虎太04
先に述べておくと,私の彼氏様はとても不器用だ.
それはもう,あんまり笑わないし,喋らないし,ほとんどデートもしないし,とにかく付き合ってるのかどうかすら怪しいレベル.
な の に.
「シェリア,来週は火曜は空いてるか」
「…えっ何」
「火曜日は暇か?」
「…たぶん…」
「ならいい.じゃあ,そのまま空けておいてくれ」
「えっ,あっ,ちょっ…」
今私は,教室に虎太が自らやってきて,話掛けてくるという…前代未聞の状況に陥っていた.
虎太から誘ってくるのは本当にめずらしいというか,初めてだ.
火曜日は普通に学校だから,放課後でいいんだよね?
内容も言わずに行ってしまったせいで,何がなんだかサッパリ.
言いたい事だけ言って,出て行くって…どこまでも我が道を行く奴だ.
「あ,シェリアさーん」
「なんですか,降矢くん」
「虎太くんが探してましたけど,会えました?」
「会いましたよ,教室にわざわざ赴いてくださいましたよ」
「ならいいんです,それじゃあ」
「ねぇ,火曜日空けとけって言われたんだけど…何かあるの?」
「……………さぁ,僕には心当たりがないです」
「なにその間,めっちゃ心当たりあるんじゃん」
「ありませんよ,疑い深い人は嫌われますよ」
「元からアンタに好かれてる気がしないから,これ以上なくどうでもいいんで,さっさと教えて下さい」
「酷い言われ様ですね.虎太くんに直接聞いてみてください」
「無理だよ」
「彼女の癖に?」
「彼女だからなの.余計な詮索して嫌われたくないし」
「あはは,僕は貴女が虎太くんに嫌われてくれて結構なので,教える義務もその必要もありませんね!」
「笑顔で言うことかコノヤロー」
「でも,案外虎太くんはそういうの気にしないと思いますよ.ましてや貴女から話かけられて,嫌うなんてことはないです,断言してあげますよ」
この次男は,ひとつ言えば何倍にしても返してくる嫌な奴だ.
本当に,虎太と同じ顔して性格は真反対.
だから,顔は嫌いじゃない,顔は.
だけど,このやりとりを虎太が聞いていたとは知らなかった.
後で聞けば次男は知っていたらしいけど,ホントいけ好かない奴.
「虎太,火曜ってさ…何するの?」
「…別に」
「放課後だよね?どっか行くとか?」
「…特に,決めてない」
「えっ」
「不満か?」
「そういうわけじゃないけどさ,虎太が私を誘うなんてめずらしいから」
「……嫌なら断ってくれていいんだけど」
「まままさか!そんなわけないけど,気になったから聞いただけだよ」
「なら,家で,遊ぶんでいいか?」
「わかった.虎太に任せるよ.変に聞いちゃってごめんね?」
「気にしてない」
「そっか」
次男に言われたように,虎太に直接聞いた.
断言された通りに,気にしてないなんて言われれば私の杞憂はなんだったのやら.
虎太の良き理解者って表現するのは…立場的に悔しいのでやめておこう.
彼女なのに,こういうところに疎いのは本当に痛い.
火曜当日,放課後虎太が私を迎えにきた.
今日は一人らしい.
弟の気遣いなのか,はたまた虎太が自分でそうしてくれたのかはわからない.
でも,二人っきりで歩くのは本当に久々.
「暑いな」
「そうだね」
「…」
「……」
「…暑いな」
「…そうだね,暑いね」
勿論ラブラブで甘い会話なんてものはなかった.
これがデフォルトであると思えば,不思議と気にならないもんなのだ.
ただ,手を繋いで暑いねと言い合う姿は滑稽だったかもしれない.
虎太からそっと握ってくれたこの手は,言葉のいらない,不器用な彼なりの気遣い.
「お邪魔,しまーす」
「今日は誰もいない」
「そうなんだ?二人とも?」
「…別に,二人が居なくてもいいだろ」
「そうだね,全然構わないよ!むしろ…その,嬉しいかな〜…なんて」
「俺は嬉しいよ」
「えっ」
「久々に,二人だけだしな.まぁいいけど,とりあえず部屋行っててくれ」
「あ,うん」
虎太の家に来たのは初めてじゃなかったので,勝手に階段を上がって部屋に入らせてもらった.
物の少ないシンプルな部屋は,実に虎太らしくて,嫌いじゃない.
