凰壮04


最近のブーム,それは図書館に通うこと.

内容は,とある女子を観察.

ほぼ毎日になりつつある俺のその行動に,竜持のこめかみに皺が現れはじめたころ.


「いい加減,用もないのに図書館に来ないでほしいんですが」


図書委員をやっている竜持は,本を借りもしないで座っている俺に苦言を呈す.

だって,ここに俺は本を読みに来ているわけじゃない.

あくまで,ある女子生徒を眺めているだけで満足なんだ.

広いグランドを一望できる特等席に座り,難しそうな本を読む女の子.

赤いフレーム眼鏡に,肩の所でゆるく束ねられた髪,白い肌に,ぷっくりした口元.

まさに,俺のど真ん中だった.



「彼女のこと,気になるなら話掛ければいいじゃないですか」


そんなことできるわけがない!

俺は,彼女と面識はないし,ましてや名前も知らない.

何より,俺の中で勝手に彼女の性格を確立して作り上げてしまっているのだ.

まさに理想を追求しすぎて,彼女の妄想だけでお腹一杯になれる程度には恋しちゃっている.


「…他の利用者に迷惑にならないようにしてください」


何を言っても聞かない俺に,竜持は見放したような一言を言って席を立った.

うっせー,図書館で騒いで彼女に見つかったら恥ずかしいだろ.

そんなことできねぇよ.

今日もこうして,彼女の読書をする静かな姿勢を眺めて帰った.





翌日,また俺は同じように図書館を訪れていた.

いつもの席を眺めれば,いつものように彼女が座っている.

あ,今日は三つ編みにしてある.

似合うな.

しばらく,見つめていれば,ふいに彼女がこっちを向いた.

目が合ってはまずいので,とっさに右を向いた.

竜持がいる.


「…見てますよ,彼女」

「…知ってる」

「手ぐらい振ったらどうですか」

「そんなことできるかよ」

「…凰壮くん,僕少し用事があるんでカウンター代わってくれませんか」

「何すればいいんだ」

「返却する本を受け取ってリストにチェックするのと,貸し出し時には後ろのカードを抜いて名前を書いてもらうだけです」


俺と違って多忙な竜持は,いろんなところから声が掛かっているようだ.

暇なので,カウンターに座って彼女を見つめる.

ばれないように,ときどき視線を散らせながら.





しばらくは誰も来なかったが,閉館時間が近づくと人が雪崩込んできた.

意外に忙しいこの仕事.

一人でやるには辛いんだな,と実感.

もたつけば悪態をつかれ,急げばミスをするなんて素人にとってはしょうがない.

やっと集団が去る頃には,ほとんど人はいなかった.


「…つかれた」


一息ついて,肩の力を抜く.

窓際の彼女はいない.

帰ったのだろうか.



「…お疲れ様です,貸し出しいいですか」



柔らかな声が降りかかり,俺は正面に視線を戻した.

長い三つ編みを揺らす,赤フレームの眼鏡.

思わず,返事を忘れて魅入る.



「…あの,大丈夫ですか」

「っ,ごめん,ぼーっとしてた…ごめん!」

「いえ.これとこれ,お願いします」


本を差し出されて,受け取った.

後ろのカードを抜いて,名前の記入をお願いすれば,鉛筆で軽くサイン.

筆記体で書かれたサインは,読むのが難しそうだ.


「…なにか?」


凝視していれば,聞き返されて慌てた.

思わずなんでもないですと大きく首を振った.

赤眼鏡ちゃんは,そうですかと軽く返す.


「返却日は来週のえーっと…」

「水曜でしょう」

「あ,そうそう.はは…」

「今日はいつもの人じゃないんですね.図書委員ははじめてなんですか?」

「えーっと…竜持…は,ちょっと用事があって代理みたいな」

「そうですか」


借りる本を渡して,変わりにカードを貰う.

帰ろうとした彼女に,軽く言葉を投げかけてみた.


「あの,いつも図書館にいるよね?」


一度後ろを向いた彼女は,またこっちを向いてゆっくりと答える.


「…貴方もでしょう」

「あー…えーっと…」

「…本も読まずに,キョロキョロしてる変な人…違います?」

「…………知ってたんだ」


赤眼鏡ちゃんは,少しツンとした感じの印象を受けた.

俺のイメージとはちょっと違うけど,新たな一面に,妄想カテゴリが追加される.

勿論,ツンデレ.


「こちらの受付さんと仲が良さそうなのだけは見てわかりました」

「あれ,俺の兄貴なんだ.同い年だけど」

「…双子さんですか」

「いや,三つ子.あいつの他にもう一人同い年の兄がいる」

「へぇ」


閉館時間を知らせるチャイムまで,あと10分.

思わず会話が続いていることに嬉しくなったが,ここはポーカーフェイス.

ニヤニヤした顔見られたら,引かれそうだし.


