滲んで汚れて洗い流して07


「なんか最近の私って……らしくない!!」


ベットで思いっきり叫んで,起床と共にメールチェック.

着信0件,メールも0通とかいう寂しい携帯.

多義くんからのメールがないなんて,めずらしい.

あ,別に期待してたとかそういうんじゃないよ.


「ああぁ…ちょーしくるぅぅう」


もだもだとベットでバタ足すれば,うるさいと一階から怒声が飛んできた.

なんだ,今日はお母さんは休みなのか.

仕事だと思ってたのに.


「あんた,何騒いでんの」

「あ,いや…ごめん」

「携帯握り締めて…彼氏の連絡待ちかい?」

「違う違う!」

「まぁいいけど,さっさと着替えてご飯食べな」

「うん,ありがと」


長期休みは起きる時間が遅くて,寝る時間も遅くて,朝親に会うことがない.

夕飯のときくらいに,はじめて顔を合わせていた.

もっとも,多義くんの練習で午後は私が留守にしてたせいでもある.

お母さんにはマネージャーをやめたことは言ってなかった.

でも,きっと感付いてるとは思う.


「…おはよ」

「おはよう,トースト焦げたんだけど…食パンがそれ最後の一枚だから我慢してね」

「…うん」

「今日は何する予定なの?」

「特に」

「…あのさ,昨日エミちゃんに出会ったんだけどさぁ」

「エミに?私もこの間会ったよ」


こんがりしすぎたトーストをかじったら,ざくっという香ばしい音がする.

なんだこれ…じゃりじゃりじゃないか.

お母さんは,コーヒーを二人分淹れて,私の前に座った.


「エミちゃん綺麗になったよねぇ,化粧バッチリしちゃって」

「そうだね,最近のエミはめっちゃお洒落に気遣ってるみたいだし」

「でさぁ,私聞いちゃったんだけどね」

「何を?」

「アンタの彼氏」

「ぶっ」


トーストを飲み込むためのコーヒーは,胃に入る前に口から吹き出た.

きたな!っとお母さんが驚いてテーブルを台拭きで拭う.

私のほうがビックリだ!


「もう…変な事言わないでくれる?」

「だって,エミちゃんが言ってたんだもの.爽やかイケメン連れてたって」

「一応友達…だよ」

「でも,友達に紹介しておいてお母さんに紹介しないなんて寂しいじゃない〜」


寂しいじゃない〜じゃないわよ.

エミもエミだ!

そんなことをお母さんに話すなんて…信じられない.

今度エミのおばさんに会ったら,エミの彼氏について言ってやろう.

このくらいは許されすはずだよね.


「アンタも年頃だからいいんだけどね,どういう子なのか気になったの」

「彼氏じゃないし」

「そうじゃないにしても,どういうお友達なのかくらい教えてよ」

「…別に,何でもないもん」


話始めれば,マネージャーを辞めたことから話さなければならないだろう.

内心,お母さんの心配する気持ちが分かっている分,だんまりも申し訳ないが.


「…」

「最近,あんまり話してなかったじゃない?だから,たまにはアンタの話も聞きたい」

「面白い事なんてないよ」

「面白くなくていいの,ただ,子供の話を聞かない親だと思われたくないんだから」

「そんなこと思わないって」

「…あぁもう私に似て理屈屋さんなんだから!私はね,別にアンタが元気でいつも通りなら何も言わないし聞かないけど,どうみても悩んでます!って顔してるのに無視できるほど子離れできてないの!」

「…そんな顔してる?」

「バッチリしてるわ.困ったときのお父さんの顔にそっくり」

「うわーやだな」

「それお父さんの前では言ってあげないでね」


お母さんは,ウインク付きで私に釘を刺した.

私のことは何でもお見通しってわけかぁ…この人のそういうところにちょっと尊敬.

話したいような気持ちにさせてくれる反面,話していいものかという葛藤.

私が黙るとお母さんのコーヒーが減っていく.




「私ね,今好きな人がいるの」




嘘は付きたくないから,出来るだけ真実を述べよう.

そう思って切り出したのは,いきなり核心を突きすぎてたかもしれない.

お母さんは,うんとだけ返事した.


「その人,私より年下なんだ」

「いくつ?」

「それは内緒.でもね,すごく明るくて,見てて励まされるの」

「さっき言ってたお友達のこと?」

「…うん」

「運動してる人?」

「サッカーやってる,ゴールキーパー」

「へぇ」


お母さんには申し訳ないけど,小学生とは言えなかった.

悪い事をしてる気分になるのは,自分のどこかに後ろめたさがあるから.

そして,多義くんには好きな女の子がいるっていうことも知ってるから.


「告白しないの?」

「…できない」

「どうして?言ってみないとわからないじゃない」

「年下だもの」

「年齢差カップルなんてよく聞く話でしょ?」

「それに,好きな子がいるって」

「あら…」


それを言えば,お母さんはう〜んと考える素振りを見せた.

その隙にカップにコーヒーを継ぎ足す.

ブラックなままのそれは,カップに残った白に混じって濃い茶色を作り出していく.




「お母さん」

「ん?」

「恋って辛いかもしれない」

「そうだね,でも…それも経験じゃないのかしら.今はダメでも,きっと将来役に立つんじゃないの?」

「そういうもん?」

「そういうものだと思うけど…」



クルクルとスプーンで混ぜたコーヒーに口を付けた.

砂糖が足りなかったかな….

いつも通り入れたはずなのに,なんだか今日は苦いや.



「でも,恋してるアンタは可愛いよ」

「えっ」

「普段見せない顔してる.そうやって無自覚なままに,男たちの心揺さぶってんだよ」

「…ないない」

「こういう自分のことに鈍くて疎いところお父さんにそっくりでイライラするわねー」

「…それ,お父さんのいるところで言わない方がいいよ」

「うふふ,わかってるわよ.あら,アンタの携帯揺れてるんじゃない?」



母に言われて見た携帯は,メールをジャストタイミングで受信.

送信者は,多義くんだ.



「例の彼?」

「…」

「デートのお誘い?」

「…ううん,練習に付き合ってって」

「へぇー…練習…」

「ホントだよ.着替えて準備しないと」

「つまんない…!もっと積極的にいきなさいよ!」

「はいはい」


適当に相槌を打ってから,食べたお皿とカップを流しに置いた.

お母さんは動かないらしい.

ごちそうさま,とだけ言ってジャージに袖を通す.


「今日は傘持っていきなさいよ」

「雨?」

「かもしれないって,さっき天気予報やってたから」


お母さんはまたコーヒーを注ぎ足していた.

そんなにカフェイン摂取しちゃっていいんだろうか.

いってらっしゃい,と緩い返事を頂いて,いってきますと軽く返す.

折畳み傘を鞄に突っ込んで,玄関を飛び出した.






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