滲んで汚れて洗い流して05


多義くんとの練習の日々は,とても楽しかった.

空気を読んだ雲のおかげか,雨も降ることなく順調に進んでいたのだ.

今日も,待ち合わせて川原での練習.

今朝の天気予報は快晴と伝えていた.



「やば,時計見間違えてた…やっば」



お昼を過ぎて,もうしばらく経っていた.

急いで自転車を走らせる.

うわぁ…遅刻とかやっちゃった…ホント申し訳ない.



「…ごめんっ多義くん!!」

「あ,シェリアさん…っ」

「ななな何で泣いてるの!ごめんね,遅れてごめんなさい!何があった?」



川原でベンチに座る多義くんを見かけて,駆け寄れば号泣する多義くん.

来て早々謝ったが,どうにもそれどころじゃない.

私は多義くんの横に座って事情の説明を求めた.


「…シェリアさんっ」

「はうぁっ」


俯いた顔を覗きこんだ瞬間,がばっと多義くんに抱きしめられる.

驚いてヘンな声が出てしまった.

どうしたんだろう….


「……落ち着くまで待つよ」


とりあえず,多義くんの背中を擦る.

多義くんの腕の中は広いせいか,すっぽり納まった私が腕を回しても全体には届かない.

こんな風に抱きしめられるのはいつぶりだろうかなぁ….






「シェリアさん…」

「大丈夫?ゆっくりでいいから,話せる?」

「…僕…もう自信がないです…」

「どういうことかな?何かあった?」

「……」

「仲間と喧嘩でもした?」

「…喧嘩して,酷いこと言って…僕…」

「そっかぁ…」

「本当は,あんなことは,言うつもりじゃなくて…」


どうやら,原因は朝の練習のようだ.

事情を聞いたところ,多義くんはえぐえぐしながら答えてくれた.

今日はもう練習は無理かなぁと思いながら,尚もしゃくりあげる多義くんの背中を擦る.


「…多義くんは,どうしたいの?」

「謝りたい……でも,向こうにも謝って,ほしいです…」

「なるほどねぇ…よし,一緒に仲直りできる方法を考えよう」


とりあえず,多義くんがもう少し落ち着くのを待って,話をしようと思う.

やっぱり,こういうところを見ていれば,小学生なんだなぁと実感.

でも,謝ろうとするその姿勢は偉いと思うよ.

多義くんのいいところだ.



「…その子に,明日会ったらごめんって言えそう?」

「わかんないです…でも,ちゃんと言いたいです」

「そうだね.とりあえず,言いづらいかもしれないけど…謝ろう.謝りたいっていうその気持ちだけはちゃんと伝えなきゃ」

「シェリアさん…なら,何て言いますか?」

「それは,素直に言うのが一番だよ?私のじゃ参考にならないから,思った事を素直に言うのが一番だよ.多義くんの言葉で言う事に意味があるんじゃないかな」

「僕の,言葉?」


きょとんとした多義くんの目は,泣いたせいで若干赤い.

私は,足を前に投げ出してベンチで伸びをした.


「喧嘩ってね,一人じゃ出来ないんだよ」

「…えっと」

「上手く言えないけどさ,喧嘩って互いに何か許せないことがあるから喧嘩になっちゃうわけでしょ?」

「はい…」

「多義くんが怒ったことにも何か原因があるんだから,相手にも謝る必要はあると思うの.一方的にどちらかが悪いのは,喧嘩じゃなくていじめだもの」


自分でもちょっと理解しがたい表現になってしまったと思った.

ただ,言いたいが一つにまとまらないのだ.

真剣に聞く多義くんのためにも,もう少しちゃんと喋れたらいいのに.


「悪いと思ったことは謝りなさい.でも,譲れないことはちゃんと最後まで貫くこと!」

「…なんとなく,分かったような…そうでもないような…」

「あはは…それは,申し訳ない.説明上手じゃなくてごめん」

「いえっ!ありがとうございます!明日…頑張って言います」

「うん,こういうのは時間を空けない方がいいんだから…腹を括んなさい」


あ,なんかもっともらしい事言えた気がする.

偉そうな事言えるほど長く生きてもいないが,私の経験上だとそうなのだ.

時間が解決してくれるものは少ない.

人間関係は特に,早いうちに修繕しなくては取り返しの付かないことになりかねない.



「さて,ちょっと待ってて」

「えっ?」


私は水道の傍に向かって,多義くんを置き去りにする.

まばたきを繰り返す多義くんは,完全に泣きやんだようである.

良かった…正直焦っていたのだ…いくらなんでも人の涙には動揺してしまう.




「はい,これで目を冷やして」

「ありがとうございます」

「そのままじゃ,かっこわるいもんね.いつものように笑ってた方が,多義くんらしい」

「は,はい!」

「よし,その意気よ」


ぽんっと軽く肩を叩いてガッツポーズ.

我ながら恥ずかしいものではあったけど,それで多義くんが元気になるならいい.

最も,ちゃんと励ませていたらいいんだけど.


「今日もサボっちゃうかー」

「…どうするんですか?」

「気分転換!たまには,全く違うことでもしてみようか」






そんなわけで,私は無理矢理空気を変えようと提案したのだ.

サッカーに対抗したわけでもないが,来たのはバッティングセンター.

多義くん,野球はどうだろう?


