虎太05


今日は悪天候で部活は中止になった.

おまけに傘を忘れるという失態,ため息が漏れる.


「あれ?めずらしいね,降矢が放課後ここにいるなんて」

「今日は部活が中止になった」

「この雨だもんね….サッカー部だっけ?」

「あぁ」

「というか,降矢は驚かないんだ?私が話しかけてもさ」

「…あ」

話しかけてきたのはクラスでも浮いているシェリア.

付き合いの悪さや,弁の立つことから皆から距離を置かれてる.

頭の中は雨のことでいっぱいで,正直全くそんな事を忘れて会話をしていた.


「ごめん,せっかく話相手してくれてたのに気を遣わせたならごめんね」

「いや…こっちこそすまない」


シェリアが急に謝ったので少し戸惑う.

噂とは違った,彼女にこんな一面があるなんて知らなかったからだ.


「外にいたのか?」


よく見れば,彼女はずぶ濡れとまではいかないが雨に打たれたような格好をしていた.

床に滴る雫からどうみても,髪がぬれているのが分かる.


「…いたよ.屋上で転がってた」

「雨の中か?」

「私,雨が好きなの.ぜーんぶ,洗い流すようにさ…自分を洗ってくれるし」

「風邪を引くぞ」

「いいんだよ,別に誰も困らないから.うち,親も放任主義だし」

「そうなのか…」


思えば,シェリアとこんなに話したのは初めてだ.

口調は確かに普通の女子よりキツイかもしれないが,言ってることは普通だった.

なんであんなに嫌われるのか,俺にはわからない.


「…空気悪くなるでしょ?私と話してると」

「え…?」

「会話の返答に困ることばっかり言うから面倒じゃない?」

「別にそうでもない….でも,確かにそういわれればそうかもしれない」

「自覚してるのに直さない当たりは,ひねくれてるってことなんだろうなー」


自分の席に帰ったシェリアは,タオルで髪を乾かしていた.

俺はそれで会話が終わったのかと思った.


「……降矢はね,私と同じような考えの持ち主だと思うんだ」

「え?」

「…壁にぶつかって,絶望にのめり込むタイプ」

「俺がまるで臆病で根暗みたいだな」

「…そう聞えるかもしれないけど…でもね,私はそのそっちのほうが好き」


失礼な事を言ってるけど,シェリアは至って真面目に言っている.

窓の外を見ながらうつろな瞳をしていた.

俺は,そんなことを言われて返事に困った.


「…君はきっとこっち側に来るべき人間なのに」

「こっち側…?」

「なんでもないよ,気にしないで」

「…わかった」

「私そろそろ帰るね,じゃあまた」


シェリアがふっと笑って,教室を出て行く.

不思議な余韻だけが残されて,俺はどうすることもなくその雰囲気に飲まれていた.

そして,その翌日からシェリアは学校に来なくなった.





それから,あっという間に俺から彼女のこと記憶は消えて行く.

最初は少し気になったが,どうすることも出来ないのはわかっていた.

だからすぐさま俺の記憶は薄れていったのだ.





だが,ある日,土砂降り雨を見て,ふとシェリアの事が思い浮かんだ.

なぜ彼女はあんな事を言って消えてしまったんだろう,と.


「…なぁ凰壮,前にシェリアっていただろ?」

「あー…いたっけ?たしか,変わった女子だったよな?」

「アイツ,どうなったのか知らないか?」

「さぁな…先生とか仲のいい子に聞いてみたらどうだ?」

「そうか」


シェリアと仲のいい子…そんなの思い当たらない.

となると先生を頼るのが一番早い.

好奇心からか,俺は職員室の戸を叩いて先生に詰問する.


「シェリア?あぁ,シェリアは…」


職員室で聞いた衝撃の事実.

シェリアは,重い精神的な病気だったらしい.

今は病院で入院生活を送っているそうだ.


「…そうですか,ありがとうございました」


放課後俺は,先生に教えてもらった病院に足を運んでいた.

本当なら駄目なんだろうけれど,友達なのに連絡が取れないから心配していたと嘘を吐いて教えてもらった.


「…ここが精神科か」


看護師さんに聞けば,少しだけならと,彼女に面会を許してもらった.

案内された部屋で,俺が見たのはあの人同じうつろな目をした彼女だった.

身体は以前より細くて顔色も真っ白だ.


「…シェリア」

「やぁ,降矢…何か用事かな?」

「勝手に来てごめんな」

「いいよ,気にしないで.退屈だったんだ」

「痩せたな」

「痩せたのに着替えるのが入院着ばっかりでつまんないよ」


彼女はうっすらと笑っている.

