滲んで汚れて洗い流して02


あれから,3日経って,私は今日も家に閉じこもっている.

私は結局,杏子さんに連絡を入れて事のあらましを洗いざらい全て話すことになったのだ.

杏子さんはうんうんと聞いてくれ,長電話をしてしまった.

辞めたことは特に咎めなかったが,逆に誘ったことを謝られてこちらが焦ってしまった.

こんなに謝られるくらいなら,罵倒された方が楽だったかもしれないなぁ.



「…やっぱ,直接会って言うべきだよね」



杏子さんは,合宿で2日間ほど不在だ.

帰ってきたら,もう一度連絡を取って頭を下げようと思った.

このままで気の済む自分じゃない.






ストラップは,家で修理してくっつけたのでなんとか原型を留めることができた.

前より若干歪ではあるけど,確かに思い出のそれは,元の形を成していた.

これを拾ってくれた杉山くんとは,まだ一度しかメールしたことがない.

連絡先に,確認のメールをしただけだ.


「…あんなチーム,負けちゃえ.…でも杉山くんは勝てばいいな」


矛盾した自分のうわごとに,思わず自嘲.

現に,私の中で杉山くんは顔見知りから恩人にまでランクアップしたポジションに就いている.

アイツらを思い出せばイライラするが,杉山くんを思い出せば心が落ち着くようだった.

自分の心ながら,その違いに一体どんな意味があるのか全く分からない.






ふいに,携帯電話が鳴った.

時計が指す時間は,14時10分前.


「…めーる?」


噂をすればなんて,杉山くんからのメール.

簡素な文面に,丁寧な文章.

人柄ってこういうところに出るんだろうなぁ,と返信を考える.


―シェリアさん,本日お時間ありますか?
―もし良ければ,川原にて練習してるのでお付き合いお願いします.


今日は,午前の練習だっただろうか.

もう捨ててしまったスケジュールの内容を,この頭が覚えているわけもなく.

時間が裕に余っている私は,今からいくよと返事をしておいた.

さて,暑いから差し入れでも準備していくか.





「あ,シェリアさん!来てくれたんですね!」

「メールの返事見てなかった?行くって返したと思ったんだけど…」

「いや…その,ホントに来てくれるかちょっと心配だったんです」

「あはは,信用されてないなぁ」

「そ,そういうわけじゃないんです!気を悪くされたのならごめんなさい!」

「いいのいいの,全然気にしてない.はい,これ差し入れ」

「ありがとうございます!」


杉山くんをからかうと,すぐに謝ってくるから冗談も程ほどにしないとな.

買って行ったのは,スポーツドリンク.

定番と言えば定番だが,この猛暑で一番懸念されるのは熱中症に脱水症状.

ドリンクを受け取った杉山くんは深々とお礼をしてくる.


「今日は,何をするの?」

「…えっと,どうしましょうか」

「ノープランなの?メニューなし?」

「すいません」

「いや,いいんだけど.まさか練習内容決まってないとは思ってなかったから」

「キーパーの練習って,基本はボール蹴る人がいないと取れないので…あとは体力作りと筋トレとか…」

「それはそうだね」

「あ,シェリアさんはサッカーできますか?」

「得意じゃないけど…ボール蹴るくらいなら手伝えるかな.やってみる?」

「お願いします!」


得意じゃないのは確かだったけど,別に苦手というわけでもない.

普通にやればそこそこの成果も出るレベルといったところ.

教える立場に立ちたいんだから,これでもちょっとは勉強してるんだよ.



「…あんまり上手じゃないから枠に入らないかも」

「大丈夫ですよ,思いっきり蹴ってください!」



とりあえず,3日ぶりにボールに触った.

少し古びてはいたが,綺麗に使われているのがわかる.

地面に置いて,まずは枠内荷に入れれるように正確に蹴ってみた.



「お〜…ナイスセーブ?」

「真正面でしたから」

「余裕って感じだね」

「そうでもないですよ?」

「じゃあ,次は右上らへんに蹴るねー」


予めボールが来ると分かっていて,取れないボールがあるだろうか.

否,あるのだ.

若干曲がるように回転をかければ,狙ったところに入るものなのだ.

真っ直ぐに見せかけて蹴ったボールは,上ずってゴール右上に突き刺さった.


「…シェリアさんって,元経験者とか?」

「まさか!体育で数回やったレベルだよ」

「それなのに…すごい!!!」

「いやいや,そんなことないって.見たところ,プレデターでもこのくらい余裕で出来る子なんていっぱいいたじゃん」

「それはそうですけど…数回しかやったことないのに」

「たまたまかもしんないって.ほら,次いくよー」


今までは茶番だと思って油断していたであろう杉山くんの姿勢が変わった.

