虎太06


「お前,ほんっとよく食うな」

「お腹すいてるんだからしょうがないでしょ」


そう言った俺の横で,昼食中のシェリアはパンに手を伸ばしたところだ.


「だからって,普通の男子中学生の倍…いやそれ以上食べてるぞ?」

「そりゃあ,お腹がすいてるから」

「もはや理由になってねぇ」


コイツの食ってるものといえば,確認しただけでカップ麺2つ,おにぎり7つ,そして今4つめのパンを平らげたところだ.

よくあの細っこい身体に入るもんだな.


「…ねぇ虎太ちゃん」

「ん?」

「さっきから見てるだけで全然食べてないよ?」

「お前見てたらこっちが腹いっぱいになる.いいんだよ,俺はそれで」


コイツは俺の事を虎太ちゃんと呼ぶ.

他のやつがそんなこと言えば,速攻ブチのめすが.

シェリアだから許す.


「虎太ちゃんさぁ…もっとバランスよく食べなきゃ病気になっちゃうよ?」

「俺は大丈夫だ.むしろお前の方が心配なんだが」

「なんで?」

「そんなに食ってばっかだと太るぞ」

「うっ…そうかな…私デブになっちゃってる?」


コイツを見ても,別に一般的な体型だとは思う.

出てるところはそこそこだし,締ってる所は細い.

だからと言って,胸に栄養が偏っていることもないが.


「体重は?」

「そんなに重くないよ?」

「どれ…」


シェリアを抱え上げる.

ふわっと持ち上げれば,その軽さがいとも簡単に分かった.

これなら標準くらいの体重だろうか.


「お前,なんであんなに食ってこんなに軽いんだよ」

「わからないけど…体質じゃないかなぁ」

「信じらんねぇ…いつもどんくらい食ってるんだ?」

「えっとねぇ,昨日のだと朝が食パン2斤とご飯4杯に,それから目玉焼きとピザトースト3枚…で」

「朝だけでかよ!?」

「そうだよ?お昼はねぇ,お弁当でしょ?それと購買でパン12個買っちゃった!あとね,デザートにミルクプリンと苺ヨーグルト!」

「…それで昨日あんなにパン抱えてたのか」

「夜がお肉とお魚4匹とサラダをボウルに食べて,ご飯は6杯かな.それとスパゲティが美味しくて4回もおかわりしちゃった」

「肉のサイズはどのくらいだ?」

「お母さんは4キロって言ってたかな?弟が残しちゃった分も食べちゃったからそれよりちょっと大めかも」

「胸焼けがしそうだ…よく食えるな,最早超人だと思う」


そう話している間も彼女のお重のお弁当箱が空になっていく.

確実に俺の1週間分…よりは多いくらいの食事量だった.

俺が多少人より食ってたとしても,1週間以上だぞ!?


「お前どんだけ胃に詰め込めるんだ?」

「わからないよ〜!そんなのどうやったらわかるの?」

「大食いコンテストでも言ってみりゃわかるんじゃないか?」


そういえば監督がそんな店があったと言っていたのを聞いたことある.

物は試しだ,連れて行ってみることにした.






「へぇ!ここかぁ…美味しそうだね!」

「いらっしゃい,ご注文は?」

「あー…コイツを大食いのコンテストのやつに参加させたい」

「このお嬢ちゃんがかい?」

「ねぇ虎太ちゃんおごってくれるの?」

「いや,タダメシだ.お前がコンテスト記録塗り替えればだが」

「そっかー」


間延びした言葉が,のんきな彼女の性格そのままの声だった.

ルールは簡単だ.

前の記録の保持者の食った量を制限時間内に超えることだ.

制限時間は3時間.


「前の記録が22杯みたいだ,いけるか?」

「へぇ〜…メニューは決まってるの?」

「あそこのかけてある種類のラーメンを一通り順番に出すんだ.最後の特盛りまで行けば完全制覇ってことで,うちの食事は金輪際タダにしてやろうって決めてるのさ」


おっさんはにやっと笑う.

シェリアはそれを聞いてニコニコしながら頷いた.

わぁい楽しみ!だなんて,緊張感がないな.


「じゃあ最初のラーメンを作るから準備してな」


「はーい!ね,虎太ちゃんもやるの?」

「俺はいい.お前の応援しててやるから全部食え」

「うん!頑張るよ!」


シェリアは箸を持って運ばれてきたラーメンと見つめ合った.

出来たて熱々だが,シェリアは気にしている様子もない.

おっさんが合図をして,ストップウォッチが押された.


「いただきまーす!」


シェリアはつるつるっとラーメンを食べる.

一口はそんなに大きくない.

間に合うか…こんなペースで?


「美味しいなぁ」

「もっと早く食べないと間に合わないかもしれない」

「ホント?このペースでいいかなって思って少しセーブしてるんだけど,本気,出しちゃおうかな」

「え…?」


そう言うと,シェリアは一回に箸で掬う麺をの量を多くして一気にぺろりと食べてしまった.

ラーメンは5口で完食されて,スープも全部に飲み干された.


「次は?」

「よ…用意してあるぞ!」


おっさんが次のラーメンをシェリアの前に置く.

それをものともせずにシェリアはまた5口で食べきってしまった.


「このチャーシュー美味しい!」

「まぁまだ次で3杯目だ…これからが厳しいぞ」


次々にラーメンを出すが,シェリアのペースは一向に落ちない.

