滲んで汚れて洗い流して11


「…おはようございます」

「お,おはよ」


朝,私達は駅前に居た.

いつもと違うのは,私はお気に入りのワンピースを着てきたこと.

そして,慣れないメイクもして,慣れないヒールを履いていることか.

多義くんも,練習するときと違った楽な格好.

こうやって,並んで歩けばデートかな.

近くの喫茶店に入って,向かい合って座る.



「…昨日はごめんなさい」

「えっ」

「私,ずっと迷ってたの.でも,やっと心に決まったよ」

「…それって」

「私,多義くんのこと諦められないや.昨日,散々無理だって言っちゃったけど,やっぱり私は多義くんが好き」

「シェリアさん…」

「我儘なことって分かってる.自分勝手に振り回したことも本当にごめんなさい.だけど,今はもうちゃんとした答えとして,受け止めてほしいの」


カランっとコップの氷が音を立てた.

お母さんに当たって砕けろと言われた,あの声援が背中を押してくれる.


「多義くんが駄目なら,それはそれで受け入れるよ.昨日あんなに言っちゃったから,幻滅されててもおかしくないと思ってるし…」

「幻滅なんてしてませんけど…少し傷つきました」

「っ,本当にごめんなさい!」

「でも,やっと本音が聞けて嬉しいです」


謝って,許してもらえるかどうか怖かった.

傷ついたと言われた言葉は,ただただ私を深く抉っていく.

それなのに,頭を上げた私に映ったのは,ふわっとした笑顔の多義くん.


「昨日はシェリアさんが本気で僕とのことを考えてくれてるのが,すごくわかりました.僕の方こそいろいろ言って悩ませてごめんなさい」

「いや,えっと,その…」

「僕だって我儘言ったから,シェリアさんに謝りたかったんです」

「…それじゃあ,私達我儘同士だね」

「でも,結局それで良かったなぁと思ってます」

「そうだね…」



前から仲が良かったかのような雰囲気が二人を包んでいた.

私も多義くんも,やっと笑ったのだ.

まるで,今まで笑い合うことを忘れていたかのように.



「改めて言います」

「多義くん?」

「僕とお付き合いしてほしいです」

「……はい」

「…休みが終わっても?」

「多義くんが嫌じゃないなら」

「嫌なわけないでしょう…!一緒に居ていいなら,ずっと傍に居たいですもん」

「…今のはちょっと反則だよ,なんでそんな可愛いこと言うかな」

「可愛いって言わないでくださいよ,真剣なんですから」

「ごめんごめん,嬉しくって」



カラカラと笑う二人に注がれた視線は,案外冷たいと感じることはなかった.

真実は隠せるし,バレても二人なら平気かもしれないと,どこか安堵しているのだ.

私達だけのこの秘密は,まるで混ざり合ったこのミルクとコーヒーのように,どこまでも甘さと苦さを残す.


「さて,今後のことを少しお話してもいい?」

「はい」


コップの周りに付いた水が,机に滲んでいた.

氷が溶けてたいぶ小さくなっている.



「やっぱりね,ちゃんと多義くんのご家族には話したいんだ.恋人関係になったなら」

「…僕の,ですか?」

「うん.反対されるかもしれないけど,挨拶したいの」

「別にそこまでしなくても…」

「けじめ,ちゃんとつけたいから.うちの親はともかく,多義くんのご両親には事情を知っておいてもらいたい」

「わかりました,そういうことなら…」

「ありがとう,ご家族の誰か都合のいい日にまた連絡してもらえれば行くから」

「はい」


味方になってくれる保証はない.

ましてや反対されるかもしれない.

それでも,これは私なりに考えたことだ.

多義くんのご家族の了承を得る,または関係を知ってもらっておくことは,今後にも大きく関わるし.


「…それと,もういっこだけなんだけど」

「なんでしょうか?」

「こ,恋人になったらさ,やっぱり以前よりスキンシップが増えるわけでしょう?」

「…だ,駄目ですか?」

「ううん!違うの!そうじゃなくてね…なんていうか…あの…えっと…」


最も大事なことなのに,言葉が出てこない.

私だってある意味思春期なんだから,恥じらいはある.

でも大事なことなのだ,話さないわけにもいかない.


「大丈夫ですか?ゆっくりでいいですから…」

「ありがと,なんていうか…言葉を選びきれなくて」

「遠慮しないでいいのに…」

「あの,なんていうか…私達一応お付き合いはしてるけど,そういうコトはまだナシな関係でいたいなって…」

「そういうこと?」

「…あの,清いお付き合いをしましょうっていうか…なんていうか」

「あ…っ」


最後の一言で伝わったのか,多義くんの頬が少し赤くなった.

別に,セックスと伝えるのは恥ずかしくなかったけど,多義くんに直接言っていいのか迷って言葉を選んだつもりだ.

彼だって男の子なのだ.

小6ならばもう性教育もあっただろうし,意味は分かっているとは思う.


「…いきなりこんなこと言ったら引くかもしれないけど,ちゃんと約束しておきたくて」

「そ,そう…ですね」

「勿論一生とかそういうわけじゃないし,あくまで今はって意味だよ.それに,私自身は別に必要な時が来ればそれはそれでいいと思う」

「…っ!」

「ちょっと露骨過ぎて恥ずかしいかもしれないけど,ちゃんと聞いてくれる?」

「はい…」

「セックスのときにいくら避妊したってね,ゴムは100%じゃないし,ピルはあんまり良くないし,私達は今子供ができたとしても育てられないんだよ」

「はい…」

「自分で言うのもおこがましいけどさ,もし,多義くんが少しでも私を想ってくれるなら自分でそういう全てを受け入れる覚悟が出来るまでセックスは待ってほしい」

「も,勿論です!約束します」

「ありがとう.それだけはちゃんと言っておきたかったから」

「…すいません,変に気を遣わせてしまって」

「いや,健全な男子なら絶対通る道なんだよ.むしろ言うのが早いかもって思ったんだけどね」



氷が溶けて水味が増したコーヒーを飲みほした.

こっちも恥ずかしいが,多義くんも恥ずかしいだろう.

それでも,私はそういうのはちゃんと分別しておきたいのだ.

ただ,これを伝えた上で多義くんが受け入れてくれたのは嬉しかった.



「そうだ,シェリアさんのご両親にも僕お会いしたいです」

「えっ」

「ほら,やっぱりご挨拶したいですし」

「結婚じゃないんだから,うちはいいよ」

「…ずるいですよ」



ぷくっとふくれる多義くんが可愛い.

つつきたい頬に手を伸ばそうとしたら,その手を捕まれてしまった.

あ,悪戯っ子の顔だ.



「僕だって,シェリアさんのご両親に挨拶したいです…」


そう言って指にちゅっとキスするもんだから,驚いて目をかっ開いてしまった.

なにこの子,天然でこういうことしてるならタチが悪いぞ.

ただでその笑顔や声,仕草に弱いのに.



「…多義くんのご両親に会ったあとでね」

「約束ですよ?」

「うん,ちゃんと紹介する」



小指を絡ませて,小さな約束を交わす.

それから,しばらく談笑したあとに,喫茶店を出た.

あとは,本当に恋人がするようなありきたりなデートをしただけだ.

何もないけれど,手を繋いだり,買い物したり,小さな思い出が増えていく.

帰りは一緒に電車に乗って,多義くんの肩を借りた.

私は,ひとつひとつ思い出してはこぼれる笑みに,小さな幸せを感じて瞼を閉じた.



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