もしかして,本気になったのかな.

それからの杉山くんは,私のボールをキャッチするか,枠の外に確実に弾き出す.

ここまで入らないと,私もなかなか飽きてくるなってところで,杉山くんが休憩しましょうと言った.


「シェリアさんは,何で僕たちのチームのマネージャーを引き受けてくれたんですか?」


ベンチに並んで座って,少し会話をした.

私は水筒を持ってきてたのでそれを,杉山くんは差し入れのドリンクを飲みながら.

乱れた呼吸を整える.


「杏子さ…あーっと…花島さんの恋人ってわかる?」

「大丈夫ですよ,わかります」

「杏子さんはね,私の先輩なの.私はスポーツトレーナー目指してて,来春から専門学校に行くんだよね」

「そうなんですか…!」

「それで,クラブチームの練習を見たり,マネージメントすることで良い経験になるんじゃないかって勧めてもらったんだよ」

「なるほど」

「まぁ…結局辞めちゃったけどさ」

「それはその…えっと…」

「謝らないでね.前にも言ったけど,私にも非があるし,杉山くんは悪くないんだから」

「…はい」


言葉に詰まる杉山くんは,恐らく例のストラップの件を思い出したのか,俯き加減だ.

謝るなとでも言わなければ,また謝りだしそうだった.


「でも,短い間だったけど良い経験になったよ.自分の課題も見えたし」

「すごいですね,シェリアさん…前向きだなぁ」


私は前向き思考が出来るような,そんな大層な人間じゃない.

コンプレックスの塊だった私は,元々ポジティヴに考えられない性格なんだと思う.

皮肉屋で,弱いものにも辛辣で,短気で,自己中.

いい所なんてなければ,胸を張れることもない.


「シェリアさんは,自分の課題を見つけられるだけ物事を考察できるなんてすごいと思います」

「まさか!私は,コンプレックスの塊だよ」

「コンプレックスですか…」

「杉山くんは,コンプレックスってある?」

「えっと…うーん,サッカーが上手くできないこととか…身長が高いこととか」


杉山くんのサッカーは下手ではないと思う.

それに,背の高いこともスポーツをするのにはフィジカルに関わってくる.

ただそう考える事ができても,それは私の考え.

杉山くんは,それに悩まされてきたんだろう.

他人には絶対に理解できないコンプレックスが,誰にだってある.



私は,有無を言わさずに立ち上がった.


「ねぇ,私がそれを払拭してあげる」

「シェリアさん?」

「約束するよ,こうやってあと何回練習出来るかわからないけれど,必ず君のコンプレックスを自信に変えてみせる.だから…私の前で絶対に挫折しないで,頑張ってる姿を見せてくれる?」

「それなら,僕からもひとつだけいいですか?」

「うん」

「最後まで見守ってくれる,それだけでいいです.投げ出さないで,どんなに辛い場面でも僕を支えてくれますか?」

「勿論だよ…!」

「なら,僕はシェリアさんの前ではずっと頑張り続けます.ボロボロになっても,戦います」


杉山くんは,また私の手をぎゅっと握って真剣に答えた.

目を逸らせない,まっすぐな視線.

不覚にも,触れた手とその視線に心臓が高く鳴った.

警告音にも聞えるその鼓動に,動揺が走る.



「あっ,えっ,急にヘンな事いっちゃってごめん!」

「えっ,いえ…そんな」

「あんまり深く考えないでね!プレッシャーとか与えたくて言った言葉じゃなくってね…えっと…」


自分は何を言ってしまったのだろうか!

恥ずかしさに真っ赤になっていくのが分かった.

見れば杉山くんも真っ赤だ.

通行人が見たら,首を傾げそうな場面だなぁ….

現役高校生なのに,今更青春しちゃった気がする.





「今日は,練習に付き合ってくれてありがとうございます」

「こちらこそ,夢を見させてもらって有難う」

「……じゃないです」

「ん?」

「夢じゃありません!絶対に,現実にしてみせます」

「…そうだね,約束だもんね!よっし,明日も頑張ろう!」

「はい!!」


練習が終わって,杉山くんは私を送ってくれた.

本当なら小学生の杉山くんのほうを私が送るべきなんじゃ…なんて言えば,女子高生の方が危険ですと真顔で返される.

それだけならまだしも,シェリアさんは可愛いんですからね!と追撃.

当然,私の反論はされることのないまま飲み込まれた.

たった一日一緒に練習しただけなのに,毒されちゃってる自分が心のどこかに潜んでたのかもしれない.

この毒は綺麗に広がって,私の知らないままこの心を蝕んでいく.





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