竜持06


「今日は月が綺麗ですね」

「そうだね,雲ないからくっきり見えるねぇ」


歳の差カップル,そう言わている僕達.

僕は高校生で,シェリアさんは社会人.

その差は8つ.


「めずらしく夜デートに誘うから何かと思った」

「最近,あんまり会えなかったじゃないですか…」

「寂しくなった?」


こくんと頷けば,髪を梳くように撫でてくる優しい手.

僕は,歳の割りに大人びているとかインテリとかいろいろ言われています.

それが嫌で嫌で仕方ありませんでした.

だけど,シェリアさんは違うんです.


「可愛い」

「ん…それ,気持ちいいです」

「まるで猫ね」

「普段,こういうことする人なんていませんからね」


僕を甘えさせてくれる存在.

唯一,僕を甘やかしては,優しく包み込んでくれる.

それがシェリアさんです.


「涼しいから,外で一杯どう?」

「僕飲めないんですけど」

「何言ってるの,私が飲めればそれでいいの」

「我儘ですね」

「涼しくて気持ちいい夜空の下に美女,目の前には綺麗な月,隣には酌をしてくれる美少年…これで飲まない手はないでしょ」

「美女って…」

「文句あるのー?」

「ないですけど,僕が勝手にお酌をすることになってません?」

「誰も竜持を美少年なんて言ってないけどなぁ」

「!」


この人は,どこまでも僕の一枚上手を行く人なんです.

だから,惹かれました.

追いつくことのできない絶対的存在感,そして,何よりもその深い懐.


「でもまぁ,飲む前に竜持ともっと遊んでからにしようかな」

「へっ」


唇を奪われて,視界一杯のシェリアさん.

甘ったるい匂いとは違った,洗剤のすっきりした匂い.

本人曰く,香水が嫌いなんだそうです.

僕もですけど.



「飲んだら記憶とんじゃうからね」

「だったら飲まないでくださいよ,いつも誰が介抱すると」

「竜持がしてくれるでしょー…そしてそのままお持ち帰りするくせに」

「置いて帰るわけに行きませんからね」

「はいはい,素直に飲んだ私に欲情したって認めましょうねー」

「べ,別にそういう…」

「そういうわけでしょ」

「…………はい」



ケラケラケラと品のない笑いも,シェリアさんらしい.

今までに居ない,まるで男の人のような性格の女性.

こんなことを本人に言えば,一発叩かれそうですけどね.



「でも,こんなに夜空が綺麗だとお酒買いに行くのも取りにいくのも時間が勿体ないね」

「そういうもんですか」

「そういうもんだよ」

「…じゃあ,このままここで座って空眺めます?」

「たまにはそれもいいんでないかな」


ふにゃっと笑うシェリアさんは,その場に腰を下ろして僕にも座れと言います.

ちょっと横暴だけど,こういうところも大好きです.

僕を全く宛てにしていないというか…僕があれこれ言わなくても勝手に進めちゃったりするところとか….

僕を振り回すシェリアさんが好きで好きでしょうがないんです.



「今さー…こうやって私達を見てるのはお月様だけだよね」

「まぁ…そうですね」

「見せ付けてやんない?月が嫉妬するほど,ラブラブな私達」

「…今日はもう一杯引っ掛けてきたんですか?」

「まさか!たまに会って嬉しい気持ちを表現してやろうと思って」

「なんですか,それ」

「分かってないねぇー…お子様は.会えなくて寂しかったのは,君だけじゃないってことだよ」


座ったまま,僕に身体を預けてくるシェリアさん.

重たいけど,温かさがあって,なんだか今の僕に丁度良くて.

ぎゅううっと抱き寄せれば,シェリアさんが飛びついて来て僕は後ろにひっくり返ってしまいました.

乗っかられると,重いのがよくわかります.


「失礼なこと考えてる顔してるんだけど」

「いえ…」

「うりゃあ!」

「ひいっ…ちょ,わき腹駄目ですってぇ!!!くすぐったいですよ!!」

「かーわーいーいー」

「ひー!!勘弁してくださいってば,ひゃうううああ」


本当に敵わない.

道端で転げ回った挙句,女性に馬乗りにされて,現在進行形でわき腹くすぐられて死にかけて,これがインテリのする行動だと思います?

大人びた奴が,路上でこんな目に遭うなんて思います?

思ってる貴方は今すぐ,外に出て同じ目に遭うか試してみるといいですよ.

通報されます,普通.



「いい,加減に,しなさい!」

「わああ」


ぐいっと転がるように,体勢を逆転させれば,驚いた顔.

抵抗しないと思ったら大間違いなんですけど.


「…さて,形成逆転ですね」

「そうだね」

「今度は僕の番ですけど,何か異論は?」

「…下が当たってるよ,この辺でやめておいた方がいいんじゃないのー」

「っ!」


やっぱり勝てません.

真っ赤になった僕が飛び起きるのは,すぐのことでした.

シェリアさんが,それはそれは愉快だと言わんばかりの笑みでこっちを見つめてきます.


「帰ろうか,これ以上はお月様から金取らなきゃいけないわ」

「むしろ願い下げでしょうよ」

「いいじゃないの,夜はまだ長いんだし.帰って遊んでもまだまだ朝は来ない!」

「いや,来ますからね」


手を繋いで,一緒に並んで歩く二人.

どうです,お月様,僕達に少しは嫉妬しました?

それとも,呆れて何も言えませんか.



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