「うわっ早い」

「惜しいね…!あとちょっとで当たりそうなのに」

「難しいです」

「頑張れ!次はいけるよ!」


なかなかミートしないまま空振りを繰り返したが,やっとコツを掴んできたみたいだ.

コンっと当たる音がして,最終的にはだいぶ打てるようになっていた.

私も一回チャレンジしたが,あれは無理だ.

運動が得意でもなければ,動体視力がいいわけでもない私に出来るわけがない.

大きく空ぶって,バットに振り回された私を多義くんは笑っていた.


「あ,ゲーセン!多義くんプリどう?」

「えっ,シェリアさんと?」

「そうそう」


ゲーセンに入って,プリを撮るなんて久々だ.

せっかくだからと,はしゃいでゲーセンの中で多義くんを連れまわした.

デコレーションは,私が描いて…多義くんの目に星を描き入れたり,まゆげを太くしたり,二人でぎゃーぎゃー言いながら遊びまくる.

プリントされて出てきたそれは,私と多義くんの記念の一枚だ.


「半分こね」

「ありがとうございます」

「あとで貼っちゃおっと」

「僕も!」

「まさか多義くんとプリ撮る日が来るなんて思ってもなかったな」

「僕,初めてですよ」

「そうなの?」

「はい!だから,シェリアさんと撮れて嬉しいです」

「そう言ってくれるんなら,もっとおめかししとけば良かったなぁ〜」


なぜなら私は今日もジャージである.

ケラケラと笑って,ゲーセンの中をいろいろ見て回る.

他愛ない話をしながら,時間が過ぎるのを忘れるくらい楽しんだ.

遅くならないうちに,外に出て,来た道を戻る.

その間も,絶え間なく話は続いた.





商店街を通り過ぎ,駅の前.

ラッシュ時間には早いせいか,人もまばら.


「あれ,シェリア?」

「ホントだ!奇遇〜!」

「あ…エミ,ユキ」


ただ,駅の近くで,同級生に見つかるのは大きな誤算.

こんな場面で遭遇するなんて,嫌な奇遇である.


「隣の人,彼氏?かっこいーね」

「なんで彼氏出来たなら教えてくれないのよ」

「違うってば,そういうんじゃ…」

「嘘だぁ〜!ホントもう,シェリアも隅に置けないなぁ」

「ちゃーんと紹介してってば」

「だからぁ…」


このデバガメさんには困ったもんだ.

元々はいい子たちなのだが….

答えるのを渋っていたら,多義くんは何食わぬ顔で言う.


「初めまして,杉山多義と言います.シェリアさんにはいつもお世話になってます」

「私エミ,こっちがユキ.よろしくねー」

「よろしく!杉山くん,何年?どこの学校?」

「えっと…彼は,小学「内緒です…,でもシェリアさんより年下です」」

「キャーマジ!?シェリア,年下の彼氏なんてやっるぅー」

「こんなイケメン,どこで捕まえたんだよー」

「いやだから」

「今度,部活で皆に報告しなきゃ!バイバイ〜」

「だねぇ!じゃあシェリア,またね〜」

「あ,ちょっと!待ってよ!」


嵐のような二人は,私の弁解も聞き入れずに去っていく.

あの様子じゃ,いやな予感しかしない.

どうやって言い訳しようか考えていたら,多義くんは嬉しそうに私の手を引いた.


「シェリアさん,まだデート中なんですから…」

「えっ」

「ほらほら,行きましょう」

「ちょ,多義くーん?」

「今の,シェリアさんのお友達…なんだかすごかったですね!」

「まぁ…」

「僕,高校生に見えます?」

「見えなくもないのかな」

「ふふ」


多義くんはそれはそれは嬉しそうだ.

私には彼のツボが理解できないが,楽しいのならそれでいいか.

手を繋いで歩くと,私達ってカップルに見えてるのかな?

私自身,そういう対象として多義くんを意識したことはないせいか,よくわからない感覚だった.


「っていうか,多義くんも…あんまり悪ノリしないでよ.勘違いされちゃうよ?」

「勘違い?」

「好きな子,いるんでしょ?」


多義くんの手は大きい.

私よりも指が長くて,綺麗な手をしている.

手をまじまじと見つめ,意識した瞬間に急に恥ずかしくなった.

ふいに,多義くんの手をすり抜けて私は一歩離れた.


「どこで見られてるかわからないんだからね?」

「…シェリアさん!」

「ほらほら,デートはおしまい!」


私の名前を呼んだ多義くんの言葉を無理矢理遮ったとき,少しだけ胸が痛んだ.

私はちゃんと笑えていただろうか.

不自然になってなかっただろうか.

手を離して,終わりを告げた時,寂しい表情を浮かべなかっただろうか.

…って,なんで私が寂しい表情なんてしちゃうんだ.

おかしいなぁ.



「ありがと,今日は私に付き合わせちゃってごめんね」

「いいえ,僕も楽しかったです」


多義くんの笑顔が眩しいのは,背景の夕日のせいかな?

私も楽しいと言おうと思ったのに,何故だか言えなかった.



「私,こっちだから」

「送りますよ」

「ううん,大丈夫だよ.じゃあまたね」

「あ,シェリアさん…!お疲れ様でした!」


多義くんに押されると弱い私は,返事を待たずに飛び出した.

手を振って,ダッシュに近い早さで走りぬける.

なんで私,逃げちゃうんだろう….

これじゃあまるで私….



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