滲んで汚れて洗い流して06


「それってさぁ,恋じゃない?」

「やっぱ…そうですよねー」

「なんだ,自覚あるんじゃない」


今日の午前,急に杏子さんがお茶に誘ってくれたのだ.

昨日の今日,もやもやした気持ちの正体を私はわかっていた.

ドキドキしたり,苦しくなったり,そんな気持ちは夜になって朝を迎えても消えないまま.

杏子さんに相談すれば,私の答えと同じ.


「向こうはどうなの?」

「好きな子いるって言ってました」

「…なるほど」

「…でも,自惚れかもしれないけど…それ,私な気がするんです」

「何それ!両思いじゃない!」

「か,確証があるわけじゃないんですよ!ただ,なんとなく」

「へぇ…そっかぁ…」


ちゅーっとストローを通して,抹茶ラテを吸い上げる.

今の気持ちにマッチしたような,苦いくせに甘いこの飲み物を頼んだのは間違いだった.

杏子さんはクスクスと笑っている.


「告白しちゃえば?」

「出来るわけないですよ」

「どうして?」

「…だって,小学生ですよ?」

「だからなんだっていうの」

「常識的に,年齢差があるでしょう…無理ですよ」

「本人同士がいいならいいじゃない」

「そういうわけにもいかないですって.小学生に手を出すなんて…出来ませんよ」

「ははぁ…なるほど,それでもやもやしてるんだ?年齢差気にしちゃって素直になれないんでしょ」


杏子さんの言う事はほぼ合っている.

そう,私は多義くんより6つも上だし,多義くんはまだ小学生なのだ.

もう少し言えば,私よりいい子なんてたくさんいるだろうという不安.

決して自分は可愛くもなければ,きれいでもないただの女子高生.


「…私はいいと思うけどなー」

「もうこの話はいいですって」

「よくないわよ,シェリアちゃんの恋を応援させてってばぁ」

「…はぁ」


駄目だこの人,完全に面白がってる.

勿論,好奇の目で見られる対象になることも,私が素直になれない原因のひとつだ.

同時に,批判的な,冷たい眼で見られることも怖かった.

世間的に言うショタコン扱いも,腑に落ちないし.


「でも,悩んでればそのうち答えって見えてくるんじゃない?」

「だといいんですけど」

「ずっとこのまんまっていうのは有り得ないよ.いつかは絶対に終わりが来るんだから」

「そう,ですね」

「終わり方が,ハッピーエンドになるかバッドエンドになるかは,シェリアちゃん次第よ.頑張んなさいって」

「いやいや…」

「第一,向こうにも理性があるんだから.案外,思いもしない展開が待ってるかもよ?」

「…まっさか」





そのまさか,お昼の練習で事件は起こった.

私は遅刻しないように,少し早く川原に向かった.

多義くんはまだ来てなかったので,ベンチで座って待っていたのだ.

ただ,昼下がり,お昼も食べて気持ち良くなって…突然の眠気が襲ってくる.


「ん〜…こんだけいい天気だと,お昼寝日和って感じ」


少しだけ,と思って閉じた瞼は重たくて,私はうたた寝してしまった.

そんなに深い眠りじゃなかったが,だるさに負けたように瞼を閉じていた.

誰か近づいてくる音がする.

多義くんかなぁ….


「     」


何を言われたのかわからなかった.

私の傍に,誰かいる.

そう感じた直後,唇に当たる何か.


「     」


その気配に目を開けることはできなくて,じっとしていた.

…キスされたのだ.

驚きは半端じゃなくて,どうしようか迷って…眠っていた振りをする.


「ん〜…たぎくん?」

「わっ,シェリアさん?」

「あれ,多義くん…!ご,ごめん…眠っちゃってた」

「いえ,今来たんです.大丈夫ですよ」

「そ,そっか!」


この場にいるのは私と多義くんだけだ.

多義くんが,私にキスをした…?

その話題を口にすることなく,私は知らない振りを通すことにした.

だって,聞いて仕舞えば,きっと今のこの関係は崩れてしまう.



「寝不足ですか?」

「いや,丁度いい気候でうとうとしちゃった」

「今日はいい天気ですもんね,わかります」

「でしょ?」

「眠かったら横になっててもらっても構いませんよ」

「もう大丈夫だよ,目も覚めたしさ」



…君のせいでね,なんて.

不自然にならないように,ぐーっと伸びていつものように練習を始める.

忘れるには足りなかったが,気を紛らわせるためにもしっかりと動いた.





日も暮れる前になって,今日の練習は終わった.

5時前の空は,ちょうど夕日が雲へと,赤い色を綺麗に滲ませてている.


「お疲れ様です,シェリアさん」

「お疲れ,多義くん」

「あ,シェリアさん…ちょっと…」

「えっ?」

「動かないでくださいね」

「えっ,えっ!?」


多義くんの手が近づいて,目をパチパチさせた.

キスをされた瞬間が蘇ってくる.

触れる瞬間に,ぐっと目を閉じれば,ふわっと髪の毛に触られた感触.

どっくんどっくんどっくん,それまで正常だった心臓の音が大きくなった.

なんで私…ときめいてるんだ!


「取れましたよ.タオルの糸くず,ついてました」

「そ,そっか!ありがと」

「顔赤いですけど,大丈夫ですか?熱でもあるんじゃ…寝不足って言ってましたし…」

「いや,大丈夫.もう練習も終わったし,帰って寝れば大丈夫だよ!」

「そうですか?無理はしないでくださいね?」


わたわたと焦る自分が,端から見れば滑稽に映りそう.

このときの私は,とてつもなく動揺していた.

小学生相手にこんな感情を抱くことは,許されない.

私の心臓,とにかく止まってくれ.


「じゃあ,先に帰るね,ばいばい」

「あ…,シェリアさん,さようなら!」


とにかく今は彼と距離を置こう.

こんな状態じゃ私は冷静に考えることなんて出来るわけがなかった.

…だけど,それでもこの動揺をなんとかしなければならないのだ.

この胸の苦しさが酷くなってしまうまえに.



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