「名前…これ,なんて読むの?英語の筆記体…すっげー」

「シェリア,ですよ.最近は授業で習わないから,読めない人も多いみたいですね」

「そっか,シェリアちゃんってのか」

「……ちゃん?」


言ってしまったときには,ちょっと後悔.

赤眼鏡がキラっと光ったように見える.

睨まれてる?あれ?


「あ,馴れ馴れしくてごめんな」

「…いえ」

「良い名前じゃん」

「それはどうも」

「明日もここ来るの?」

「その予定ですが,何か?」

「いいや,いつも来てるから明日もかなぁって思ってさ」

「いけませんか?」

「まさか!そんなわけないない!」


シェリアちゃんはツンデレなのもあるが,少々淡白なのかもしれない.

嫌々でも俺を無視して帰られない辺りはクーデレか…これはまた新カテゴリだな.

カウンター越しとはいえ,なんだか一気に距離が縮まった気がした.

むしろ,仲良くなったような気分である.

だが如何せん会話が続かない.



「あのさ,赤色好き?」

「は?」



思いついた一言は,これである.



「嫌いではないです」

「俺のパーソナルカラーが赤なんだ」

「そうですか」

「眼鏡も,リボンも,鞄のそれも赤だから好きなのかなって思って」

「嫌いではないです」

「そ,そっか」

「…が,訂正します.好きな色ですよ,赤色は」

「ん?」


シェリアちゃんは,ちょっと斜め下を見ながら答えた.

同じ色が好きってだけでこうも嬉しいとは.

やっべー俺,マジ何やってんだってくらいに気持ち悪いけど,すっげー楽しい.


「私からも,いいですか?」

「うん」

「本の虫な女の子って好きですか?」

「…へっ?」

「…あ,やっぱりいいです」

「あ,いや,良いと思うぜ!俺は本あんま読まいけど,そういう女子嫌いじゃない!というか…好きかなー…」


というか貴女が好きですマイエンジェル.

そう続けたかったが,これも自重.

キャラじゃないしな.


「…わかりました,回答ありがとうございます」

「いえいえ」

「それじゃあ,そろそろ失礼します.さようなら,降矢くん」

「あ,またな!バイバイシェリアちゃん!」


シェリアちゃんは時計をちらっと見て,俺に頭を下げる.

そして図書館から出て行った.

ていうか,俺…シェリアちゃんに名乗ったっけ…?

俺の名前を知っていた…!?

無駄のないそのしなやかな動きとナチュラルに名前を呼ばれたことで,俺の中ではもう天使以上の天使の中の天使としか思えなかった.



「…っくぅうううううめっちゃかわええええ「うるさいですよ」えええ!!」



思わず出た声を遮る,聞き覚えのある声.

緑のセーターを着たあいつ.



「閉館したとはいえ,図書館ですからね」

「竜持!俺は,今日はものすごくお前に感謝した!ありがとうありがとう!」

「はい?」

「スウィートエンジェルと会話できた!」

「(…痛い)良かったですね」

「明日も代わってやりたい!」

「いいです」

「そういわずに!!」

「結構です」

「赤好きなんだって」

「そうなんですか」


あれ,なんかちょっと違和感…というか,雰囲気が…アレ?

こいつからシェリアちゃんっぽい要素を感じるなんて俺どうかしてる….

まさかな,似てるわけがない.


「そうだ,凰壮くん.ちょっと聞くんですけどね」

「うん」

「読書が趣味な子ってどう思います?」


ガシャンッと本立てを落としてしまった.

なにコイツ,俺の心読めるの?

デジャヴなわけ?


「いいんじゃ,ねーの…別に」

「そうですか,答えてくれて有難うございます」

「……うん」

「あ,そろそろ時間なので帰りますけど…どうします,凰壮くんは?」

「帰るよ」

「わかりました」


鞄を持って,竜持の一歩後ろを歩く.

ちょっと待って,コイツホントシェリアちゃんの真似とかしてるわけじゃないよな?

敬語もデフォルトだもんな.


「竜持,お前さ,あの子の名前知ってる?」

「あぁ,シェリアさんでしょう.図書カードに筆記体でサインするから覚えてますよ」

「話したことある?」

「必要最低限は喋ったことないですけど」

「…そ」

「なんですか?」

「ううん,いい.気にすんな」

「…変な人,ですね」

「!」


直感した.

俺って結構ヤバイかも.

明日もシェリアちゃんを見に行くつもりで,うきうきしていたのに.

余計な事に気付いて,ちょっと切なくなった.




―好きになった子が,兄と似ているかもしれない―




「俺趣味悪っ」

「なんです今更」

「いや,…うん,凄い好きなのになんか……趣味悪いなって思っただけ」

「言ってる意味がわかりませんよ」

「そうだな,俺も分かりたくなかったよ」

「…会話になってないですし.もういいです,馬鹿は知りません」

「だが,それをシェリアちゃんの台詞だと思えば,これまた美味しい妄想シチュエーションになる…ふふ」

「(凰壮くんが,おかしくなってしまった!)」



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