,助けて.
ぶっちゃけてしまうと,もう限界が近かった.
「シェリア?」
「…っ,なんだ,降矢くんか」
「顔色が悪い」
「えっあ,そう?そうかな?」
「…具合悪いなら,保健室行け」
無愛想だけど,優しい言葉.
心がボロボロになりそうな私には,とても嬉しかった.
思わず涙が零れた.
「な,なんで泣く!おい,泣きやめ!」
「ご,ごめっ…嬉しくて,ごめんなさい」
「ああもう,ちょっと来い!」
ぐいっと手を引っ張られていく,保健室.
先生は不在.
椅子に座らされて,降矢くんも正面に座った.
そして,タオルを差し出される.
「ほら,拭け」
「うん…ありがとう」
当てるように涙を叩いて,目を腫らさないようにする.
困ったように視線を逸らしている降矢くんは,どこか罰が悪そうだ.
「大丈夫か」
「うん」
「なんで泣いた?」
「…それは,その…」
「言えないことか?」
「…誰にも言わないって約束してくれる?」
「わかった」
どうやら,私の話を聞いてくれるらしい.
最初はみんなこうだ.
聞いてくれる.
だから話してみるのだ.
「アンハッピーコンデンサっていう,ゲーム知ってる?」
「いや」
「それをダウンロードしちゃって,私,あと27日で不幸を溜めないと死んじゃうの」
「は?」
驚いた降矢くんは,何がなんだかという顔をしてる.
そりゃそうだよね…現実味がないもん.
「死ぬって?」
「このアプリ,とある掲示板で名前が挙がってたの.それで…」
経緯を説明して,ゲームの内容を話した.
勿論,回避しようとして自分で行ったことも.
降矢くんはうんうんと黙って聞いてくれている.
全て話終えるときには,大きな溜息を吐かれた.
「とりあえず,状況は分かった」
「うん」
「それで,どうするんだ?」
「どうって…不幸を集めなきゃ…」
「どうやって集めるんだよ」
「それは…えっと」
それで,困っていたところに,降矢くんの優しい言葉.
思い付く手立てがないまま,死を迎えるしかないのか.
言葉に詰まっていれば,降矢くんはまた溜息を吐く.
「手伝ってやるよ」
「えっ」
「泣くほど困ってるんだろ」
「でも,そんなの…悪いよ」
「ここまで聞いておいて,見捨てるほど俺は薄情じゃない.それに,死なれても寝覚めが悪い」
「…ごめんなさい」
「謝るな.不注意とはいえど,お前も災難だったんだろ」
降矢くんの言葉は,魔法に掛けられたかのように私の心を温める.
またポロポロと零れる涙に,ぎょっとされた.
「泣くなよ!」
「ご,ごめん…嬉しくて,そんなこと言ってくれたの降矢くんが初めてだったから…」
「わかった,わかったから泣くな.俺は,女に泣かれるのは嫌いだ」
「う,うん…」
タオルでごしごしして,顔を拭った.
せっかく治まっていた腫れは,もう隠せそうにない.
現れた私の救世主は,降矢くん.
死への恐怖以外にからっぽだった心が,満たされていくのがわかった.
「ありがとう,降矢くん.よろしく,お願いします」
「おう」
彼らしい短いその返事に,すっと胸のあたりの締め付けが緩くなった.
4日ぶり笑うことを思い出した今日は,たぶん一生忘れられそうにない.