その光を宿さない目で,俺を見て微笑んでいた.


「具合はどうなんだ?」

「ここ精神科だよ?身体は至って元気だけど」

「…ごめん」

「気にしないでいいよ.なんで私がここに入ってるか知ってる?」

「いや…」

「私ね,レイプされてからおかしくなっちゃったの」

「!」

「降矢と初めて話したあの日の少し前に,夜塾の帰り,知らない連中にレイプされてね」


シェリアの言葉に,俺は後悔した.

こんなところに来てはいけなかった,と.

彼女の傷を抉りにきたようなものだった.


「なんかね,死にたくなっちゃって,どうでもよくなっちゃった.おまけに,中に出されたもんだから…最悪身篭っちゃう可能性もあるとかでさ,最悪」


俺はベットの側にあるイスに座った.

シェリアは淡々と続ける.


「私はね,両親に見捨てられてこの病院に収容されてる」

「…そうか」

「出たら死のうとするから外に出ることも許されなくて,窓から人の自由を眺めるだけ」

「泣いてるのか…?」

「泣いてないよ.泣くなんて勿体無いでしょ.泣く意味がわからない」


彼女は俺を見ていたが,瞳を逸らしてまた窓の外を眺めていた.

これだけ高い階だと,外が一望できるだろう.

空は夕暮れ時,雲が厚くなって一雨来そうだ.


「雨降ればいいのに」


シェリアはそう呟いて,カーテンを閉めた.


「私雨が好きなの」


あの時のようにシェリアは言う.


「俺は嫌いだ.部活も出来ないし,寒い」

「一生分かりあえそうにないなぁ,降矢とは」

「そんなことないだろ…もっとちゃんと…「もう帰った方がいいよ?本当に雨が降りそうだし」」


もっとちゃんと会話して,いろんなことを知れば…和解できると続けたかった.

だが,シェリアがそれを許さない.


「退屈しのぎにはなったけど…もう二度と来ないでね」


そう言われれば,なぜか心が少し痛んだ.

彼女は彼女なりに辛いんだろう.

俺が,その苦しみを理解してやれないから.


「…じゃ,また来る」

「…そう」


二度と来るなといわれて,俺はまた来ると答えてしまった.

別に皮肉でもなんでもない,すとんと言葉に出てしまったのだ.

シェリアは細く笑んで,俺を送り出した.



「ごめん,降矢」


誰もいなくなった病室で呟かれた一言を誰も知らない.

帰る途中から振り出した夕立が止む事もないまま,そのまま朝が来る.






「降矢,少しいいか?」

「はい」


廊下で俺を呼び止めた先生が小さな声で呟いた.


「…シェリアが昨日亡くなったらしい」

「え?!」

「…病室から勝手に抜け出して,屋上に倒れていたんだそうだ」

「ッ…それで彼女は?」

「親御さんに見放されていたようで誰も遺体の引き取り手がなくてな…」


彼女が言っていたことは本当らしい.

子供を見捨てる親がいるなんて….


「今はまだ病院に安置してあるらしいが…」


俺は思わず学校を飛び出して病院に走った.

何故だか,未だに彼女の死が信じられない.

昨日会ったのに.

また来るって言ったとき,彼女は笑っていたのに!



「嘘だろ…」


静かな部屋で横たわっていたのは動かないシェリアだった.

部屋には親も,親戚も,誰も居ない.

看護士さんが一人,シェリアの担当さんらしい.


「…屋上で仰向けになって倒れていたの.私がもっと早く気付けば…!」


看護師さんは泣いていた.


「シェリアは,雨に打たれたかったんですよ.彼女,雨が好きだから」


ひんやりとした彼女に触れると,俺は涙を流した.

そんなに仲のよかったわけでもなかったはずなのに,なぜか涙が止まらなかった.


「ごめんな,全然分かってやれなくて」


彼女から返事があるはずもなく,俺はただ何度も謝った.

誰にも理解されないままだなんて,悲しすぎて.

泣かなかったシェリアの分まで泣いた.




思えば不思議なもんだ.

彼女の言葉が…懐かしく蘇ってくる.

俺は彼女を救えなかった後悔を引きずっていくのだろう.



俺は雨が嫌いだ.

シェリアの好きな雨が,俺のこの後悔を洗ってくれる日がいつかくるのだろうか.

そんな日が来ることを願いながら,俺は雨を恨んだ.



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