座って待っていたら,着替えた虎太が飲み物を持ってきた.
「冷たいの,これしかなかった」
「あぁ,気にしないで.お気遣いなく」
「…何もしてなかったんだな」
「どういう意味?」
「物色でもしてると思ってた」
「まさか!見られたくないものとかあるでしょ,勝手に見ないって」
「……携帯とか置いてあったら,気にしないのか?」
「気にならないわけじゃないけど,虎太の嫌がることはしないよ.浮気かどうかっていう心配ならしてないもん」
「なんでだ?」
「…怒んない?笑わない?」
「怒らないし,笑わない」
向かい合って座ると,目が合ってなんだか恥ずかしくなった.
真顔なんだもん,もっと冗談っぽく流してくれればいいのに!
なんだって,今日はこんなにお喋りなのよ!
「まず第一に,虎太のことを信じてるっていうのもあるんだけどね」
「うん」
「…私,今幸せだから,それはそれでいいかなって」
「は?」
「いや,おかしいかもしれないけど…浮気されたら私に魅力がないんだろうなって割り切れそうなのよ.私は現状の虎太のこと好きで,こうやってたまーに遊ぶ程度でそこそこ幸せだから」
「浮気されても構わないってか?」
「…堂々と二股されて傷つかないわけじゃないよ?でも,虎太が幸せならそれでいいと思う」
「言っておくが,浮気してないからな」
「知ってる.だからこんな余裕に答えられるんだよ.実際にそうだったら,もっと修羅場っぽくなってるって」
「…お前のそういうところ,あんまり好きじゃない」
「嫉妬して欲しかった?」
こくこくと頷く虎太.
嫉妬,かぁ….
ごめんね,私人に嫉妬できる程自分に自信ないや….
とりあえず,向かい合うのに疲れて虎太の横に移動して,肩に頭を乗っけた.
「…俺ばっか,嫉妬してる」
「えー?虎太が?」
「お前,竜持と仲いいだろ.いつもより,よく喋ってる」
「あれは嫌味を言い合ってるし,会えば恒例行事みたいなもんだよ」
「それでも,妬けるものは妬けるんだ」
「…ごめん」
「かっこわるいだろ,嫉妬なんて」
「そう?」
「焦るんだ.お前,取られるんじゃないかって」
「まさか!絶対有り得ない」
「有り得てもらっても困る」
今日の虎太はよく喋ってくれる.
ましてや,こういう話題でなんて,信じられないくらいだ.
「だから,今日はお前と一緒に過ごそうって思って呼んだ.竜持のこと,聞いてみたかったし」
「…私の答えに満足?」
「とりあえずは」
「それなら良かった」
「…疑って悪かった」
「気にしてないよ」
「…お前,人には余計な詮索して嫌われたくないとか言ってた癖に,自分だって全然気にしてねーじゃん」
「あ,この前の聞いてたんだ!」
虎太は,私の頭をぐしゃぐしゃしてきた.
ムカついたので私もぐしゃぐしゃにしてやった.
髪降ろしたら,色気倍増で目に毒だ!
イケメンは何やってもイケメンだなんて世の中不公平だと思う.
髪の毛を直そうとしたら,そのまま腕を捕まれて横倒しにされた.
「…いったぃ」
「悪かった」
「虎太…これは一体何の真似かな?」
「今日,家に誰も居ないんだ」
「さっき聞いたよ」
「…だから,思いついたんだけど」
覆いかぶさってきた虎太の言いたい事はなんとなくわかるけど.
素直に認めてしまうのもなんか癪なので.
つんっと鼻を突き出して,答えれば,ペロッと舐められた.
「お互い,嫉妬もできないくらいに愛し合えばいいんじゃないかと」
「……馬鹿,似合わない台詞言わないの」
「今から…時間ギリギリまで,これまで言いたくても言えなかったこと全部伝える」
「えっ,どういう…んんっ」
反論は飲み込まれた.
唇が離れて,虎太の長い指が,私の唇をなぞった.
クーラーのついた涼しい部屋だったのに,今ものすごく暑い.
私が熱いのか,部屋が暑いのか…それとも本当は熱くなんてないんだろうか.
考える暇なく,目の前の悪魔が笑うのだ.
「全部が全部言葉でじゃないけど,な」
果たして本当に不器用なのは,私か虎太か.
どっちにせよ,私も今から,不器用なりに精一杯愛を返してやろうと思う.