凰壮03


「うっわ,こんな遅くまで練習してるのぉ?」


会いたくない人物に会ったとき,人はいかに表情をごまかせるか.

…そんなの…俺には無理だった.


「一人なんだ?」

「…ッス.いつも三人一緒にいるわけじゃないんで」

「めずらしいね」

「はぁ」


彼女は,近所に住む歳の離れたお姉さんだ.

名前はシェリアさんと,本人に聞いた.

いつも出会う時はきらきらに着飾った時だが,今日はすごく地味な格好をしていた.

手にはコンビニの袋.


「あ,ご飯買いに行ってたの.そしたら姿が見えてさ」

「ふーん」

「知ってる顔だから,話かけちゃった」

「そうっすか」

「あ,ごめんね!邪魔しちゃってさ」


俺の視線に気付いたのか,袋を掲げて恥ずかしそうに言う.

ノーメイクの顔は,いつもと違う印象だ.

出会ったのは,公園でたまたま.

蹴ったボールがシェリアさんのところに転がって,拾ってもらった.

それだけ.

それだけなのに,あの日以来なぜかこんなに話かけてくるようになった.


「じゃあ,気をつけてね.練習がんばー」

「ども」


シェリアさんは,俺に気を遣って,場を離れた.

自分でもそっけない態度を取ってしまったのはわかったが,相手は大人だ.

きっと気にもしていないんだろう.





「あれ,凰壮くんじゃん?今から学校?」

「おはようございます」

「おはよぉ.そっか,学生だもんね…何年生?」

「6年っす」

「わー…まじ?中学生かと思ってた…」


次の日の朝,ゴミ出しをしているシェリアさんにまた出会った.

昨日と一緒で,スッピン.

ほやっと笑って,俺に手を振る.

眠そうな顔をしていたが,ゴミ出しはちゃんとしていた.


「あ,いってらっしゃい」

「…ども,いってきます」


相変わらずそっけないまま,俺は会釈をして学校に向かう.

あの人と話していると,なぜかツンケンしてしまうんだ.





その日の夕方,シェリアさんを見かけた.

知らない男の人と一緒だ.

シェリアさんも,化粧をして,煌びやかな服を着て,別人のようになっている.

彼氏か,父親か,よくわからないが…歳の多そうなオジサンだ.


「あ…」


俺の視線に,シェリアさんの視線がぶつかった.

その時,間の抜けた声が俺から漏れていた.

いつものように俺の名前を呼んでふにゃっと笑うのかと思えば,シェリアさんは何も見てないと言わんばかりに無視をする.

無視をされたのは初めてだ.

俺の横を,知らない男と腕を組んで通り過ぎる.


「知り合いだったのかい?」

「知らないよ?私おなかすいちゃった,早くご飯いこ〜」

「そうか.じゃあ美味しい店があるんだ」


カップルのような,楽しそうな会話.

まぁ,鬱陶しいのよりはいっか.

俺が入れる隙間なんてなかったんだな,と振り返らずに帰路に着く.





その晩,川原でまた練習をした.

すると,橋の上でシェリアさんがタクシーから降りたのが見えた.

昼間に会ったときと同じ,ドレス姿で,派手な化粧もして.



「凰壮くんだ〜」

「…どうも」

「あはは,今日お昼会ったよね〜」

「そっすね」


会ったっていうか…無視しておいてそんな言い方….

シェリアさんの能天気な口調に,少し苛立った.


「無視したから,怒った?」

「別に」

「そうだよね,怒る理由ないもんねぇ」

「…何か,用事ですか?」

「ううん,別にないけど…見かけたから声掛けちゃった」


彼氏がいるのに,こんなところで他の男と話してていいんだろうか.

いや,小学生相手にそんな疑問もおかしいな….

シェリアさんは,ベンチに座って携帯をいじりだす.

危ないから…早く帰ればいいのに.


「帰らなくて,いいんスか?」

「どうせ家帰っても一人だし,だいじょーぶ」

「彼氏さんは帰ったんですか?」

「彼氏?」


そこでとぼけられても,どうしていいかわからない.

昼間一緒に歩いていたじゃねーか.

背の高くて,渋い系のおっさんと.


「あぁ,社長サンのこと?」

「社長?」

「お客さんだよ,ただの.あんなに歳の離れたオジサンが彼氏とかナイナイ」

「…シェリアさんって,何の仕事してるんですか?」

「んー…水を売る仕事」

「…キャバクラ?」

「そうそう,そういうの」


シェリアさんは,携帯を鞄に押しこんだ.

そして俺に笑う.

なるほど,それでそんなに派手なのか.

仕事に言って帰る時間が不定期なのも,知らない男とよく歩いてるのも,そういう仕事をしているからだったんだな.



「軽蔑する?」

「…別に」

「へぇ大人だね」

「そういうんじゃないっスよ」

「親がね,借金作って蒸発しちゃったんだよ.んで,肩代わりして私が働いてんの」



なんでこの人は,こんなにサラッと言えるんだろうか.

全然笑えないんだけどな.



「これでも結構人気なんだよね,私」

「美人だから?」

「あはは,お世辞でもうれしーよ」

「別にお世辞じゃないけど」



事実,シェリアさんは綺麗だから,人気は高そうだ.

個人的には化粧をしてない方が可愛いとは思うけど.

家庭事情がいろいろあるんだから,キャバクラで働いてようがそうじゃなかろうが,軽蔑する気にはならなかった.

むしろ,親の為にそこまでしてるってのがすごいんじゃねーかな.



「さて,遅くなっちゃったから,早く帰って化粧落とさないとね」

「…化粧,しない方が可愛いっすよ」

「いいのよ,可愛くなくって.好きで好かれてるわけじゃなから」

「あっそ」

「まぁでも,凰壮くんとならノーメイクでデートしたげてもいいよ」

「えっ」

「冗談だって,そんな驚かないでよ〜」


ケラケラ笑って,シェリアさんは立ち上がる.

財布から,何か紙を出して俺に差し出した.

名刺…その裏にはメールアドレスが描いてあった.


「ここ,20歳以上になってから,遊びにおいでよ」

「…なんです,これ?…小学生相手に営業ですか?」

「そうそう.天邪鬼な君の素顔をお姉さんが曝け出させてあげる」

「…意味わかんねー」

「あはは,いつかうちの店に来たら是非”シェリア”をご指名よろしく.じゃあ,おやすみー」


ひらひらっと手を振って,シェリアさんは闇に消えていった.

本当に,よくわからない人だ.

こんな名刺,いらねーよ….

何年後か,シェリアさんがまだキャバクラで働いてるのかどうかもわかんないのに.


「…あー,もう馬鹿みてぇ」


一体いつから,俺の猫被った無愛想な態度は,見抜かれていたのか.

名刺に書かれた赤いハートマークにどこかときめいている自分がいる.

俺は,妙に憎めないこの紙きれをぐしゃぐしゃっとポケットに突っ込む.

そして,妙にざわついた胸を沈めようと,サッカー練習を再開するのだった.






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