滲んで汚れて洗い流して04


「お待たせしちゃった?相変わらず早いね,杉山くん」

「いえいえ!そんな…シェリアさんだって,時間までまだ30分ありますよ」

「歩いたらもうちょっと掛かるかなと思ったけど,意外に早く着いちゃったんだよ」


川原に集合して,いつものように挨拶を返した.

13時集合と言えば,お互いに12時半に来てしまうような性格なのだ.

何のための時間設定かわからない.


「昨日はお疲れ様」

「ありがとうございます」

「さて,本題に入る?先に練習済ます?」

「先に練習します.今日は早くあがるつもりなので」

「うん,じゃあ杉山くんに合わせるよ」


軽く走って,準備運動で身体を解す.

私はその間,ベンチに座って何も言わずに見守る.

仕事らしい仕事がないせいか,前に草むしりをしようとしたら杉山くんに怒られた.

シェリアさんは僕を見ててくださいなんて言われたら,はいとしか言えなかったのだ.

小学生に言いくるめられるなんて意思の弱い高校生もいたもんだ.



「シェリアさん,背中押してもらえますか」

「はーい」

「ゆっくりお願いします」



ストレッチのお手伝いはなかなか大変だ.

体格差があるせいで,基本的に出来ることが限られてくる.

じんわりと杉山くんの背中を押して,また起き上がるのを繰り返した.

しばらくボールを触って,程ほど汗ばむ頃.



「今日は,これくらいで終わります」

「そうだね,それでもいつもの半分くらいやってた気がするけど」

「そうですか?もっと少ないと思ってました」


けろっとした顔で言われると,そんな気もする.

タオルで汗を拭って,ドリンクに口を付ける杉山くんをぼーっと見ていると,顔をそらされた.

凝視したつもりもなかったが,見られるのはあんまり好きじゃないんだろう.

私だってそうだし.



「ここじゃちょっと暑いし,ファミレスでも行こうよ」

「えっ,でも僕…」

「いいのいいの,昨日頑張ったんだし,ここはちょっと見栄張らせてよ」

「はぁ…」



財布の中は,それとなくお金もある.

バイトを許さないうちだからこそ,お小遣いも多少は奮発気味だ.

ファミレスでちょっと奢るくらいは,なんてことない.

このクソ暑い中では,私の方が参ってしまうし…杉山くんを熱中症にさせるわけにもいかないのだ.



「すずしー」

「クーラー効いてますね」

「何か食べる?勝ったお祝いってことで…デザートくらいなら」

「いいんですか!」

「うん」

「じゃあ…これ」

「ん,私はこれー」


杉山くんはコーヒーゼリーにアイスの乗っかったやつ,私はコーヒーフロート.

店員さんがほぼ同時に持ってきてくれたおかげで,会話は途切れずに済んだ.


「さて,試合は何対何で勝ったの?」

「4対1です」

「…へぇ」

「言い訳がましいかもしれないですけど…前半と後半ちょっとまで僕が出てました」

「うん」

「それまでは,4対0だったんです」

「そっか」


しゅんっとした杉山くんの言いたいことはわかる.

自分のせいではないが,チームメイトが1失点してしまったのでカウントすべきなのか迷ってるんじゃないだろうか.

ただ,勿論,そんなのの答えは決まっている.



「…えっと,この場合って賭けは…」

「杉山くんの勝ちじゃん?だって,交代した後に1点入っちゃったんでしょ.なら当然賭けは勝ちでしょ」

「〜〜っ,やった…!」

「えーっと,じゃあ改めまして,多義くん」

「はい!」

「多義くんって呼びます」

「はい!!」


まるで尻尾が見えたかのようだった.

犬のように名前を呼ばれて目を輝かせるなんて,可愛いなぁ.

口の中で,溶けかかったフロートが甘く広がった.



「結局,これじゃあデートしてるようなもんだけど,ごめんね?」

「そそそんな!嬉しいです!」

「嬉しいの?」

「はい!正直に言えば,シェリアさんとのデートもしてみたくて…賭けに負けることに揺らいでたんですよ」

「ふふ,私なんかとデートしたってつまんないでしょ」

「そんなことありませんよ?」

「あはは,ありがと.多義くんってばやさしー」


お世辞が上手な子だ…照れてしまうじゃないか.

私からしてみれば,ジャージでファミレスなんて,ホント申し訳ないデートでもある.

多義くんは冗談なのか本気なのかたまによくわからないので,否定していいものか迷った.




「シェリアさんって…」

「どうした?」

「その…お付き合いしている方とか,いないんですか…?」

「ごほっっ」


何を言い出すかと思えば,そういう話題に来ますか….

むせてコーヒーが逆流しかけたが,踏みとどまる.

ここで噴出せば,私の女としての尊厳が失われかねない.


「大丈夫ですか!」

「うん…ごめん,ちょっとむせただけ」

「すいません,ヘンな質問してしまって」

「いいのいいの,大丈夫だから.彼氏だっけ?いないよ」

「えっ…嘘でしょう」

「嘘じゃないって.彼氏なんかいたら,毎日練習に顔出せたりしないってば」

「あ…なるほど…」

「納得されちゃうのも悲しいけどねぇ」


最近の小学生はマセてるなぁ….

いきなりストレートな質問をされれば,私だって驚くんだぞ.

過去に彼氏は全くいなかったわけじゃない.

今お付き合いしている人はいないというだけだ,言い訳っぽいけど.


「そういう多義くんこそ,好きな子はいたりしないの?」

「いっ!?!」

「その反応は,いるって言ってるようなもんだわ」

「…えっと,その…」

「恋してるっていいね,毎日が楽しくならない?」

「…はい」

「私もそんな時期あったなぁ…,もう何年前だろ…」


そうかぁ…今まさに青春真っ只中だもんねぇ.

多義くんに好きな子の一人や二人いてもおかしくない.


「私に出来ることは少ないけど,その恋が叶うように応援してるよ」

「…ありがとう,ございます」


多義くんは,俯いて恥ずかしそうにしていた.

からかうつもりはないが,やっぱりあーだこーだ言われるのも嫌だろうし.

応援はしてると言ったものの,ここは温かく見守ろう.

その子と多義くんが結ばれますようにってね.





「ごちそうさまでした!今日は有難うございます」

「いえいえ!どういたいしまして!」

「明日は,普通に午前の練習があって…お昼から川原でのんびりやるつもりです」

「そっか,じゃあ私も適当な時間に来るよ」

「あの…僕,楽しみに待ってます…シェリアさんが来るの!」

「…う,うん!絶対行くから」

「じゃあ今日は,ここで失礼します!」

「気を付けて帰ってね,じゃあまた明日!」


多義くんを見送って,私も家に向かって歩き始める.

…あんなふうに言われたら,嬉しくなっちゃうよね.



だけど,気付かないわけがないんだ,言葉に篭ったその意味が.

彼の言葉に含まれた意味は,私にとって受け止めがたい感情に近い.

さっき食べた甘かったアイスの味と同時に,苦いコーヒーの味まで思い出した.



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