滲んで汚れて洗い流して08


多義くんが好きだ.

でも私は彼よりも歳が多い,彼よりも早く生まれてしまった.

そんなことを恋を諦める理由にするなんてくだらないという人はたくさんいる.


「シェリアさん?」

「…ぁっぃ……」

「シェリアさん!」

「はうわぁっ」

「ぼーっとしてましたよ?」

「ご,ごめん…考え事」

「最近,ずっとですよね…」

「ホントにごめん!何やってるんだろうね,私ってば…」

「辛いなら,無理に練習に付き合ってくれなくてもいいんですよ?」

「そんなことないない!全然平気だもん!」


事実,一緒に居たいと思うのは,この心にあった.

一秒でもいいから,早く会いたいと思ってここに来ている.

そして,一秒でもいいから長く一緒にいたいと思ってここに残っているのだ.

それが多義くんにどう映っているのかはわからないけれど.


「集中力なさすぎて,最近のシェリアさんはあんまり見ててくれませんよね」

「…ごめんなさい」

「僕ばっかり,シェリアさんを見てるみたいで…」

「えっ」

「…前は,あんなに楽しそうだったのに,笑わなくなったし…」

「そういうつもりじゃ…!」


小学生に心配されるなんて,恥ずかしい限りだ.

というか,見てないようでしっかり見られていたことに驚いた.

私…酷い顔してるんだろうなぁ.


「シェリアさん,無理してませんか?」

「してないよ」

「嘘だ」

「本当だよ…」

「じゃあ,そんな顔しないでくださいよ…僕と居ると楽しくないですか?」

「まさか!」


逆なのだ,秒速で加速する多義くんへの想いが私を縛っている.

苦しいのだ,彼が好きだからこそ.

叶わないと分かっている恋を続けているのが,辛い.

一緒にいれることは嬉しいのに,ときどき胸が張り裂けそうになってしまう.


「僕は,シェリアさんのことが心配で溜りません」

「心配かけてごめん,でも大丈夫だよ」

「シェリアさんにとって,僕ってそんなに頼りないですか?」


多義くんが,こんなに噛み付いてくるのは初めてだ.

いつもなら引き下がって,そうですか,って言うのに.

少し怒ったように私を見ている.


「僕が小学生だから!子供だから「違う!!」」


多義くんの言葉は,私に深く突き刺さった.

今の私に,多義くんから言ってほしくない言葉だ.

君にまでそんなことを言われたら,私の想いは方向を失う.


「私は,多義くんのことを子供だからとか…小学生だからとか,そういう目で見たくない」

「シェリアさん…」

「逆なんだよ……私の方が歳が多いのに,高校生のくせにって…情けないの!こんなこと心配させたりしてさ,最後まで支えるって言ったのに…」


苛立ちは,全部自分に非がある.

彼は小学生だ,私は高校生だ,と線引きしているのは事実.

だけど,彼が小学生であることを不満に思ったことなんてない.

私が高校生であることを呪うばかりなのだ.

あと数年若ければ良かった,そう思わないわけがない.



「だったら…頼ってくださいよ…」

「でも…」

「シェリアさんは自分に厳しすぎます.だったら,少しくらい人に甘えてください」

「…多義くん,ありがとう」

「お礼が聞きたいわけじゃないんですよ僕は!シェリアさんは,何も分かってない!」



多義くんがボールを地面に投げた.

彼がこんなに怒っているのは,初めて見た.

背の高い彼に睨まれて,ましてや好きな人に睨まれて恐怖を抱かないわけがない.

声が震えるのを堪えた.



「…ご,ごめんなさ…」

「僕は,シェリアさんが好きです.これは,尊敬とか,信頼とか,そういうんじゃありません!」

「た,多義くん?」

「ねぇ,シェリアさんは知ってたんですよね?気付いてたんですよね?」

「なんの,こと…」

「僕の気持ちも,僕の好きな人も,僕があの日キスしたことも!」


火のついたように,多義くんの想いは止まらない.

私には,止め方がわからなかった.

知っていたとしても,わかっていたとしても,私がそれをどう受け止めていたのか多義くんはわかってない.

お互いに,知らない事ばっかり.




「…知ってたよ」

「!」

「確信はなかったけど,なんとなく分かってた」



多義くんの,揺れる目に吸い込まれそうになる.

だけど,ここで警戒を解くわけにはいかないのだ.

だって,私達は絶対に恋人になんてなれない.

彼は小学生で,私は高校生.

壁がある.



「多義くん,私もね,多義くんのこと好きだよ」

「シェリアさん…なら,どうして…?」

「でも,私は高校生で多義くんは小学生.これって,許されることじゃないんだ」

「そんなの,誰が決めたことでもないです!」

「一緒になって辛いのは多義くんだから,私は言ってるの!!わかってよ…お願いだから…もう,これ以上私の心をかき乱さないでよ…」



膝から崩れ落ちた私は,顔を手で覆っていた.

見られたくない,こんな顔を.

彼からの告白に何より喜んだ心は,今既に悲しみに溢れた.

幸せなピンクをいとも簡単に滲ませて白に戻していく.



「お願い,これ以上君のことを好きになりたくないよ…」

「…ごめんなさい,泣かないでください.ごめんなさい!シェリアさん…!!」

「ごめんね,ごめん…大好きだよ,嫌いになれないでごめん…」



ふわり,肩からすっぽり抱き閉められてから,多義くんの温もりが伝わってくる.

彼も私も涙でボロボロ.

泣けなかった心同士が共鳴したように,感情を溢れさせていく.

二人が涙がグランドを汚していった.



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