むしろ加速する勢いで,空になった皿が積み重なっていく.

俺もおっさんも目が点になるほどの脅威だった.



「これで記録に並ぶぞ?そろそろ限界なんじゃないか?」

「わぁ…とんこつだぁ!私こってりしたの好きだな」


どこかネジのとんだコイツの頭の中は,おそらく食うことで一杯なのだろう.

シェリアはなんの躊躇もなしに平らげる.

俺はもう気持ち悪くなっていた.

そして同時にシェリアは真性のバケモンだと思った.


「き,記録更新だ…!次はまだ…挑戦するか?」

「もちろん!」



その言葉に,おっさんは目を見開いていた.

そして,声の上擦りからその動揺は伝わってきた.



「わーいおいしいなー!」

「「…」」

「これでタダなんて、幸せ!」

「「…」」

「このスープすごく美味しい!あっさり系もいいなぁ…!」

「…」

「…グズッ」



その後もシェリアは,並べられたメニューを残すことなく食べきった.

休憩することのないまま.

残るはひとつ,特盛りだ.


「これでどうだ!うちの看板メニューだ!」


おっさんがどんっとおいたラーメンは通常の5倍以上はあるサイズのどんぶりに詰まれた麺が見えるラーメンだった.

こんなの普通に頼んでも食えるわけねぇ!


「すっごい!いっただきまーす!」


シェリアは目を輝かせて箸を動かした.




「「……!!!!」」

「ご馳走さま!」

「あ,ありえねぇ…お前…」

「はっ!時間だ!時間を見るのを忘れていた…なっ!?」


ストップウォッチはまた1時間24分48秒.

3時間には達していないし,まだ半分くらいの時間が残っている.


「おじさん,さっきのとんこつのやつもう一つもらっていい?」

「おえっ…もう気持ち悪くて見るのが辛い…」

「それとね,この特盛りももうひとつね!えーっと,チャーシュー多めに!」


まだ食うつもりなのかよ!!!

おっさんが泣きそうだ.

厨房ですすり泣く声を響かせながらラーメンを作っている.


「お待ちどうさん…」

「いただきます!うん,やっぱり作りたては美味しいね」


まるで,今まで何も食べてなかったかのように箸は軽快に動く.

コイツ…純正のフードファイターを名乗れるんじゃないか!?

食ってる量が明らかに,自分の体重より重いんじゃないかと疑うくらいだ.



「ふぅっごちそうさまー!」

「完敗だ…お嬢ちゃん,アンタ一体…」

「中学生ですけど?」

「シェリア,もう満足したか…?」

「うーん…麺類ばっかりだったからちょっと甘いもの食べたくなっちゃったな」

「「!!!」」


おっさんも俺も言葉を失った.

マジなのか?

マジで言ってるのか!

冗談にしては笑えないんだけどな.


「この近くにね,1時間2000円でスイーツの食べ放題があるんだ!虎太ちゃん,そこ行こう」

「いや…いい」

「私おごるから,駄目?」

「いや,勘弁してくれ」

「…だって物足りないんだもん!久々に食事制限なしで食べたら止まんないんだって!」

「食事制限してあんだけ食ってるのに,お前のフルパワー信じられん!これ以上は俺が限界だ!」


甘いものの食べ放題なんか行ったら,コイツ店のもん全部食ってしまいそうだ.

ふざけんな,俺の方がゲロ吐きそうだぞ!


「…そっかぁ,じゃあ我慢するよ…」

「今度また付き合ってやるから」

「うん!おじさん,ごちそうさま.また来るね!」

「…あぁ」


店を後にして帰路に着く.

だがその前にシェリアを抱えてみた.


「わぁ!?」

「…あ、りぇねぇ…。」


ひょいっと抱えればそのまま,軽々しく持ち上がる。

自分でもおかしいと思わずにはいられない,物理法則を無視したかのような軽さ.


「重い?」

「いや、全く…」


質量還元がおかしいと思う.

コイツの胃はブラックホールなんだろうか?

宇宙に繋がってるのか…それなら納得できそうだ.



「今日はありがとね!虎太ちゃん!」

「…こちらこそ,まぁ奢らなくてすんだし礼を言われるようなことはしてないな」

「一緒に出かけてくれるなんてデートみたいで嬉しかったの!また行こうね?」

「っ,そんな可愛いことを言ってると襲うぞ」

「あー照れてるな!そんな悪態ついちゃ駄目なんだからね!食べちゃうぞ?」


コイツが言えば,本気に聞えるのは俺だけか.

マジで食われる気がした.


「美味しいそうだよねぇ…虎太ちゃんって」

「おいおい,冗談はよせ」

「へへへー…いただきまぁす!」


隣を歩いていたシェリアに,カプっと唇を奪われた.

不意打ち…だと!


「ガム食べてた?甘いね,ごちそうさまでした」

「っ…!!!」

彼女に食べられないものはないらしい.

最後の最後で俺の心を,まるまる飲み込んだ.



―好きな人の胃を掴むよりも,まず自分の胃に収めましょう―



(よく考えれば,コイツと結婚したら食費だけで破産するんじゃ…)

(今日のお店美味しかったからまた行こうっと…)

(もしそうなれば俺がしっかり稼がなきゃ…!コイツを養っていかなきゃいけないんだから…)

(…虎太ちゃん何考えてるんだろう?さっきからひとりでブツブツと…変な虎太ちゃん…)



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